5-3

 まず何から話そうか、といったん考えて、潮間で音楽フェスをやろうとしていること、葦山氏が音頭をとっていること、それを「シオマソニック」ということ、それに出来れば潮間出身のバンドとして出てくれないか、ということを伝えた。

「うわさで聞いていたんですけど、ほんとにやるんですね。ぼくらも出たいと思っていたところなんです」

 三島は安堵と喜びと、それらを几帳面に織り交ぜたような表情をしていた。表情を隠したいが、うまくできないひとの顔だった。一方でハヅキはかなり冷静なままだった。

 ぼくは具体的な計画を話した。会場のこと、まだバンドが集まっていないこと、バンド選びを任されていること、などなど。

「ぜひ、僕にも手伝わせてください」

 やっぱり予想通り、三島は快活に言った。安堵してぼくは思わずうなずいた。

「すみません、あの、ひとつだけ」

 ハヅキが真剣な表情をしていて、三島は少し驚いていた。

「なんでしょう」

 ぼくは、すべてはこの少女が「筋をひいた」のだろうな、と確信していたし、だからこそハヅキが出す条件がすごく気になった。

「来週、千歳でわたしたちのライブがあるので、そこでわたしたちの音楽を聴いてから、もう一度オファーしてくれませんか?」

「なるほど」

 ぼくはうなずいた。もちろん、来週のライブは行く予定だったし、問題ない。どちらにせよ、そのライブはいくつものバンドが出るものなので、残りのバンドにも面白いひとたちがいるかもしれないから、社交辞令とかではなく、絶対に行かなくてはならないと考えていた。

「それで、わたしたちの音楽が『シオマソニック』にふさわしくないとお思いだったら、断ってくださって結構です」

「え、そこまで言う?」

 三島は微妙に怪訝そうな顔をした。けれど、ぼくはむしろ、かれらの音楽を聞いてから、というのは良心的で真摯であると感じた。

「わかった。来週のライブは絶対見に行くから。むしろ、曲も聴かずにオファーをしてしまって申し訳ない。失礼だったね」

「いや、そんな……」

 ハヅキの横で三島は悲しそうな顔をした。

 よくよく考えれば、ぼくだってたとえば小説を雑誌に載せたい、といってくるような編集者には同じような対応をするだろう。三島の演奏と声に惹かれたのはもちろん事実だが、「アコヤガイ」としてのかれらをぼくは知らないまま、かれらを招待しようとした。それは作り手に対する侮辱と思われても仕方がない。まして、ハヅキにとっては名実ともに「自分の演奏を聞きもしないでオファーしている」わけだから、ぼくに不信感を抱いても仕方がないだろう。

「わかっていただければいいんです。わたしたちもしっかり演奏するので、ぜひ楽しんでください」

 ハヅキははじめて、にっこりと笑った。まぶしく、天真爛漫で、ぼくはそこに本質があるような気がした。さっきまでの真摯な態度は、真珠層のようなものだろう。

 ぼくはそれに応じるようにハイボールをあおった。そこから先はぼんやりとしか覚えていないが、他愛もないはなしで談笑したのは間違いなかった。

 三島はいろいろなことをすぐに思いつくけれど、それをまとめたりとっておいたり、といったようなことがあまり得意ではないようだった。実際かれは最後までぼくが潮間に来ることになった理由を問うことはしなかった。ハヅキは最初感じた、独特のとっつきにくさはいつのまにかなりを潜め、言葉こそ多くはなかったけれど表情や身振り手振りが豊かで、ことによるとかれらは言葉で会話していないのではないだろうか、とすら思った。音楽についてはふたりとも、あのバンドがきれいだ、ということと、他の評判はともかく自分たちの音楽を淡々と作っていきたいということを言葉少なに語った。ぼくはあまり多くのものを信じないくせがあるけれど、このふたりのことはなぜだか信じられるような気がしたし、たぶんもう信じているのだろうと思う。きっとぼくはライブを聞いても、あるいは聞かなくてもかれらにはオファーを出してしまうだろうな、と思いながらふたりとわかれ、ぼくは浮遊感を残しながら宿舎に戻ろうとした。

 あの浜辺を通ろうとして、警官が立っていることに気づいた。遺体には珍しく布がかぶせられている。

「ああ、見ちゃだめだよ。今回はひどいから」

 老警官は一瞬怪訝そうな顔をしたが、ぼくであることがわかるとすぐに親しげな表情をうかべた。別にどちらでもいいのだけれど、そういう心意気には敬意を表する必要があると思って、なんだか楽しくなって「気をつけ」をしてみせた。

「おいおいご機嫌だな。家近いんだろうけど気をつけてね」

「どれくらいひどいんですか?」

 老警官はぼくがそれに興味をもったのにひどく意外そうな顔をした。

「いやはっきりいって今年の中ではダントツかな。おれがここでホトケサン見た中でも五本の指に入るね。むしろよく五体満足で流れてきたな、くらいのもんだよ。素人がみていいもんじゃない」

 その険しい顔で、すっと酔いが醒めてしまった。ほんとうに、ふしぎなくらい身体が重たく感じた。

「飛び降りるときにさ、踏ん切りがつかなくて崖から転落するみたいになるとこうなるんだろうな。この辺の崖は硬いしごつごつしてるしいろんなところがとがっているだろ? だからそういうところに身体をぶつけちまうんだろう。痛かったろうなあ」

 ぼくは聞いたことを後悔した。けれど、そうまでして飛び降りたのはなぜか、そして岸壁に近いところからでも無事に(もちろん正確にいえば無事ではないけれども)ここまで流れてくるのはなぜなのか、気になってしまった。

「そういうのって男が多いんだよな。だから女の遺体ってのはなぜかだいたいがきれいなままで、逆にきれいなままここにくる男は少ないんだよ。ふしぎだけど、やっぱり女の方が思い切りがいいんだろうな」

 老警官が横で楽しそうに話してくれているが、ぼくは冷たいと思われるくらいなんとも思っていなかった。けれどもたしかにそれはふしぎだ。思い切りのよさに性別は関係ないはずだし、けれど見かけるのにそれなりの差があるのだとすれば、もしかしたらそれ以外にもなにかしらの理由があるような気がする。

「まあ、そういうことでこいつはひとりで車に運ぶのも大変だから今応援を頼んだところなんだ。あんたも夜遅いし、ずいぶん酔っぱらってるみたいだから気をつけてな」

「はい」

 ぼくは短く返事をして、老警官に軽く会釈をして家のほうへ歩き出した。視線も、足取りもふしぎとぶれなかった。

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