第8-1話 ダメージ床整備領主、広告する

 

「ん? 今月の特許収入がほぼゼロになってるだと……なにがあった?」


 先日開発したミスリル銀鉱山の本格稼働と、防衛ラインの再構築を進め、そこそこ忙しい毎日を送る私。


 カイナー地方の財政がどんどん豊かになっているため、最近は自分の資産からの持ち出しもなく……現在どれくらいの資産が自分にあるのか、あまり確認もしていなかったのだが、久しぶりに帝国銀行口座の入金情報を確認したところ、”ダメージ床特許料収入”が先月に比べ激減している。


「兄さん! これ!」


 その時、慌てた様子でフリードが執務室に入室してきた。

 手には帝国日報……帝国最大の日刊紙を持っている。


「どうしたフリード……”帝国政府、帝都とへスラーラインのダメージ床の全廃を決定”……なんだと?」


 一面の見出しを見て、目を見開く私。


「記事によると、”先日の魔物侵入事件はダメージ床施設の不備が原因であり、今回を機にダメージ床を全廃、帝都の防衛は全面的に魔導傀儡兵に移管されることが決定”とあります」


「”ダメージ床施設の不備”ねえ? 本家の報告では、メンテナンス回数と費用の削減により、一部が壊れたのが原因という事だったが……私に特許料を払いたくないからと言って、ここまでやるのか?」


 いくらなんでも性急に過ぎる……クリストフの奴が一向に参らないカイナー地方と私に嫌がらせをしてくることは想定していたが、それだけのために帝都を丸裸にするとは……。


「魔導傀儡兵ですか……最新型の上位機種が、その”魔物侵入事件”で、数百体の魔物を一瞬で殲滅したらしいですが……」


 魔導傀儡兵……クリストフが代表を務める魔導関連企業が昨年急に発表した最新の魔導兵器だ。


 技術的には、迷宮にたまに出現するガーゴイルの石像、動く鎧などの、”魔”の技術からヒントを得て応用したモノらしいが……省コスト、省魔力で運用が可能というクリストフ好みの兵器となっている。


 ただ、帝国で発展してきた魔導技術とはあまりにかけ離れた技術体系の兵器であり、技術者連中の間では、「クリストフ卿は悪魔と取引したのでは?」と冗談めいて語られているくらいだ。


 先日、サーラとアルラウネが話していた魔軍界でのおかしな気配……頻発する魔物の侵入事件……私はなにかキナ臭い雰囲気を感じていた。


「……まあいい。 特許料収入がなくなっても、影響は軽微だ。 私たちは出来ることをしよう」

「このあとは、カイナー地方防衛ラインの視察の予定だったな?」


「はい、アイナちゃんとサーラちゃんも待ってますよ」


 どちらにしろ、一介の自治領主にどうにかできる問題ではない。

 私は気を取り直し、外出の準備をするのだった。



 ***  ***


「おお! 凄いな……」


「わふっ~! めちゃめちゃきれいですっ!」


 目の前に広がる光景に、思わず歓声を上げる。


 ここはカイナー地方外縁部の防衛ライン。


 少し前まで、無機質な”ダメージ床零式”が並ぶだけだったが、アルラウネの助力もあり、風景が一変していた。


「ふふふ……ダメージ床の天井部分にイラストを描いたのはわらわの”あいであ”じゃぞ!」


 ふんす、と得意げに胸を張るサーラ。


 最近よく街の子供たちを連れて外出していると思ったら、そんなことをしていたのか。


 彼女の言うとおり、ダメージ床施設が格納されている金属製のドームの天井には、微笑ましい筆遣いで、ドラゴンや街の名産であるリンゴのイラストが大きく描かれている。


「ダメージ床の周りに森と川を設置……頑張りました」


 ふよふよ飛びながらVサインを出すのはアルラウネだ。


 等間隔に設置されたダメージ床の間には、うっそうとした森が広がり、手前には幅100メートルはある大きな川が流れる。


 川を超え、カイナー地方に繋がる橋は二本だけであり、いざというときには橋を落として籠城も可能だ。


 なにより、緑の森と色とりどり絵が描かれたドームのコントラストに水面輝く大河……世界でもなかなか見られない雄大な風景が広がっていた。


「ふむ……この風景は観光客を呼べるな……防衛拠点と観光施設を兼ねた砦を築くか」


 どちらにしろ、これだけの設備をメンテナンスする施設は必要で、”自警団”用の砦を作る予定になっていたが、ソイツを拡張して観光滞在用の施設を作るのもアリだな……観光収入も馬鹿にならないだろう……私の頭の中で急速にアイディアが形になっていく。


「はいはいっ! せっかくならその”砦”で、カイナー地方の名産を食べてもらうのはどうですかっ! アイナの豪快エビルバッファロー焼きとか!!」


「”これだけの守りを敷いているカイナー地方は安全です”、と魔導ビジョンでCMを流すのも面白いかもですね!」


 アイナとフリードが次々にアイディアを出してくる。


 ふむ……面白いじゃないか!


「よし! さっそくカイナー地方PR用CMを作るか!」


「らじゃ~!!」


 こんなこともあろうかと、帝都から取り寄せていた魔導ビジョン撮影機材を準備し、急遽CM撮影が始まった。



 ***  ***


「こんにちは~!!」


 メイド服を着こんだアイナが笑顔で手を振る。


「ここカイナー地方には、美しい海も山も湖もあります!」

「楽しい野外アクティビティを堪能しませんか?」


 アイナのセリフに従い、カイナー地方の海、山の映像が流れる。


 海岸近くに整備されたキャンプ場に映像は切り替わり、沢山の子供たちが楽しそうに遊んでいる光景が映る。


「遊び疲れたら、温泉で身体を休めましょう……カイナー地方にはたくさんの温泉があり、街に泊まってもらえればすべての温泉は無料!」


 ちゃぷん……乳白色の湯につかり、桜色に染まった肌……ふぁさ、と零れ落ちる金髪が夕陽に煌めく……入浴モデルは……フリードだ。


「温泉で温まった後はカイナーグルメをご賞味ください! えいっ!」


 ズドオオオンンッ!


 映像の中で爆炎と轟音が上がり……こんがりと焼きあがったエビルバッファローの丸焼きが映し出される。


「ワイルドなジビエ料理も……繊細な魚料理も……美味しいお酒と合う料理が沢山ですっ!!」


 さらに映像は切り替わり、カイナー地方外縁部の防衛ラインが映し出される。


「カイナー地方は守りもばっちり! 怖いドラゴンだって、入ってこれませんっ!」


 バチインッ!


 ダメージ床のスパークが走り、侵入しようとした赤いドラゴン(友情出演:サーラ)が逃げていくシーンが映る。


「さあ! あなたも安心安全、楽しく美味しいカイナー地方に来てみませんか!」

「アイナも待ってるよ~!!」


 最初と同じように、アイナが笑顔で手を振り、映像は幕を閉じた。



 ***  ***


「ふむ、いい出来じゃないか!」


「わふわふ~、いざ映像を見ると恥ずかしいですぅ~!!」


「え!? お色気担当って、僕なのっ!?」


「にはは、久しぶりにドラゴンけいたいになって楽しかったぞ!」


 出来上がったCMをみて、三者三葉の反応を示す私たち。


 後日帝国中で放送されたこのCMは、大反響を巻き起こすのだった。

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