第29集

 騎馬突撃を敢行する平家方。対する鎌倉方は。


「ほれ、小四郎殿」


「何じゃ?これは」


 季房は江間小四郎にクジャクの羽を渡した。クジャクは推古朝の御代からいたが、珍品ではある。


「合図にな、それを掲げることになっておる。ほれ、早う」


「何の合図なのだ!?」


 言っていても始まらないのでとにかく、頭上に高く掲げてみた。そうすると、兵が動き出す。


「む、むむ!?」


「よし、上手く行った!」


 上空から見ると、大きな四角形がいくつもの短冊に分かれたようになった。敵から見て一番先頭と2番目に構える兵士たちは長鑓を突き出している。


「ぐおお!?」


 適税の先頭では長鑓に突かれて絶命する武者たちが若干出たが、後続はどうにか穂先を躱して前に進む。と、敵はいない。


「何っ!?」


「もらったあ!」


 横合いから馬を突き倒され、武者が直接突かれ、討たれて行く。


「と、止めい!退け、退けーっ!」


 平家方先手を率いる三郎種敦。目論見とは逆に、次々倒されて行く騎馬武者たちが惜しくなり、撤退を下令する。


「法師、あの男」


「射ってみます!」


 季房は子子子こねこ法師に先手大将の原田(美気)種敦を攻撃させた。矢が高く飛んで、背後から彼を襲う。


「ぐっ!?」


 乱戦の最中、射倒された。原田の三郎、美気種敦ともあろう者が何たること…とまだ動く身体を必死に起こして撤退の下知を発し続ける。


「好き敵!参る!」


「ぬうっ!?」


 鎌倉方の武者が数人を率いて突撃して来た。種敦の周りには、もう同じだけの数しか兵がいない。


「拙者、俵藤太秀郷が末裔!遠く坂東は下総国、葛飾の住人!下河辺庄司!行平なり!いざ尋常に勝負!」


「ぬうううううっ!」


 すでに周りの兵たちは取っ組み合いになっており、身を守れるのは己だけ。どうにもならない。


「良かろう!我は原田大宰少弐が弟、美気三郎!正しく寄せ手の大将ぞ!参れ!」


「これは上々!参る!」




 敵方に向かった兵たちは乱戦となり、一部は逃げ帰って来る者もいる。この状況では、数を揃えてしまった平家方が危ない。


「ち、父上!ここは一旦、態勢を立て直す時間を稼がねば!」


「態勢を立て直すとは言うが、太郎!戦はそう簡単に何とかなるようにはなっては…」


「私が行ってきます!」


「なにぃ!?」


 賀摩種益。原田種直の嫡男で、父が存命なので領地の名前を取って賀摩太郎と名乗る。その彼が殿の準備を済ませたと言っている。


「太郎…!」


「原田の名跡は、どうぞ次郎に。御免!」


 賀摩から連れて来た兵たちはまだ抑えが効く。騎馬徒歩わ合わせて500人程度だが、敵の数からして勝負にはなろう。


「うおおおおっ!」


「落ち着いておれ!放て、ほれ、放てぇ!」


 種益の率いる賀摩の兵は精強で知られる。我慢強く戦う。


「手強い敵だ」


 江間小四郎も舌を巻く。自分と変わらぬ年かさに見えるが、指揮能力が違うと。


「言うておる場合か!法師、あの男だ!」


「はいっ!」


 敵を行動不能にするだけなら、女の弓でも容易い。法師は当てられるので、とにかく敵を行動不能にできる。


「当たれ!」


 放った矢は弧を描いて賀摩種益の兜、その吹き返しに突き刺さった。彼は馬上の人。衝撃でもんどり打って転げ落ちる。


「な、なんだと!」


「今じゃ、行くぞ!小四郎殿、良兵衛!」


「う、うおおおおっ!」


「甚助、田子作!ついて参れ!」


「ははっ!」


 季房は、大将が落馬して混乱する平家方殿軍に吶喊をかけた。何気に鎌倉殿義弟の小四郎義時まで巻き込んでいる。


「太郎様、敵が!」


「太郎様、御身はご無事ですか!?」


 賀摩の兵士たちは種益に良く懐かせてある。しかし、それだけに、種益にもしものことがあると弱い。


「大丈夫じゃ、押せ、押せえ!うっ!」


 次いで飛んできた二の矢は、大袖をわずかに貫通して腕の肉を抉った。周りの兵士たちの狼狽えようは気の毒なほどだ。

 二の矢を射った子子子法師。涼しい顔で、女兵たちが固唾を呑んで待つ陣へ引き返して行った。


「北条小四郎!好き敵を求めて参った!」


「源五位少将はここぞ!誰ぞ来よ!」


 占めた、と種益は思った。敵方の大将と一番の出世頭。首級を挙げれば手柄以上に起死回生だ。


「好き敵である!我は賀摩太郎!寄せ手の大将ぞ!」


「大将首だと!?」


 小四郎の目の色が変わる。既に雑兵たちは敵に取りかかり、周りには彼しかいない。


「はああああっ!」


「せえええぃっ!」


 双方が気合いを込めて打ち合う。手柄が欲しくて必死な大将と、どうにか挽回したい大将との一騎打ちだった。

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