第20集

「そうか、名誉…名誉だと思うのだがなあ?どうする、良兵衛?」


「…しばし、時間を頂きたい」


 確かに、豪族などとはとても名乗れぬ赤松家程度の家柄では、五位少将に対して妹を正妻にはしてやれない。だが、彼にも血筋への義理と意地がある。


「当たり前じゃ。しかし、そう時間もあるまい。三河殿が西国で首を長くして待っておられよう」


「そうだな、良兵衛。待ってやれるのは明日の朝までだぞ」


 明後日朝には準備を終えて鎌倉を発つので、あまり待てない。


「わかっております」


 首を捻りに捻って考える良兵衛だった。




 屋敷に帰った季房は主だった者を集めた。傍らに子子子法師を置き、良兵衛に五郎六郎、甚太甚助の親子や赤松村の幹部たち。良兵衛夫人・咲もいる。


「此度、鎌倉殿の裁可を頂き、某は正五位下、左近衛権少将なる官位を帯びることと相成った。これは鎌倉殿の格別の御芳情もそうだが、そちら、禄も無く、しかし家来働きをした者のお陰だ。礼を申す」


 そう言うと、季房は軽く頭を下げた。甚太は既に感涙している。


「赤松村など、佐用郡の南半分を差配するようにとの、鎌倉殿の御言葉である。よって、まずは赤松良兵衛に赤松村と附属2ヵ村について安堵いたす。不足無いか?」


「我が身に余る栄誉にて」


 悩む良兵衛も、こればかりは平身低頭、受け取った。咲も続く。


「うむ。良兵衛には某の手足になってもらう。忙しいぞ。な?」


「ははっ!」


 沸き返る赤松の衆に、季房は少し静粛にさせた。


「論功行賞はまだある。鍔田太郎の息子、五郎六郎よ、前に」


「は?ははっ!」


 五郎六郎が良兵衛と替わって季房と対面する。


「そちらには、まっこと苦労をかけた。京から鎌倉へ下ると言えばついて来るし、西国へ出ると言えばそれでもついて来る。ようやってくれたな」


「いや、大変でしたよ」


「三男坊にお仕えする時点で、諦めてはいましたが」


 五郎六郎とも、口を滑らせる。


「そうだな。だから、某はこれを書いておった」


 季房は懐から、書状を取り出した。


「六郎は漢字も読めるか?」


「よ、読むだけなら…失礼します」


 なんだなんだと受け取った六郎。なんとか読み込むと、驚いて季房を仰ぎ見た。


「なんじゃ、何と書いておる、六郎!」


「し、小初位…我らを小初位に付けると」


「な、なに!?」


 一番初めの、下級も良いところの位階である。しかし、朝廷の正式な位階だ。


「さ、侍に…していただける?」


「左様。昔は良く、公卿様ごっこをしたものだが、此度は本物の位階をやろう」


 書状は鎌倉殿への奏請の形で、後は家押を書き付けるだけ。


「明日、五郎がお届けせよ。良兵衛の太刀はお前に与えるゆえ」


 そう言って傍らの太刀を子子子法師から受け取り、もう一度、良兵衛を呼んだ。


「良兵衛の太刀は召し上げたゆえ、これを授けような」


 自分が佩刀していた太刀を良兵衛に与えた。五郎に持たせたのは良兵衛自身に返し、五郎に季房の太刀でも良かったが、それだと五郎に名誉が偏る。彼らからは受け取ったものの質が違うだけ。五郎六郎、良兵衛の三名を平等に扱いたかった。


「はあ、やっと肩の荷が降りた」


「いつも、気にされておられましたから」


 他の者は退がらせ、法師だけが相手になった季房は、一息ついた。


「赤松の者には手弁当でなあ」


「そのご意志が伝わっているのです。みやも甚太も、嫌だと言ったことはございません」


 それがなあ…と季房は瞑目する。家臣に気持ちや金品を集ってここまで来た。返して行きたいが、返しきれる気がしない。


「大丈夫です。皆、分かっております」


 自分が一番、他の者だって納得している。だからここまで、1人とて欠けてはいない。


「それよりも、明後日からまた、西国です。今度は佐用郡中の者を広く使わねばなりませんよ?」


「それもなあ。上手くやれるのか」


 法師は少し、勇気を出した。季房の右手を握り締める。


「大丈夫です。季房様は鎌倉殿よりも賢き処に血が近い源氏。きっと、八幡さまの御加護も手厚いです!」


「こ、これ法師!滅多なことは言うでない!」


「ここはあなた様のお屋敷で、あなた様に忠義を誓った者が詰めております。大丈夫です」


 左手も取って、顔を近づけた。暫し見つめ会い…


「少将様、夕餉のご用意が調ったと丸木太殿が!」


 不意にみやが襖の外から声をかけてきた。


「む、飯だな」


「……!」


 名残惜しそうに、しかしきっぱりとした様子で季房は法師の両肩を掴んで立ち上がった。


「なんだな、そういうことは…嫁いでからでも遅くあるまい?な?」


「はい…」


 しょんぼりしているが、腹の内ではみやに対する罵詈雑言・呪詛を唱える法師であった。

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