第19集

 ひとしきり、笑い尽くして落ち着いた頼朝は言った。


「いや、ならぬだろう。どちらか、と言われてどちらも、と言う奴がおるか!」


「ここにござるが」


「いやいやいや」


 厳めしく表情を作って頼朝が言い渡した。


「どちらか片方じゃ」


「殺生なり!」


 万座が笑い出す。赤松の兄妹には関われなかったことだが、在りし日はこの2人に範頼、義経が加わって漫才をしていたと、後で大庭が教えてくれた。


「さて、どちらかじゃ。播磨守は特別に用意してやったのだが」


 頼朝の目が子子子法師に向く。かなり好意的な感じだが。

 これは本当にもらえるのだ!と法師はまたもワクワクする。しかし、期待は裏切られる。


「なれば、権少将を頂く」


 ガーン、と手洗が頭に落ちてきた気分の法師である。兄の方も、顔にもったいない、と書いてある。


「うむ、よいのだな?」


「は。鎌倉殿の旗下にも、公卿の芽が要りましょう」


「然り。播磨守を選んでおったら、鎌倉におる間にその首、討っておった」


「そうでしょうなあ」


「えぇっ!?」


 何がなんだか、と法師が声を上げる。頼朝が笑って手を振る。


「村上源氏はまだ若い源氏。旗頭に最適じゃ。その季房殿が播磨守に就けば、大国・播磨一国が季房色に染まろうなあ」


「あぁ…!」


 言われてみれば、貴種が来れば一国程度はまとまる。自分たちが欲したのもそうだ。


「郡の1つなら、五位少将の官位があればまとまろう。これが良いのだ」


「余もな、公卿になれる配下は必要じゃ。地方で力を持つ者は要らぬ」


 頼朝の本音も本音だった。範頼や義経と言った弟たちに国守をやったが、それは必要に迫られてでしかない。理想は季房のように武官の官職を与えて、宮仕えをさせたい。


「ま、詮なきことよ。さて、季房殿。奏請はまだだが、今後は少将を名乗られよ。余が許可するゆえな」


「はっ。望外の名誉にござる」


「さて、赤松だったな?どうする?」


「は?」


「余に付きたいか、否か。首になりたいなら否を選んでよいが」


「主と見込んだは季房様のみ。鎌倉殿が少将様に付けと仰るなら承服しましょう」


「おい、良兵衛」


「季房様以外の主君なら首で結構!」


 居直った良兵衛である。頼朝はその態度に感じ入った。


「ふむ、大きく出たな?主君は自分で選ぶか。ならば、貫き通せ。その首、平家が滅ぶまで繋いでおく」


「ははーっ!」


 やれやれ、と頼朝。片意地張った武士は嫌いではない。


「さて、少将。弟から兵糧催促の文が矢継ぎ早じゃ。どうなっておる」


「は、まさに足りておりませぬ。赤松の村も、隠し切れたもの以外は倉から消えたとの由」


「どの村もか」


「まさに。ある安芸の村では根こそぎ浚われたとも」


「平家の奴輩も切羽詰まっておるな。収穫直後に浚ったか」


 範頼の征討軍では兵糧が欠乏し、特に季房たちが合流した頃は、その極みにあった。侍所別当の地位にある鎌倉殿旗下高官・和田小太郎義盛が勝手に帰国を企んだ騒ぎもあったらしい。


「五位殿を送るは特段の事情あってなのだ」


 季房を見送った加藤少尉に範頼は苦しい事情、論理を語った。そんな弟の苦労を察する。


「相判った。なれば少将。兵糧を持って行け。なるべく早期に参州に運んでやるのじゃ。とんぼ返りだが」


「委細、承知致してござる」


「ああ、そうそう」


 頼朝はニヤリとして言った。


「九州攻めの援軍に、播磨国佐用郡より兵士を狩り催して行くのだ、まずは南半分。もう北半分は追って沙汰する」


「ははっ」


「は…ははーっ!」


 意味がわかった赤松兄妹は頭を畳に擦り付ける程に下げた。




「す、季房様!おめでとうございます!」


「少将様、良かった…良かった…!」


 頼朝が退がった後で赤松の兄妹は季房に飛びつかんばかりに喜んだ。


「まだ半分だぞ、な?」


「しかし、もう半分も追って沙汰すると仰せじゃ。下さらぬこともあるまい」


 宿老の大庭景義。彼も実直な武者が好きなので、赤松良兵衛に肩入れしたくなっていた。季房には元々、甘い。


「大庭殿は、少将殿に甘いな、実に甘い」


 からかうのは北条時政。身分はそこそこながら、鎌倉殿頼朝の御台所・政子が娘。つまり、鎌倉殿の舅なので地位が高くなった。


「いやいや。都におれば公卿になれる男が武士に旗揚げ!かわいかろうよ?」


 嫁の宛も自分が!と意気込んでいたが…


「ふむ、子子子法師とか申したな。父御はおらんのか?」


「え、ええ。兄が代わりです」


「なら、ワシを父と思わんか?」


「えぇっ!?」


 つまり、大庭は養父になると言う。ここで言う養子縁組は娘の家柄を上げる意味を持つ。


「ワシはなんだかんだ、相模の大身。五位少将殿の相手となるにはちと不足だが…」


「あ、あの」


 家柄は懸念事項だった。片田舎の野武士の娘が弓の腕だけで季房の正室になれるのか、不安だった。


「季房様…」


 自分は首を縦に振りたいが、兄や季房がどう思うか。千々に心乱れた。

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