第7集

 帰陣するや否や、季房は範頼の宿舎へと罷り出る。


「五位殿!素晴らしい働きをされたと聞いたぞ!」


 夕飯を摂った直後の範頼は上機嫌だ。幾多の名のある武士を討った戦上手を生け捕りにしてきたと言うのだから。


「は。これなるは播磨国・佐用郡の住人。赤松良兵衛と名乗っております」


「あ、赤松にてござる…」


 流石の良兵衛も声が震えている。平家追討軍、雑兵も入れて数えるなら10万を号する軍勢の総大将だ。そこに親しく乗り込む傍の男の度胸にも驚きを隠せない。


「蒲殿、この男。どう処遇される?」


「ん?うむ、それなりに怨嗟の声が上がっておってな。衆目の元、首でも落とせば溜飲も下がろうが」


 範頼は季房の後ろに並ぶ兄妹の片割れを見る。顔を伏して、震えていた。


「五位殿にはそうなってもらっては困る理由がありそうだ」


「然り。赤松にはできれば五体満足で仕えてもらいたい」


「土地も何も持たぬそなたにか!土地よりも先に家臣を揃えるのは…まあ斬新だな?」


「土地なら家臣が持っておりますので、寄生いたすのみ。蒲殿が黙ってくだされば、他の兵は黙ります」


「ああ、それなのだがな、五位殿。鎌倉へ行ってくれんか?」


「ほう、鎌倉」


「うむ、この辺りも赤松が最後の抵抗勢力であった。馬関を渡ろうかと思う」


「は、さい、ご?」


 良兵衛は呆然とした顔をしていた。かわいそうなものを見る目で範頼は良兵衛を見る。


「そうだ。他の軍勢は壊滅しておる。平家の本隊はすでに大宰府に退いた。今日の報告故、そちの勇戦は無駄では無かったぞ」


 範頼的には最大限配慮した言葉をかけたつもりだった。しかし、良兵衛は苦衷に満ちた顔をしている。


「拙者が出した人死には…無駄だったと…!」


 やっと捻り出した言葉だった。


「無駄になるかどうかは、これから次第ではないか?なあ五位殿。違うか?」


「ええ。某は赤松の者をあたら粗末に使うつもりはござらん。な、良兵衛」


 季房は良兵衛の肩を掴んだ。語りかける。


「蒲殿はな、この場では許してやると仰せだ。鎌倉で佐殿の検分を受け、お許しを受けられるなら無罪放免だ。少なくとも、鎌倉に行くまでそなたの首は繋がっておる、な?」


 子子子こねこ法師は覚悟して床を見つめていた目線を上に、範頼を仰ぎ見た。


「で、では!?」


「ウム、この場ではまだ預けておく。鎌倉の兄に会うて来い。赤松良兵衛の名、河東高信を討ったように西国に轟く戦上手であることは特に記しておく」


 わざわざ敵であった時の軍功を記した添え状を書くとまで言う。


「なんだ、河東殿まで討っていたのか」


「その、拙者は寡聞にして河東殿を存じ上げないのですが」


「そうか。河東大初位はな、保元の乱の前から源氏累代の兵として戦っておった。平治の乱では撤退する父や兄を庇って敵の攻撃を防いだ後に脱出した豪の者だ。まあ、源氏の宿老だな」


「そ、そんな偉い人を」


 良兵衛は自分のしでかした事の大きさに恐れ戦いた。祖父に近い年の、歴戦の勇士を討っていたのだ。


「そのような戦上手が五位殿のように大した武力も無い男の下におるなら、まあ、問題ないかと思うてな」


「蒲殿、言いますな」


「ははは、俺とそなたの仲ではないか?」


「まあ、なあ…」


 鎌倉からずっと一緒に行軍して来たし、何なら以仁王の令旨が出回り始めた混乱時は、実家が一時的に範頼を保護していたことすらある季房。気脈は通じていた。


「俺が許したと言っても、軍兵どもはわからん。なるべく早くに鎌倉へ発て」


「御意」


「ははーっ!」


 季房は軽く頭を下げ、赤松の兄妹は床に頭を擦り付けるように土下座した。




「兄さま、兄さま!良かった!」


「う、うむ…五位様、なんと御礼申し上げればよいか」


「いやあ、何。まだ鎌倉で佐殿の最終検分が待っておる。それまで首が繋がっておるだけだ。法師もそうなのだぞ?」


「あっ…」


 忘れてました、と子子子法師。すっかり源氏方と思っていたので、敵対したのを忘れていたのだ。


「あくまで猶予を与えられているのだ。それは蒲殿の温情ぞ。努々、忘れるで無いぞ?な?」


「はい」


「わかっております」


 しかし、この兄妹の、そして部下たちの忠誠心は季房個人に対して天元突破している事実は揺らがない。


「五位殿、どうも上手く行ったようだな」


「おお、加藤殿」


 加藤七位少尉も、少しは心配していた。特に、赤松良兵衛とは一度、語らってみたいとも思っていた。


「赤松の。蒲殿は良き御曹司であったろうが?」


「は。堂々となさって良き武者振りでおられました」


「佐殿はな、もっとすごいぞ?まあ、蒲殿も弟君ゆえ、よう似ておられる」


 加藤は良兵衛の肩をバンバンと叩いて豪快に笑うと、範頼の部屋の方へ向かって行った。


「あの方ともしばらくはお別れなのですね」


 法師が少し、寂しそうに言った。佐用郡から一月は一緒に旅したのだ。


「まあ、某はそろそろ解放されたかったのでな。あの髭面と半年、毎日顔を突き合わせておったのだぞ?」


「それは…」


 正直、それはそれで辛そうだと法師は思った。


「さて、明日は必要な物資を受け取り、明後日には出られるように準備させるのだ。な?法師、良兵衛!」


「はい!」


 兄妹は明るく応え、敬礼して駆け出して行った。

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