第17集

「ここが鎌倉ですか!」


「うむ、建物が増えて来たな。見よ、あれが大倉御所ぞ」


 今回も町の北西側から入って来た。鎌倉の切通、鎌倉の七口は鎌倉の要害を守り、交通も保証している。


「鎮守府将軍・頼信公から源氏累代の町だからなあ。昔は大庭という土地の附属だったが、開発を続けて大きくなったのだ」


 市街に入っていくと、季房は御所を遥拝して素通りした。


「主殿、参府なさらないのですか?」


「いや、準備があるだろう、な?」


 そう言って、ちょっと歩いたところの屋敷の前で立ち止まった。


「ここだ」


「ここですか」


 良兵衛は面食らった。それなりに整って風情のある門構えだ。誰の屋敷だろうと。


「ここはな、某が拝領したものだ」


 バツが悪そうに語る季房である。


「まあ、すごい!」


 子子子こねこ法師が感嘆し、周りの者たちもやんやと騒ぎだす。


「騒ぐでない!管理をしておる者どももおるのだが…なあ、良兵衛。ちょっと」


「はっ」


 そうして一行から離れた木陰で、季房は良兵衛の肩を掴んだ。


「頼みがある」


「はぁ?」


 今更、何の頼みだろうと。そんな気の置けぬ間柄でもあるまいに、と訝しんでいると、深刻な様子で話しだした。


「借金の申し込みじゃ。本当に、個人的な望みなのだ」


「個人的な…ですか」


 ますますわからない良兵衛に、季房は意を決して話した。


「某には、鎌倉殿から付けられた家来がおる。今、屋敷を守っておる4名の下郎じゃ。大した身分ではないが、それでも某の留守を立派に守っておったこと、あの門を見れば一目瞭然という奴だ。じゃが、某にはそれに報いる元手が無い」


 季房は自分が情けない、彼らのことを忘れていたとは、と自責の念。そんな主君の姿を見て、良兵衛はますます愛着を強くする。


「わかり申した。話によると、鎌倉殿からも多くの禄は頂いていない模様。米を与えるのがよろしかろう。すぐ用意もできます」


「うむ、そうしよう。如何程かかるのだ?」


 いえ、それは…と言いかけたところで、それでは駄目だと良兵衛。あくまで主君は自分の力で報いたいと考えているのだと。


「40升も与えればまずは十分かと。1人10升。400文にござる。それくらいなら赤松の衆として持ってきた食料から割けます」


「何から何まで―――」


「いけません、主殿」


 良兵衛は言葉を遮った。感謝とは言え謝罪の言葉は言わせたくない。


「大将は大きく鷹揚に構えておられれば良いのです」


「うむ。わかった。そうだな」


 隊列に戻った良兵衛は43升の米を用意させた。まとめ役には3升多く与えさせようという腹である。




 主人が屋敷に戻ったということで、4人だけの下郎たちはにわかに忙しくなった。


「布団は!?よし!お方様の部屋はあの部屋だな!」


 4人の中でまとめ役である什長は名を丸木太という。


「丸木太、騒がしくしてすまぬな」


「五位様!」


 丸木太の本当の主は禄をもらっている相手、鎌倉殿頼朝である。与力として付けられている相手に過ぎないので、あまり頑張る必要は無いのだが、彼はまじめな男だった。だらける同輩たちを叱咤激励し、ここまでやって来た。


「一段落したら、皆を集めて某の部屋に来てくれ」


「ははっ」


 また何か仕事だろうか。それでもこの場で言い渡すのでなく、きちんと部屋に入れてくれることは丁寧な対応だと思う。

 そうして季房の部屋に罷り出た4人の前にはただ季房と子子子法師がおり、五郎六郎が控えている。何だ何だとソワソワし出した。


「丸木太。屋敷の衆。良くぞ今日まで守ってきてくれたな。まずは礼を申す」


「は、ははー!」


 思わぬ礼の言葉だったので、ただひれ伏すしかできない。彼らは貴族や武士に仕えて長いが、貴人が彼らを労わることはあまり無かった。


「な、五郎六郎。持って来てくれるか」


「はっ」


 主人について来た京下りの従者兄妹は何やら足取りが軽い。少し嬉しそうなのはどうしてだろう?


「お持ちしました!」


「おう、間違えぬようにな!」


 その両手にはかなり大きな麻袋。屋敷の衆1人1人の前に置いて行く。


「五位様、これは」


「うむ、皆の労を労いたい。受け取ってくれ」


 丸木太らはその意味を理解するまでしばらくかかったらしい。そして、意味を理解すると騒ぎだした。


「いや、受け取れませぬ!我らは鎌倉殿の…!」


「なら、それで良かろう。禄としてやるわけでもない。使えたい者に仕えておったら良い」


「は…?」


 なら何のために?


「ただ労いたいのだ。某は借り物の家来だと思っておったが、良く世話してくれた。重ね重ね、礼を言う」


 その言葉に、感涙した丸木太はひれ伏して叫んだ。


「私も!あなたのような方に仕えとうございます!」


「そうか。明日、鎌倉殿に言ってみよう」


 は?と顔を上げた丸木太に、季房は満足そうに笑みを見せた。

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