第28集

 その戦は、まず互いの名乗り合いと問答から始まった。


「賊軍の諸々ども、控えおろう!我は官軍、従四位下たる鎌倉殿の義弟!江間小四郎!賊徒の大将はどの者か!」


「これは異なこと!我ら平家が戴くは神器を擁する正当の帝なるぞ!我は大宰権少弐!頭を垂れよ!無位無官の痴れ者どもが!」


 どうやら、原田種直自らの出陣だそうだ。無位無官と言われては、小四郎は返答に窮することになる。


「三河殿はこれを恐れていたのだろうなあ」


 鎌倉方の征討軍には五位の位階にある人間は数えるほどもいない。なので、季房が担ぎ出される事態となった。


「少将殿、どうか」


「うむ。茶々入れは任せておくのじゃ」


「は?」


「鎌倉殿義弟、一手の大将として、意気を見せよ!な?」


「そんな…」


 涙目の小四郎を無視して、季房は子子子こねこ法師を従えて前に出た。


「都督司馬、原田殿とお見受けする!我は五位下左近衛権少将、源朝臣!我を従える大将に代わり、話を聞いてやろう!」


「都督司馬…?」


 原田は呆けた顔をしている。季房の後ろに控える将兵たちも同様だ。季房は面白くなって原田を痛罵した。


「なんだ、自分の官の唐名も知らぬのか!それで大宰府の次官か?片腹痛いわ!」


「ぐっ、ぐぬぬ!」


「なあ、本当にそうなのか?兵衛佐を武衛というのと同じか?」


「ええ、少将様が言われるなら、間違いないかと」


「そも、兵衛佐で武衛将軍と言うと聞きました」


 小四郎はこそこそと、控えている五郎六郎に尋ねている。2人も良くは知らないが、主人がそう言うならそうだろうと納得している。生まれながらの貴種なのだから。


「流石は田舎武士よの!ほれ、小四郎殿!後ろにおらんで、何か言うてやれ!」


「お、応よ!」


 小四郎が再び前に出てきた。


「原田直種!さきの武衛の御名において、成敗に参った!首を出せ!」


「武衛ぐらい知っとるわい!頼朝とかいう忘恩の犬!これから東に下って喰ろうてやる!」


「鎮西の弱虫風情が笑わせるわ!」


「その上、無教養と来ているからな。知恵無く武勇も無いのかな?」


 小四郎の口にちょっとずつ火がついて来た。これで心置きなく、方々に目を回すことのできる季房である。


「1万は…おらんかなあ」


「そうですね、ちょっと足りないように見えます」


 こういうのは、見る人の性格に依る。慎重な性格ほど数を大きく見て、果断な性格ほど小さく見る。季房も法師も2人とも慎重めな性格だが、どうももう千は少ないように見えた。原田勢の実数は騎馬雑兵含め6989名の将兵だ。


「陣は…ほう、鱗のようになっておるな。突撃態勢と言えよう」


 後世には魚鱗の陣と呼ばれる陣形である。その原始的な姿で、正に三角形の図形のように陣を形成している。


「騎馬武者は陣の先頭に多い。しかし、その後ろはどうかな?」


 実際には、騎馬武者だけで千騎以上。その突撃力で鎌倉方の主だった武士たちを孤立させ、一騎打ちなどせずに賊として打ち倒す作戦だった。


「ということなら、まあな…」


 傍らの法師に声をかけ、良兵衛を通じて下河辺行平など主だった武将に伝令させる。


「ぶぁーっか!ばーかばーか!」


「阿保ぉ!あほ!あほおおお!」


 大将同士の問答は、もはや子供同士の罵り合いになっている。


「小四郎殿、もう良い。下がろう」


「な!?少将殿、何をお考えですか!?」


「いいから、な?」


 踵を返した2人を、原田は部下たちに勝ち鬨を挙げさせて見送った。


「はっはっはっは!ざまぁないのう!貴種とあっても臆病者では!おい、三郎!」


 三郎敦種。原田の上の弟である。


「はっ、兄上!」


「突撃じゃ!賊徒どもの首を挙げさせよ!」


「はっ!では失礼!」


 ぶおおお!と法螺貝を吹くと、陣の先頭に控えていた千を超える騎馬武者たちが動き出した。


「行け、行けぃ!突撃じゃ!平家万歳!」


 大太刀の白刃を煌めかせ、ほぼ方陣、四角形に近い陣を敷いた鎌倉方に攻め寄せていく。


「お、おい!攻め寄せて来たぞ!?どうする気じゃ!」


「案ずるな。法師、どうじゃ?」


「はい!準備は万端だと!」


「とのことだ、な?あの餓鬼の罵り合いも良い時間稼ぎだったのじゃ」


「なっ、いったい何が!」


 小四郎が狼狽える中、地鳴りを上げて原田勢が攻め寄せて来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る