第27集

 さて、渡海した範頼軍を迎えたのは豊後の豪族、緒方三郎惟栄。彼とは筑前国葦屋浦の少し先、遠賀川を上った辺りで落ち合う手筈になっていた。


「スマン、少将殿。万一もあり得るが小四郎では不安が残る」


 この葦屋浦地域に派遣される者の中で大将となるべきは鎌倉殿頼朝の御台・北条政子の弟に当たる(北条)小四郎義時。鎌倉殿の義弟で、気も利く男なのだが。


「少将殿、俺は上手くお役目を果たせるだろうか…?」


 そう、酷く弱気な男なのである。


「小四郎殿、そうくよくよするでない!大丈夫、何とでもなる!」


 確かに、こちらは上陸戦。こちらがどこから攻め寄せるかは自由だが、敵がどこから飛び出すかも自由だ。


「しかしじゃ、俺がしくじれば姉の立場、鎌倉殿の体面に瑕が…!」


「今更、傷つくものでもあるまいよ、なあ?」


「然り。のう、小四郎殿。ワシは兜を売ったのだぞ?だから、死んででも功を挙げねば鎌倉には入れぬ。それに比べたら」


 この戦に参加すべく、兜を舟に換えて参陣したのは下河辺行平。古くは俵藤太・藤原秀郷に連なる一族で、鎌倉に入った頃から頼朝の身辺警護を任された剛の者だ。


「そうだぞ、小四郎殿は様々に事情のある御家人たちを統率して、功を挙げさせることが期待されておるのだ、な?最早、命のやり取りは他の者に任せておかねばならぬのだ」


「つ、つまり?」


「どっしり構えられよ。庄司殿はともかく、他の者はおどおどした大将を良い目で見てはくれぬぞ。そなたは石橋山の頃の佐殿なのだ」


 庄司とは下河辺荘の荘官である行平の尊称だ。季房の坂東勢との付き合いは佐竹攻めに参陣してからなので、挙兵直後の頼朝の姿は正確には知らない。しかし、三浦一族の三浦介義澄に言わせれば、


『何度、喉笛食い破って平家に寝返ろうかと思ったか…』


らしい。


「佐殿…いや、鎌倉殿の姿か…」


「うむ。話に聞いておる限り、褒められたものではない。そなたはそれくらいは上回ることを期待されておる」


 鎌倉殿義弟で体面が、と言うならただただどっしり構えておけ、ということを、季房は言いたかった。


「う、うむ。ご両人。期待しておる。よろしく頼むぞ」


「お任せあれよ、な」


「うむうむ!兜首の2つ3つ、すぐに持参しましょうぞ!」




「お方殿は」


「は!女人衆に囲まれ、気が安らいでおられるご様子!」


「うむ」


 甚太から報告を受ける良兵衛もまた、妹と同じく地元の女衆を連れて行くのに反対の立場だった。いかに相手がいない寡婦が多いとはいえ、嫁入り前の処女もいる。それに、寡婦もいずれは相手を見つけてもらわねばならない。


「顔に疵でも作っては、一生に関わるのだが…」


 しかし、自分の妹を守るため、彼女らの村の名誉のため、と迫られては堪らない。甚太の命令に従うことを条件に、赤松村の女たちにも許可した。


「まあ、士気は上がる。相手も見つけやすい。悪いことばかりではないか…」


 若い女が軍中にいるということで坂東勢も合わせ、全体の士気は上がっている。東の土地とは言え、好い男がいれば連れて帰ってもらえれば悪くない。


「良兵衛、良い報せとあまり良くない報せがあるぞ」


「おう、退助。良い報せは」


 年が近くて隣村の村長同士。この両者は気が知れた仲だった。


「良い報せはな、敵がおる。近いぞ」


「良い報せか?まあいい、悪い報せは」


「うむ。思った以上に大軍じゃ。ざっと見て万はおる」


「万!1万か!」


 実際には7千人に満たない程度だったが、彼らはほぼその半数だ。


「そうよ。大軍であろうが?」


「そうだな。急ぎ言上じゃ。お前も来い」


「おうよ」




「御免!北条小四郎殿、我が主はおられるか!」


「うおっ!?ごほっごほっ!」


 やっと気を落ち着けたばかりの小四郎。突然呼ばれてむせ始めた。


「おや、失礼しました」


「よい。して良兵衛」


 何用か、との季房の問いに、良兵衛は小四郎や行平に退助を紹介した。


「三引両の旗印を押し立てて、万余の軍勢が西よりやって来ます!」


「なに、万余だと!確かか、村長!」


「はっ!数はともかく、旗印、本数ばかりは見間違えようも無く!」


 数など見る人によって5千が1万にも2万にもなる。その逆もあり得る。確かなことは言えない、とは心の底での共通認識だ。


「我らは3千おるかどうかだったな」


「緒方殿は」


「川上で砦を築いておるとか。そこに拠っておられよう」


「援軍は、どうだな?」


「地理に疎い伝令を遣わし、果たして迅速に届くかどうか?」


「つまり…」


 我らだけで戦うしかないのか、と小四郎。行平が元気づける。


「ところで」


 季房が疑問に思ったことを口にする。


「万余の軍勢を押し立てて来れるのか?この辺りはやはり平家優勢の地なのだな」


「なるほど、少将殿は到着されて間もない。知らぬのですな。三引両の旗印は原田の家紋。原田と言えば、筑紫の平家方旗頭にござる」


 行平が告げた名前は原田種直。大宰権少弐の官職を帯びる、北九州の守りの要、大宰府の実力者でもあった。

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