第7-7話 【宮廷財務卿転落サイド】クリストフと魔導傀儡兵

 

「ふん、小賢しいカールの奴め……泣いて許しを請うてくるかと思えば、のうのうと統治を続けおって……!」


 どん!


 いつも通り、やる気のない秘書が持ってきた報告書を読むなり、苛立たしげに机を叩くクリストフ。

 その拍子に、グラスに注がれた赤ワインがこぼれ、書類に真っ赤なシミを作った。


 全く忌々しい……。


 ワインで汚れた書類には、困窮するどころかますます発展していくカイナー地方の現状が、

 不愉快なほど客観的に記されていた。



 …………

 減額された補助金を防衛費負担の減少で相殺。

 住宅地および農地の面積は前期比650%。

 それに伴い、人口は10万人を突破、前期比1075%。

 農作物および工芸品の出荷金額、前期比2350%。

 …………



 農地面積を6倍、人口を10倍にしただと……?


 一体奴はどんな魔法を使ったというのだ!


 一瞬、数字をごまかしているのかと思ったが……カイナー地方への転出件数と、帝都に”輸出”されてくる農作物などのカイナー地方産の製品の量を考えると、あながちウソでもなさそうだ。


 噂では、希少金属であるミスリル銀の鉱山開発に成功したとのことだが……さすがにこれは眉唾だろう。


 だが、カイナー地方が華々しい成果を上げているのは事実であり、先日の”魔物侵入事件”の不手際も影響して、今後もカイナー地方への移住者が増加するのは避けられそうになかった。


「くそっ! 奴はどうやって、急速にあのド田舎を発展させたのだ!?」


 ぱりん……


 腹いせに倒れたワイングラスを払いのけるクリストフ。

 吹き飛んだワイングラスは執務室の壁に当たり砕け散るが、そんなものでいら立ちが収まるはずはない。


「……ふふ、それは”ダメージ床”の特許使用料でしょう……」


「……なんだと?」


 いつの間に入室していたのか、クロークの影から一人の女が姿を現す。


 赤いフレームを持つアンダーリムの眼鏡をかけた銀髪の女性……。

 パッと見は理知的な印象を与えるものの、真っ赤な瞳から隠し切れない妖艶さがにじみ出る。


「アンジェラか……部屋に入るときにはノックをしろと言ってるだろう」

「それで、ダメージ床の特許使用料とは何のことだ?」


 相変わらず怪しい雰囲気をまとうアンジェラに、毒気を抜かれたのか苛立ちを治めるクリストフ。


 ここ最近、彼女に助言を頼むことが増えた。

 彼女の言葉に従っていれば、結果が出るのだから当然だが。


「クリストフ、アナタも知っている通り、カイナー地方自治領主であるカールは、ダメージ床の特許を独占的に保有しており、数を減らしているとはいえ、年間1億センドに迫る特許使用料金が彼のもとに支払われているわよね?」


「彼はその資金をもとに帝都株式市場で投機を行い……莫大な資産を背景にカイナー地方への投資を繰り返しているということ」

「……ほら、彼の資産情報よ」


 ばさり、と机に置かれた報告資料を見たクリストフは思わず呻きを漏らす。


「ぐっ……奴の資産がこれほど大きくなっていたとは……カールの奴、こんな辺境を発展させて、何を企んでいる……」


 疑心暗鬼にかられるクリストフに、にやりと笑みを浮かべたアンジェラが身体を寄せてくる。


 そっと彼の耳に顔を近づけ、蠱惑的な唇から吐息と共に、衝撃的な言葉が吐き出される。


「うふふ……クリストフ、さんざん煮え湯を飲まされたアナタを追い落とし、次期宰相の座を狙っているのかもね……」


「まさか!? 奴がそんな野望を抱くなどありえん……!! ……いや、しかし……!」


 突然の爆弾発言に明らかに動揺するクリストフ。

 すがるような視線をアンジェラに向ける。


 いい顔ね、クリストフ……アンジェラはクリストフの頭を包み込むようにその豊満な胸に抱くと、幼子をあやすように……ぞっとするほどやさしい声で語りかける。


「帝都とへスラーラインで稼働しているすべてのダメージ床を撤去しましょう……そうすればカールの資金源を断つことができ、奴は遠からず立ち枯れる……」


「心配しないで、クリストフ……数千体の魔導傀儡兵が稼働しているのです……帝国の守りは万全よ……」


 うぁ……と情けないうめき声を漏らすクリストフ。



 翌日、すべてのダメージ床の撤廃が発表され、撤去したダメージ床の機材がカールに渡らないように徹底的に破壊された。


 皇帝ゲルトは何か言いたそうではあったが、すでに傀儡に近い立場である皇帝の意見をクリストフが聞くはずもなかった。


 実質的に、この時点でへスラーラインの守りは無効化されたと言っても良かった。

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