その年,数百年前に流行ったと云われる対処不能の病が,再び王国を襲い

しかし,文献ほどの被害もなく重症化し後遺症が残るものもいたが,

結果的には死者はなく,収束していくことになる。


風邪に似た症状を筆頭に,治癒術も神聖治療も効かない高熱が続き

削られる体力が衰弱を招くこの病は

体力のないお年寄りや子供から容赦なく罹患りかんし,初期症状で適切に対処できなかったものが重症化していった。


わたしもその病に侵され,間一発で後遺症もなく生き残れた子供だった。




3歳になった頃,弟が産まれたと同時に病が流行り

産まれたての赤子であり公爵家の跡取りである弟と,

産後で体力のない母が優先的に守られ,次いで宰相であるの父。

産まれてこの方,病気ひとつせず健康優良児でお利口さんだった公爵家の長女わたしは二の次三の次。


幼くとも高位貴族の娘のプライドか,慌ただしく走るメイドたちに遠慮したのか


いや,これはきっと小さな嫉妬だったんだと思う。


今まで公爵家の姫君として,蝶よ花よと愛されていたのに

後継者の嫡男おとうとが産まれてみんなそっちにかかりきりで

全てにおいて弟(と母)が優先されて拗ねたのだ。


平素なら,下の子が生まれた兄姉によくある嫉妬話で

後々に,笑い話で済むような微笑ましいエピソードになっただろうが

(あるいは,ここから骨肉の争いになるのか…)


流行病は抵抗力の弱いものから罹患し重症化する性質があり

わたしも,始めは些細な体調不良だったのを黙っていて

結果,あっという間に熱は上がり顔を真っ赤にして倒れ意識もなくなり…つまり死にかけるに至ってしまった。


病が移らぬよう隔離され,限られた人間だけがわずかに様子を見て,世話をする。

普段使っていない部屋の慣れない広いベッドに1人,

締め切られた暗闇の中,朦朧とする意識と孤独と苦しさで


悲しくて辛くて寂しくて…必死に両親を呼び,熱の悪夢でうなされて死にかけて

そこで,わたしは『前世の記憶』を夢で思い出した。




薄く小さな板でほとんど全てが出来る夢の世界で

『推し』に『ガチャ』に『課金』とはしゃぐ少女。

『ボタン』で進むきらびやかな彩色の絵物語えものがたり


目に入るもの全てが,薄くて小さくて硬質で冷たいのに

聞こえる声はとても温かくて,まるで生きているようだった。


『前世』のわたしは,その絵物語が好きで好きで…友人たちといつも騒いでいる。


お揃いの服で同じ方向に座る真四角の部屋の中

時間ごとに集まりお喋りをして,はしゃいで笑って,とても楽しそうだ。


でも,『前世』のわたしは平民だったから…


親に守られ,ただ楽しいとはしゃいでいた子供時代から独り立ちしてからは

方々に頭を下げ,上司にはいつも怒鳴られ,朝も夜もなく駆けずり回り

あんなに大好きだった絵物語を楽しめなくなっていた。

キラキラ眩しくて,昼夜を問わず眺めていたのに…気がつけば寝入ってしまって頭に入ってこない。


生きていくのに必死で,生活するのに必死で,趣味を楽しむお金も時間もない。


あぁ…そうだ。


母からもらうお小遣い。週3回数時間で得られるバイト代。

その全てが自分のもので好きにできた頃とは違う。

1日働き通しの怒られ通しで,ようやく得た給料は住まいと水道光熱費せいかつひでほぼ消えて,わずかに残ったお金で食いつなぐ日々。

最低限の身だしなみを整える分しか捻出もできず

何年新しい服を買っていない?化粧品コスメを買っていない?

最後に友人たちと遊びに出かけたのはいつ?

外食は?旅行は?実家に帰ったのは?


それでも,新しい乙女ゲームは買ってはいた。

そこにしか逃げ道がなかった。


かつてのように,徹夜でやり込みも次から次に取っ替え引っ替えも出来なくても。

疲労や眠気に負けて,内容が途切れ途切れになっても。

それでもその瞬間は現実を見なくて済むからと,

縋り付くようにコントローラーを握っていた。


本当は手元にずっと置いておきたかったけど,

狭いワンルームにそんな余裕はなく,

少ない給料で生きている自分には,ずっと持ってられるほど余裕はなかったから

何ヶ月もかけて遊んでは中古屋に売り,次のゲームを買う資金にしていた。


そうやって生活して,何年経ったのか…私は何歳になっていたのか…

ハッキリとは思い出せばいけど,確実に言えることは


私は死んで,ここに産まれたと言うこと。

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