幸にして後遺症もなく回復したわたしは,

前世の四十路よそじまで生きたお一人様女性が目覚めて

そして不幸なことに生後3年しか経っていない幼女を完璧に飲み込んでしまった。


わぁ〜これ,進◯ゼミでやったやつだ〜!!と,ネタにできる程度には

ラノベやマンガで見た『転生』あるいは『憑依』と呼ばれる現象であることを知っているが,まさか自分が経験するなんて思いもしなかった。


いや,現実逃避で夢想したことは実はあったけど,

まさか現実になるなんて思わないじゃん!!


しかし,ここで問題が発生する…なんの世界????




すっかり熱は下がり,隔離されていた部屋から豪華で可愛い部屋に戻れたが

現在は,自主的隔離継続中。


3歳の幼女を飲み込んだアラフォーとバレないようにするためだ。


中途半端に中世ヨーロッパで

何でもかんでも『魔法』で説明放棄するご都合主義の世界であることから,

創作もののファンタジーや異世界である確率が高い。


リアルに中世ヨーロッパで泥臭い創作物も世の中にはあったけれど…

この妙にキラキラしくて良いとこ取りしかしてなさそうな世界観は

そういう意味での『ファンタジー』感がある。


でも,一体なんの作品なのか思い出せない!!


鏡に映る幼女の姿は,一切の蛇行をゆるさい直毛黒髪で,赤みの強い色の瞳。

手入れの面倒を考えれば確かにお金持ちの貴族のお嬢様だ。

手間暇かけたお世話を,他人がするからできる長さのスーパーロング。

病み上がりとは思えないほど美しく輝くキューティクルの反射はやや紫がかり,

子供特有の丸く大きな瞳は,ちょっとキツく見えなくもない猫目

興奮すると血色がよくなるのか赤みが増して,毒々しくて魔女に見える。


これが,金髪縦ロールとかだったら分かりやすく『悪役令嬢』で

その後の対処もしやすかっただろうに…。


いや,でも悪役ちっくな見た目ではあるから…

やっぱり『悪役令嬢』かもしれない。


子供用とは思えない大きな姿見を覗き込み百面相をするわたしを

『子供が鏡を不思議がって一人遊びをしている』と思っているメイドさんが微笑ましそうに見守っている。

鏡越しにそれに気がついたわたしは,少し恥ずかしくなって姿見の前から離れて,

今度は窓から外を眺める。


磨かれた曇りない窓ガラス越しに見える庭園は美しく整えられ,

あまりの広さに『東京ドーム◯個分!!』と

分かるような分からないような広さ換算をしたくなる。


東京ドーム実物見たことないのにね。


大人でもぐるりと回るのを,散歩ですとは気軽には言えない広さだろう。


この美しい庭園の維持の秘訣はもちろん,魔法と魔力で扱う道具魔道具によるものだし

春になったとはいえまだ少し冷える中,

病み上がりの子供の部屋を快適な温度に保てているのも勿論,魔法のおかげ。


あぁ,でも何にも思い出せないし思いつかない…。


引き篭もりの暇つぶしに読んでいる絵本の神話や国の成り立ちにもピンとくるものはない。

『リリーシア様』と呼ばれても自分のこととは思えず,両親や弟の名前にも聞き覚えがない。

途方に暮れるしかなかったがいつまでも引き籠ってはいられ無くなってしまった。


お湯の準備ができたと連れてこられたのは,子供用市民プールみたいに広く浅いお風呂。

湯船に浸かる文化ではないのか,下半身が緩く浸かる程度の深さしかないがそれはあくまで大人の場合。

3歳児のわたしにはそこそこに深い。


頭や湯船から出ている上半身を,袖まりしたメイドさんに洗われて

湯船の中の下半身は,薄い浴衣みたいなのを着たメイドさん(?)が洗う。


幼女とはいえ流石に下半身を他人に洗われるのが恥ずかしい現代人(アラフォー)は大いに嫌がったが

お風呂を嫌がる子供の『駄々』とあしらわれたしなめられたたので諦めた。


まだ日も傾き始めるかどうかの時間だけど,この後の晩餐ために身支度を整えなければならない。

ささやかな快気祝いと,流行病も収束してきたのでそれをお祝いして家族で晩餐だ,と告げられた朝一の絶望…。


『病が顔や体に痕が残る類のものであれば,それを見られたくないとかで閉じこもれるだろうに…』と

全身隈なくツルピカ卵肌の幼女の体は

中身のアラフォーとしては誠に羨ましい限りの結果だ。



清潔なタオルに肌着,素材の良い子供用ドレスに繊細なレース。

光沢のあるリボンで髪を結ったら準備は完了だ。

3歳児の小さな歩幅に歩調を合わせてくれるロマンスグレーの執事の後ろを

トコトコとついて行く。


かわゆい歩みに反して,気分は断頭台に乗る前の罪人だ。


死ぬ前にお風呂に入れて丁寧にキレイにしてもらえてよかった。

あとは最後の晩餐かな??

甘い卵焼きが食べたいと言ったら,出してくれるだろうか??


意味のない考え事を巡らせながら,フッと横目に廊下の窓を見る

反射して写っているのはドレスに身を包んだ幼女の姿。


『せめて,大人でこのドレスを着たかった。色は白で,歩く道の先に夫がいるんだ…』と,ここまで想像して

しかし,リアルにそんな候補になるような人物はおらず

学生時代に熱狂していたマンガのキャラがそのまま白の礼服を着て立っていて,

ひどく虚しくなった。


流石に,アラフォーの旦那に中学生を想像したらいかんよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る