第8-2話 ダメージ床整備領主、砦を築く

 

「カールさんっ! お仕事お疲れ様ですっ!」


 とある日の午後、執務室で防衛ラインに築く予定の、砦兼観光施設の設計案をまとめていた私のもとに、アイナが紅茶とクッキーを差し入れてくれる。


 彼女は最近クッキーづくりに凝っており、少し不揃いな形をしたクッキーが微笑ましい。


「ん……ありがとうアイナ。 もう午後3時か……」


 思わず仕事に没頭していたな。

 そろそろ休憩してもいいだろう。


 私は書類から顔を上げると、いちど大きく伸びをし、アイナが焼いてくれたクッキーを口にする。


 さくっと小気味よい音がし、優しい甘みが口いっぱいに広がる。

 ふふ、アイナめ……スイーツづくりの腕を上げたな!


「わふっ! それにしても、街に来る観光客さん、増えましたねっ!」


 執務室の窓から見える街の光景を見ながら、アイナが嬉しそうに尻尾をピコピコと振る。


 アイナの声につられて、私も窓の外を見る。


 私の屋敷は小高い丘の上にあり、カイナーの街の中心広場を一望できるのだが、現在広場はたくさんの観光客でごった返していた。



 季節は盛夏……海水浴やキャンプに最適なシーズン、CM放送キャンペーンで宿泊施設が割引になっていることもあるが、帝都や他の地域からやってきた沢山の若者や家族連れ……それをもてなす屋台やイベントブースが立ち並び、ここまで歓声が聞こえてくる。


「えへへ、みんな楽しそうです!」

「フェリスさんプロデュースのフードコートも凄い盛況ですしっ!」


 以前はたまに物好きが訪れるくらいだったカイナー地方……農閑期にはフェリスさんたちパワフルな女性陣も暇を持て余していたのだが、料理上手で世話好きなフェリスさんが仕切る、カイナー地方のグルメ満載のフードコートも大盛況……ほかの地方から出張イベントとして開催してくれないかとオファーが来ているくらいだ。


「アイナたちの村がこんなに盛り上がって……嬉しいなぁ!」


 柔らかな笑みを浮かべるアイナ……捨て子だった彼女にとってはここカイナー地方が愛するふるさと。

 ふふふ、この笑顔が私にとって何よりの報酬だな……心が温かくなる。


「そういえばアイナ、今週末は時間が取れそうだ……みんなで海水浴にでも行くか?」


「わふっ! ホントですかカールさん!? やたっ!」


 カイナー地方が自治領になってから、結構働きづめだったからな……息抜きも必要だろう。


 嬉しそうに飛びはねるアイナを横目で見ながら、楽しい週末プランを考える私なのだった。



 ***  ***


「カールの奴め……こんな広告まで打ってくるなど、どこにそんな金を隠し持っているのだ……全く忌々しい!」


 執務室に備え付けられた魔導ビジョン……そこから流れるカイナー地方のPR映像を見ながら歯ぎしりするクリストフ。

 モンスターや魔物の侵入事件が相次ぎ、殺伐とした雰囲気が流れる帝都。


 そんなタイミングで魔法ビジョンに流されたカイナー地方の広告映像の反響はすさまじく、大勢の観光客と移住者がカイナー地方に押し寄せていた。


「くそっ……皇帝をそそのかして魔導ビジョン放送局に圧力をかけるか……」


「…………ふぅん?」


 相変わらずカールへの嫌がらせに余念のないクリストフの様子を一瞥するアンジェラ。


 そんなことよりも、先ほどの映像……彼女には気になる点があった。


「ちらりと映ったあの赤いドラゴン……サラマンダーか……ふうん、なるほどねェ」


 にやり、と腕を組みながら怪しく笑うアンジェラ……きらりと瞳の奥を光らせた彼女の腹の底で蠢く陰謀に、クリストフが気づくことは無かった。



 ***  ***


「うおおおおっ!? 凄いっ! もうここまで出来てるんですかっ!?」


 カイナー地方の外縁部、防衛ラインの中心部に建てられた、3階建ての白い石造りの建物。


 ここ半年ほどの建設ラッシュでレベルアップしまくったカイナーの街の大工連中が半月で建てた巨大な砦を見て、アイナが歓声を上げている。


「ふふふ、アイナよ! 驚くのはまだ早いぞ。 なあ、フリード」


「くふふ、そうですね兄さん……アイナちゃんは僕たちが設置した渾身のアクテビティに驚愕する事でしょう」


「渾身のあくてぃびてぃ!?」


 くふふ、と怪しい笑いを漏らす私たちに、期待通りのリアクションを返してくれるアイナ。


 砦の1階には観光案内所とカイナー地方のグルメを堪能できる食堂があり、3階は自警団の詰め所と、ダメージ床施設のコントロールルームがある。


 それじゃあ、2階には何があるのかと言うと……。


「見よ! これが世界初のアクティビティ!」


 砦の2階に移動してきた私たちは、正式オープン前の遊戯施設を稼働させる。


「わふっ! 広い吹き抜け……不思議な床ですね」


 目の前には幅20メートル、奥行き50メートルほどの広々とした広間が広がる。


 2階のフロア全てが吹き抜けとなっており、床にはたくさんの青い”矢印”が描かれている。

 不思議な事に、矢印はそれぞれてんでバラバラな方向を向いている。


「あの丸いやつは……ちっちゃいダメージ床?」

「わふっ! 向こうに宝箱が出てきました! カールさん、ここはいったい何なんですかっ!?」


 なんのためのフロアなのか、想像もつかない……興味津々の表情を輝かせながら、尻尾をぶんぶんと振るアイナ。


「ふふふ……これは”体験型回転床迷宮”だ!」


「アイナ、キミはあの宝箱が取れるかな? 5分以内にあの宝箱を開けられれば、中身の極上スイーツ食べ放題チケットはキミの物だ」


「!?!? いくら部屋が広いって言っても、アイナの全力ダッシュなら5秒も掛かりませんよ?」

「いいんですね、カールさん! アイナ、貰っちゃいますよっ!?」


「ふふふ……出来るものならな!」


 こんな簡単なミッションでそんなにいいものが? 半信半疑の表情を浮かべるアイナをあえて挑発する私。


「むむっ! アイナの身体能力を甘く見ましたねっ! いきますっ!」


 あっさりと挑発に乗った彼女は、ダッシュで広間の中に足を踏み入れる。

 アイナの右足が”矢印”を踏んだ瞬間!


 かちり……フイイイイインンッ


「……えっ!? 青い矢印が赤くなって……」


 小さな発動音がしたかと思うと、床に描かれ、バラバラな方向を向いていた矢印の一部が赤くなり、一定の方向に並んでいく。


「わふわふっ! 流されちゃいますっ!?」


 しゅいいいいん!


 もう一歩を踏み出そうとしたアイナは、赤い矢印が示した方向へなすすべもなく流されていき……。


「ふえっ? ”ハズレ”って書かれた小さなダメージ床がっ!?」



 ぱちん!

 ひゅううううん……ぽてっ


 ごく小さくダメージ床のスパークが発生し、くるくると回転しながら入り口に戻されたアイナが目を回してひっくり返る。


「きゅううう……びりびりが……ううっ、もう一度ですっ!」


 こんなことでスイーツ食べ放題チケットを諦められない……身体を起こしたアイナは再度広間に突撃するが……。


「ふふ、残念……時間切れだ!」


 あっという間に5分が経過し、宝箱は床の下に収納されてしまい、見えなくなった。


「あああっ! アイナのスイーツ食べ放題チケットが……って、カールさん、これ難しすぎますよっ!」


 ボッシュートされた宝箱に切なそうに手を伸ばすアイナ……ぷくっと頬を膨らませて抗議してくる。


「ふふふ……広間の床に描かれた”回転床”の上では、矢印が赤くなった方向にしか動けないんだ」


「やみくもに走ろうとするのではなく……立ち止まったり、ステップを踏むと矢印の向きが変わるぞ?」


「あっ、ほんとだ!」


 お手本として私が”回転床”の上に立ち、たんたんと2回足踏みをする。

 そうすると回転床の矢印が反応し、赤い矢印の向きが変わる。


「こうして、法則性を見抜き、目的の場所への道を切り開くんだ……パズルゲームの戦略性をあわせもち、豪華景品も狙える究極のアクティビティだ」

「レストランの待ち時間などにお気軽にどうぞ!!」


「はうううううっ……アイナが一番苦手な奴ですぅ!」


 アイナの悲鳴に、思わず吹き出すフリード。


 砦に設置された体験型回転床迷宮は、カイナー地方を訪れた観光客たちに大ブームを巻き起こすのだった。

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