第18集

「す、季房様…」


「案ずるな。そなたが斬られる時は某も後を追う」


 本当にそうしてしまうお人だから怖いのです!と怯えるやら怒り出すやら忙しい子子子こねこ法師。本当に感情が忙しいのだ。


「やれやれ。念仏でも唱えておくか」


 南無南無…と唱えだしたのは兄の良兵衛。急にしみじみとし出した兄妹に挟まれた季房は少しげんなりする。ここは鎌倉殿の大蔵御所。宿老たちが集まる評定の間に続く部屋。襖を開けて進めば、その次は鎌倉殿頼朝とそれを支える宿老が詰めかけている部屋だ。


「源従五位季房殿、その従者。参られよ」


「おう、待たされたな」


「ひゃい!」


「……」


 取次役の武士が来た。大崎とかいう武士だ。


「いやしかし、五位殿。参州殿麾下として群を抜いたご活躍だったとか。これは良き土地を頂けそうですな?」


「いやあ…はは」


 ここでも、子子子法師の活躍は季房のものとして語られているらしい。1年前はただの公家崩れと見られていた大崎の目が変わっている。なんとも居心地の悪い季房であった。




 評定の間には5人の武士が左右向かい合わせに並び、御簾の向こうに鎌倉殿頼朝が出てくるらしい。


「なんだなんだ。随分と格式張りだしたな?大庭殿よ」


 季房は手前に座した武士に声をかけた。もう良い年の老けた男だ。


「ははは、五位殿にはこちらの方が慣れておられよう?」


「あまり、良い思い出もなくてな。こんな格式が鎌倉にも入ってきたかと思うと…」


 大庭の向かいの武士が口を開く。


「時代は常に進むもの。旧き良き…など残りようがありません」


 藤九郎盛長。鎌倉殿の近くに仕えて栄達し、今や上野国を取り仕切る奉行人である。


「ううむ、某はその、『旧き良き』武士に憧れたのだが」


「嬉しいことを言ってくれますな」


「方々、静粛に。鎌倉殿が来られる」


 大崎が「鎌倉殿、御出座!」と号令するので、皆が頭を下げる。御簾の向こうに誰かが出てきた。


「季房殿、久しいな。活躍は弟どもから聞いておるぞ」


「お久しゅうございます。しかし、鎌倉殿もお人が悪い。知っておられように」


「ははは、何のことかな」


 頼朝は楽しそうだ。大崎に声をかける。


「これ、御簾を上げよ」


「は、よろしいのですか?」


 季房だけが相手ならともかく、後ろには播磨から来た端者もいる。姿を晒して良いのか、大崎は問うた。


「良いのだ良いのだ。参州の申す通りなら、兄は戦上手、妹は一騎当千。余が顔を見せぬ方が体面に関わろう」


 子子子法師の活躍など知らない大崎は戸惑いながらも、指図して御簾を上げさせる。




 ただただ普通の優男だった。子子子法師はこれなら兄の方が強い、そう思ってしまった。鎌倉殿こと源頼朝は普通の武士だ。


「真にお久しゅうござる」


 そう言って季房が再び頭を下げたので、慌てて法師も倣う。


「赤松の妹とやら。拍子抜けしただろう?」


「め、滅相も…」


「ここで、家来の不手際ゆえ、五位季房に美濃尾張みのおわりを下す…と言ったら、どうするかね?」


「そ、そんな!」


「余に噛みつきでもするかね?」


 わなわなと唇を震わせる法師に、座に集まった者の視線が集まる。皆が法師の腕を聞き知っている。


「に、逃げます」


「おう、潔いな。敵わぬから逃げて?」


 どうする、と面白そうに聞く。


「き、機会を窺います!いつか頭を狙って!」


 射る、と宣言した法師の目は本気だった。


「わっはっはっは!藤九郎、聞いたか!この娘、余を射ると申しておる!」


「鎌倉殿!滅多なことをお申し付けになられませぬよう!年頃の娘は思い込んだら恐ろしゅうございます!」


「はっはっは。そうだな。じゃあ、また真面目に話をしようか」


 先程まで浮かべていたいじめっ子の笑みは鳴りを潜め、威儀を正した。


「五位季房。そなたは播磨・佐用は赤松の地から良く戦い、我が弟・範頼を助けた。その功、流石は源氏に連なる者。面目を施したため特に奏請し、左近衛権少将か、或いは播磨守の官を遣わそうかと思うておる。如何か?」


「おお!」


 良兵衛のみならず、皆が声を上げた。権官とは言え左近衛権少将は公卿への出世コースで、播磨守は大国の受領。どちらも旨味が多い。


「は、播磨守」


 法師も、自分が妻になれるかもしれない男が出身地の国守である。胸の高鳴りが収まらない。


「時に、鎌倉殿」


「何だ?」


 何か面白いことでも言うのか?と頼朝の期待が籠った眼差しに、季房は応えた。


「どうもどちらも魅力的ゆえ、どちらも頂けませんか?」


 赤松の兄妹は唖然とするが、頼朝は噴き出し、他の左右に控える者たちも堪えるのに必死だった。

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