招かれざる訪問者達

「んぐぐぐぐぐ……!」


 痛い。

 痛すぎる!

 全身から冷や汗が出てきて、めまいがする。

 ものすごくムカムカして、今にも吐いてしまいそうだ。

 俺がどうしてこんな目に会わなきゃいけないんだ……。

 全ては朝、うっかりで期限切れの牛乳を出した母さんのせい……!

 確認しなかった俺も悪いけど!


「う〜〜う〜〜……んん?」


 獣のような唸りをあげていると、トイレの外から物音がしたような。

 たぶんあれは玄関を開ける音だ。

 誰かが帰ってきたみたい。

 耳を澄ませると、ギシギシと古い家の床がきしむのが聞こえる。


 ここで俺は、最悪の想定が一つ浮かんだ。

 これ、帰ってきたのは家族じゃないかも?


 だって、父さんや母さんなら「ただいま」って言うはずだ。

 じいちゃんは……外に出てるの見たことないからわかんないけど。

 もしかしたら、じいちゃん?


 けれど、今この家には俺しかいない。

 その俺もトイレにこもってるから、家に誰もいないように見える。

 ってことは、それを見計らったどろぼうの可能性もある。

 ヤバい、かなりヤバい。

 こういうときは警察に通報すべき?

 幸いスマホはここにある。

 だが、今声を出したらトイレにいるのがバレてしまう。

 そうなると、襲われる可能性もある。

 黙ってどろぼうが出ていくのを待つ方がいい?

 てか、う〇こ出そう……!

 出したら音でバレるかなぁ!?


 ガタッ!


 俺が腹痛と恐怖で錯乱していたときだ。

 大きな音がした。

 泥棒の仲間がやって来たのか?


「お前、この家のやつか?」


 男の野太い声でそう尋ねられる。

 ここにいるのがバレたみたいだ。

 素直に出るか?

 それともここに立てこも……。


「おい、答えろって……ぎゃあああ!!」


 な、なんだ?

 今のは悲鳴じゃないか?

 まるで誰かに襲われたような。


「七つ星……違う……」


 別の声がした。

 低くかすれた声。

 感情が感じられないロボットみたいな。


「七つ星……どこだ……」


 七つ星って……言ってる?

 俺を探してるのか?

 でも、こんな声の奴俺知らないし……。

 こいつもどろぼうなのか?

 まさか俺をさらうつもりの誘拐犯?

 やっぱり出るわけにはいかないな。

 というか、まだ痛くて出れない。

 早くどっか行ってくれ!

 俺のあそこが決壊寸前なんだが!!?


「七つ……星……」


 足音と声はだんだん遠ざかっていく。

 再び家に沈黙が訪れる。


 いったいこの扉の外で何が起きたんだろうか。

 お腹の痛みも引いてきたので、そっと扉を開けて外を確認する。


 誰もいない。

 人の代わりに見えてきたのは、血。

 トイレから続く廊下の向こうから血の川が流れてきている。 

 どこからだ?

 辿っていく。

 俺はもう、気づいていた。

 しかし、信じたくはなかった。

 やがて居間で水溜りを発見する。

 真っ赤な。

 ここが血の川の源だ。

 その真ん中には誰か知らない人が倒れている。

 腹には大きな穴が空いていて、内臓が……。


「うぉえっ!!」


 たぶんやっちゃいけなかったと思うけど、どうしようもなかった。

 気持ち悪くて吐いてしまう。

 あたりに立ち込める血の匂いと、吐き出した俺の……。

 とにかくどうにかなりそうだった。


 こんなとき、なにをすればいい。


「そうだ、警察!」


 電話しなきゃ。

 人が死んでるんだから。

 いや、生きてるなら救急車だけど。

 でも、泥棒だし……。

 あー、もうなんでもいい!

 警察は110……だよな。

 呼び出し音が鳴って……。


「ただいま電波の届かないところで……」


「はあ!?」


 なぜか圏外になっている。

 つい朝まで通じてたのに。


 じゃ、どうすりゃいいんだよ!

 あの、あれかな。

 近所の人に電話を借りるか!?


―――――――――


「すいません! 緊急事態なんです!!」


 俺は呼び鈴を鳴らす。

 誰も出ない。

 ドアを叩く。

 誰も出ない。


「いないんですか!?」


 そんな!

 この家もお出かけか!?

 どうしよう。

 家には戻……。


「バオーーーーン!!」


 後ろから耳をつんざくような咆哮が聞こえた。

 振り返ると、犬がいた。

 見覚えがある。

 俺を襲ってきた犬だ。

 毛色や傷が同じ。

 しかし、なにか違う。

 雰囲気が、不気味だ。

 だらだらとよだれを垂らし、牙は剥きだし。

 目の鋭さは消えてうつろになっているが、体全体をこちらに向けて狙っている。

 襲う気しかない構えだ。


「ガウ!!」


 足を伸ばし、素早く跳躍した。


「っ……!!」


 来るとわかっていたからすんでのところで避けられた。

 あと一瞬判断が遅れていたら、鋭い牙や爪が俺の喉を掻き切っていたはずだ。


「ウゥゥ……グフゥゥ……!」


 この犬、正気じゃない。

 なぜか知らないが、俺を殺す気だ。


 というかなぜ死んでない?

 あそこで死んだのを目の前で見たはずなのに。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 逃げなきゃ。


 俺は死ぬ気で家に向かって走り出した。

 後ろからは軽快な足音が追ってくる。

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