【 父との35年間 】


「はい、どうぞ」


 ふたりの前に、シャンパンを置く。

 ふたりは美味しそうに、ソファーの上で並んで、そのシャンパンを飲んでいる。


 私も一気にそのシャンパンを飲み干すと、食器を洗うため台所へと向かった。



 ――全て洗い終わった頃、リビングの方を見ると、ふたりはぐっすりと眠りについていた。


 私はリビングへ行き、父の肩を揺らしながら聞く。


「パパ、起きて。ここで寝ると、風邪引くよ」


 既に反応はない。

 横にいる彼女の肩も揺らして確認する。

 同様にこちらも全く反応はなかった。


 今しかない……。


 私は、リビングのテーブルの上にあったタバコに火をつけ、それをふわふわのカーペットの上に落とす。

 タバコの火は、すぐにカーペットへと燃え広がり、炎と煙を上げながら床をってゆく。


 その火はやがて、カーテンへと燃え移り、一気に炎が天井まで上がった。


 その炎を見ながら、父と過ごした今までの人生を悔いた。

 もう、引き返せない……。


 父と歩んできた、この35年。

 二度と引き返せない選択を私は今したんだ……。


 父と彼女をリビングに残したまま、ゆっくりと玄関へと向かう。

 煙が家中に充満し始めていた。


「コホン、コホン……」

「ゴホ、ゴホッ……」


 そして、私はふたりを残したまま、『彼』と家を飛び出した……。



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