ACCUSING

 アコスタは半身を起こしベレッタを抜き声の方に向けた。


「デルタの兄さんよ、おいちょっと待てよ」


 髭もじゃの男がクレーターから出てきた。


「これでも、4分長く待ってやったんだぜ」

 

 Rの音と子音が強い東欧訛りの英語。民間軍事会社の関係か?。

 アコスタは膝立ちになるとすぐに詰め寄った。訓練の成果でこの手の動作は速い。


「合言葉は?」


 髭もじゃの男が訊ねた。


「そっちから先に言うことになっているだろ」

「へへ、乗りたいかYou need a ride?」


 世界一短い合言葉。


NO乗りたくない

「早く乗れ、マジで時間がない」


 髭もじゃの男はクレーターを下りだした。アコスタも続く。

 同じ旗のもとに戦っている人間より金で雇われている人間のほうが信用できるときもある。

 なんと、クレーターの底にフォード・エコノラインが片輪岩に乗り上げたまま停車していた。


「急げ」


 髭もじゃの男が促す。

 アコスタは言い返す元気すらなかった。

 よろけるように助手席のドアを開けのりこむ。

 後部座席に既に誰か乗っていた。

 身ぎれいなアウトドア系の服装で決めた若い男。


「出すぜ」


 フォード・エコノラインは、エンジンを吹かしクレーター脱出した。


「道には出られないんで暫く揺れるぜ」

「なんでも良い、水をくれ」


 後部座席の身ぎれいな男がエヴィアンのボトルをアコスタに渡す。

 無心で飲む。


 フォード・エコノラインは夜明けの荒野をヘッドライトすら付けずに真北に向かい疾走する。

 数分フォード・エコノラインが走ったところでアコスタが訊ねた。


「後ろのやつは誰だ?」

「<バレル22>だ」


 髭もじゃが答える。

 と、同時にアコスタがベレッタM9を振り向きながら<バレル22>に向ける。


「そのライフルを貸せ」


 身ぎれいなイケメンの<バレル22>は困惑した様子、だがすぐに腿の上においていた狙撃用ライフルをアコスタに渡した。


「なんだデルタの兄ちゃんよ、元気になったのか」


 アコスタはライフルのボルトを起こし薬室を見る。


「なんで、装填されていないんだ?」


 <バレル22>は答えない。しかし、顔には余裕がない。

 アコスタはライフルを<バレル22>から一番遠い車内のAピラーに立てかける。


「レンジャーか?空挺か?」


 <バレル22>は硬い表情で答えない。

 アコスタが9ミリを向けたまま更に近づく。

 デルタ・フォースには歩兵、空挺部隊、レンジャー部隊の順で昇進していく。


「その歳じゃデルタではないだろ」

「おい、危ないから銃を向けるのはやめろよデルタの兄ちゃん」


 <バレル22>は困った表情のまま小さな声で答えた。


「第2師団」

長距離偵察(Long Range Reconnaisanceか?」

「違う」

ドッグ・タグ認識票は」

「ない」

「階級は?」

「元上等兵」

「元?予備役か。ただの歩兵のスナイパーがどうやってこんな不正規の任務に付いた」

「おい、もう良いだろ、言いがかりをつけるのは」


 髭モジャが割って入った。

 <バレル22>はもう両手を小さく上げている。


「もう一回だけ訊く。なぜ装填されていない?」

「このバンに乗ってから抜いた」

「そうなのか?」


 アコスタが視線を髭もじゃの男に向ける。


「そんな細かいこと気にもしてないし覚えてない。ここは敵の真っ只中だぜ」


 髭もじゃの<フッカー35>が答える。


「車を止めろ」


 アコスタが9ミリを<フッカー35>に向け直し命じる。

 ノロノロ走っていたフォード・エコノラインが止まる。


「こいつをここで降ろそう」


 アコスタが言った。


「ちょっと待った。こいつがあんたを援護し、こいつが車内に居たから俺も守られ、あんたを長く待てたんだ」

「装填していないライフルでか?」


 <フッカー35>もさすがに詰まる。


「降りろ」


 デルタが小指一本で人を殺すというのは映画や小説のなかだけだ。実際は指すら使わない。車から降ろすだけで済む。


「マジで待った。こいつを先に拾うためにあんたが走る羽目になったんだ」

「先に乗っていたんでとっくに分かってるよ。そんなことは」

「こいつは、上院議員の息子なんだよ」


 さすがのアコスタも驚いた表情で<フッカー35>を見る。


「国防部会のか?」

「そうだよ。だから先にピック・アップすることに変更になった」


 アコスタも混乱している様子だ。が、相変わらず9ミリは<バレル22>、<フッカー35>と順に向けたままだ。


「じゃあ、親父の選挙のためにもここで降ろそう。息子が戦地で死んだとなったら美談となって、さぞ票集めも楽だろう。おい、降りろ」


 顔色の変わった<バレル22>が後部座席のドアノブに手をかけたときに<フッカー35>が大声で叫んだ。


「おい!」


 暫く間があった。人ひとりの命のやりとりの間だった。


「もう良い。乗ってろ。但し一つだけ答えろ。なんでこんな任務に付いている?」

「親父に頼み込んだ。俺は空挺すら落ちた。特殊部隊や、特殊工作の作戦に憧れていた。一度戦場にも行ってみたかった。あんたらデルタのことも尊敬している。本当だ」


 <バレル22>はよどみなく言った。

 アコスタは殴りかからんばかりの勢いだったが、大きなため息をつくと深々とシートに座り直した。

 

「失望しただろう。味方に銃を突きつけるのがデルタだ」


 アコスタは言った。

 <バレル22>は答えなかった。

(了)

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