作者さんに聞きたいあれこれ。の為に作った小説

 ――モノクローム。

 黒と白と、様様な灰色のグラディエーションが折り重なった地球にその宇宙人達は訪れた。

 三人。ずんぐりとした完全宇宙服のシルエット。

 呼吸の冷気が排気口から白く吐き出されるヘルメットに、赤い二つずつの眼光だけが小さく灯っている。

 彼らの放射線検出器は生身では危険な量の放射線を検出していた。

 ようやく探し当てた惑星、地球。

 湿気を含んだ埃が冷気で凍りついた廃墟。

 宇宙人。全くの異星文明である彼らの文化にも『ジプシーの占い館』に相当する物があった。

 見世物小屋が並ぶ屋列に凍て潰れた、太古の占い館がある。

 ごく微弱な発信を頼りに生きているコンピュータを探し当てた。

 館と呼ぶには狭い内部に侵入する。

 眼の前に濃灰色のローブを着た凍りついた老婆が、水晶球の乗ったテーブルを前にして、合成木材の椅子に座っている。

「――ロボットだ」

「単なる音声端末さ」

「ここにトークンを入れるんだろう」

 母星語で言った宇宙人は、既に回収していたコイン数枚をテーブルの端にあったスロットに連続投入した。

 ブーン、とハム音がして、ロボットの瞳に知恵の光が宿る。

「……道に迷いし者達よ。どの様な運命を観たいとお望みかね」

「やはりこれが地球語だ」

 宇宙人は話す言語を地球語に切り替えた。もう使う者達が滅んで久しいはずの言語に。

「このロボットは、入力された言葉に種類が近い情報を継ぎ合わせて答を返すだけの対話型AIだろう。果たして望む答が返ってくるかな」

「発展途上の、情報の正確さより構文の辻褄合わせを優先する嘘つきAIだ。人を馬鹿にした、回答が嘘か本当か解らない。望み薄だ」

「シーッ! 地球の事は『地球人』に訊け、だ。わざわざ動く地球製コンピュータに会いにこの惑星まで来たんだ。何の情報も得られずに帰るわけにはいかない」

 わざわざ口吻に指をかざして静寂を求めるジェスチャーをした宇宙人は、準備していた質問を並べる為に右下腕のホログラフ装置に光を浮かべた。

 立体映像に文字列が浮かび上がる。

「――田中ざくれろ、という地球人を知っているか。ニホン人だ」

「田中ざくれろ……」ロボットの挙動にためらいの如き、一瞬の間が生じた。凍りついた汚れた水晶球がほのかに光る。「おお、おお、知っている。それは『機動戦士ガンダム』の最もイロモノなモビルアーマーより名をとりし、最もふざけた者。イロモノ小説家だ」

「SF小説家だと思っていたんだが」

「S・F? 今初めて聞いたな。何だそりゃ」

「空想科学小説だ」

「機動戦士ガンダムって何だ。小説か」

「モビルアーマーって何の事だ。登場人物の機動服か」

「シーッ!」

 好き勝手に感想を返す宇宙人の前で、ロボット占い師はわずかにきしんだ身震いをする。

「田中ざくれろの小説はSFに限らん。ともかく現実と幻想、SFとファンタジーの区別がついていない様なふざけた作品を執筆するのに精を出しておる。主に短編、中編小説じゃ」

 田中ざくれろ。

 遥か古代にある惑星から放出された電波である小説データが、銀河辺境の宇宙人にサルベージされた。

 宇宙には様様な電波情報が今も無数に漂っている。

 減衰せずに原形をとどめた文章情報は、どうやら『カクヨム』と呼ばれる小説保存システムに挙げられた物の無線データだった様だ。

 それは『地球』の『田中ざくれろ』という発信者の全小説情報だったのだが、宇宙人にとり遥か昔の滅んだ異星文明の痕跡として貴重な学術財産となった。

 地球の田中ざくれろを特定する国家プロジェクトが動いていた。

「田中ざくれろはどんな動機で小説を書き始めたんだ」

「中学の時に、友人内で皆をモデルにした内輪ヒーロー小説を読ませ始めたのがそもそもらしいな。ウケをとる快感に眼覚めたのじゃろう。神林長平と菊池秀行の影響を濃く受けておる。絵も描いていた様じゃがCGソフトが壊れたのをきっかけに本格的に執筆に転向したんじゃな」

「フムン」

「らしい情報だな」

「本物っぽい」

「裏づけのない情報を信じるのは危険だ」

「地球レベルのAIは真実と創作を区別しないというぞ」

「ならばAIにこう言ってみるのはどうだ。――田中ざくれろの新しい短編小説を執筆し、口述してくれ」

 その言葉を聞いたロボット占い師の眼の光が強くなった。

 凍りついた全身がギシギシと震え、水晶球が点滅する。

 そして口の奥にあるスピーカーが男の声を再生した。

「……私は田中ざくれろ。滅んだ地球に生きているSF小説家だ」

「何だ何だ。心霊現象か」

「田中ざくれろの霊がロボットに憑依したのか」

「AIの演出である可能性が最も高い」

「お前らは私の話を聞きたがっているのだろう。……いいだろう。何を聞きたい」

 尊大な田中ざくれろの言葉。

 宇宙人はしばし考えこんで、質問の言葉を立体映像から選んだ。

「……カクヨムユーザーの他小説であなたが好きな作品は」

「困った事に私は他人を推せるほどカクヨムで他人の小説を読んでいない」ロボットの口調は尊大ながらもへりくだっていた。「……それでもあえて選べば、春海水亭『歩けメロス』、阿G『おりじなる一行怪談』、東樹『超かんたん! ラノベ感覚で楽しく読める日本史!』といった所か。木口まことも好きだな。小説ではないが崇期『笑いのヒトキワ荘』といったアンケート系の企画物も好きだ。特にギャグ」

「企画物?」

「カクヨムでは執筆者個人が様様な自主企画を運営して、作品を募集出来るのだ。それが私がカクヨムで最も気に入っている所であり、便利な所だ」

「……あなたはカクヨムコンに参加した事はありますか」

「ある。私は自分を高く評価してくれる者を常に探している。飢えている。出来うるならば作品を書籍化し、金に換えたい。職業作家になりたいのだ」

「あなたの最終目標は書籍化ですか」

「書籍化は目標であるが、最終目標ではない。書籍化、漫画化、アニメ化、ゲーム化、映画化、ノーベル賞。……夢には貪欲でありたい。歴史に爪痕を残したいのだ。カクヨムコンに入賞したら夢の第一歩が叶う。隠しようがない幸せだ。だが全てはそこからだ」

「贅沢な奴だな」

「しかし評価されてないんだろ」

「これは田中ざくれろの記憶に基づく真実の吐露なのか。それとも対話型AIが口述しているフィクションの小説なのか」

「現実と物語は、等価だ」能弁だった田中ざくれろは怒った調子で言い放った。「私は書けと言われたから小説を書いているのだ。それが事実だろうと違おうと責任は取れない」

「開き直ったな」

「小説なのか」

「照れ隠しだったりして」

 宇宙人は立体映像を消去して考えた。

「……ともかくこの記録は地球の情報として役に立つ。田中ざくれろの魂が降臨したとは思えんが、彼とカクヨムを理解するには有益だろう。これで本当に魂という存在を肯定出来たとは思えないのが残念だ」

「人間に魂などあるものか!」田中ざくれろは強い言葉を使った。「魂などはない! 人間にあるのは意識だけだ! 意識とは過去と未来、予想と記憶にまたがる『時間』の創造主! 意識はこの宇宙からはみだしている! 時間を連続させる主観的認識だ!」

「……おいおいおいおい」

「キちゃってるなぁ。魂の自己否定だ」

「情報の質に問題あり、かもな。彼は宇宙シミュレーション仮説に入れ込んでいたというし」

 凍りついたロボット占い師でしかない田中ざくれろの赤面が、何故か宇宙人達には解った。

「失礼な! 私は帰る!」

 その言葉を最後にロボットの瞳から光が失われた。水晶球も暗くなり、身体にあった全ての振動が止む。

「……壊れた?」

 灰色の惑星の廃墟に残された宇宙人達には、今までの現実は真実とも疑念ともつかない。

 モノクロームの大地に、宇宙人の視覚器の赤い光点だけが寂しげにさまよっている。

 田中ざくれろの真贋を彼らは知らない。

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