④公園(秋・昼)


 補習とかで短くなった夏休みを超えて秋。紅葉色づく公園のベンチで、私と柚子は肩を並べて座っていた。

 目線は二人とも、柚子のスマホ画面。


「昨日なんと! ブックマークが一つつきました!」


 柚子のスマホ画面、小説の情報ページに『1』の数字。


「ブックマーク? え、ブクマ? ブクマってやつ?」

「左様でござる」


 ふふんっと鼻を鳴らす柚子。

 その顔が可愛くて、「時代劇くさっ!」と笑いつつ私はとても嬉しかった。


「もー、これだから小説家ってやつは。普通の言葉を普通に言わないんだから!」

「いや、まだ小説家ってわけじゃ……」

「それで、貴重なテスト週間明けの放課後に呼び出した理由は?」


 挑発するように言うと、頬を赤に染めた柚子が鞄の中から紙の束を取り出した。

 いつもの、柚子の短編小説が書かれたA4サイズの紙。


「絵奈に、新作を持ってきました」


 新作って、自分で言っちゃうとこが可愛い。

 読み始めると間髪入れず、柚子が話しかけてきた。


紅葉もみじが、赤くて綺麗だね」


 空気を読めない柚子の邪魔にも慣れた。

 私たちが友達になってもう、半年経つ。


「そういう時は紅葉こうようが美しいっていうんじゃない? 小説家なら」

「……私より絵奈のほうが、小説家に向いてるかもね」

「ゆーず!」

「ごめん、静かにしてます!」


 私の一声でピシィッと姿勢を正す姿が可愛い。でもやっぱり気になるみたいで、柚子はちらちら私に目線を向けてくる。

 気にしないフリなんて出来ないけど、意識半分は小説に向ける。

 あ、また……ここ、序盤で出てきた描写だ。


「よーんだ!」


 しばし沈黙の後の、私の大声。

 柚子の体がびくっと跳ねて、肩を私へ寄せる。


「ど、どうだった?」

「相変わらず序盤が悪いよね。でも最後のオチは最高! あ、でもこれ、ネット用に書いてるよね?」

「どういうこと?」

「柚子って小説家になりたいんだよね? てことは、これを本にしなきゃいけないんだよね? だったら大変じゃない?」

「大変って……」

「本で読むことを念頭に書き直さなきゃいけないでしょ? このままじゃダメじゃない?」

「ダメ……ダメじゃない!」


 柚子の声が公園に反響した。呆然とする私を睨みつけ、ベンチから立ち上がる。


「ダメなんかじゃない! 昨日ブクマだってついた! 誰かが私の小説を、面白いって……」


 涙目になって叫ぶ柚子の表情を見て気がついた。

 勘違いしてる、私がダメって言ったのは柚子の小説じゃなくて、本にしたら難しいって事で……

 違う、私が悪い。

 ダメって言葉を使うべきではなかった。


「違うの。ダメっていうのは小説じゃなくて」

「絵奈にはわからない! 素人のくせに! 小説のこと何も知らないくせに! 口出してこないでよ!」


 言い返す間も無く、柚子は走り去ってしまった。

 追いかけようと立ち上がったが、どう話をしていいかわからず再び、ベンチに腰を落とす。


「うそ……違うの」


 弁解しないと、違うよって。柚子には才能があるから、頑張ってほしいんだって。

 でも確かに、私が言うべきではなかった。

 素人の私が……


 家に帰ってお風呂に入って頭はすっきりしたけれど、かける言葉は見つからなくて。

 翌朝、校門の前で私の姿を認めた柚子は、わざとらしく視線をそらして逃げた。以降、あからさまに避けられるようになり、一週間も経つ頃には他人に戻っていた。

 もともとそんなに仲がよかったわけではない。会話していたのも学校の外、小説を読んでいたあの公園だけだ。

 作者と読者第一号、それだけの関係。

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