第6集

 季房は集団の先頭に立った。子子子こねこ法師が無言で弓に矢をつがえ、加藤は何かあればすぐ駆け寄れるように構える。


「播磨国は佐用郡、赤松の衆!我は源五位季房なる者!大将との問答を所望するものなり!」


 挑発だった。赤松良兵衛本人が出てくれば交渉の余地もある。出てこないなら臆病者と囃し立てる。士気は下がるだろう。


「ただの挑発です。応じることは」


「だからと言って出ない大将に、兵はついて来るか?俺なら従いたくないな」


 傍の甚助に何か指示して、単騎(徒だが)進み出たのは赤松良兵衛。季房は精悍な、自分と同じ年頃の武士だと思った。


「播磨佐用郡の住人、赤松にござる」


「五位季房である。よう出てきたな」


「臆病者の謗りは受けとうないので」


 良兵衛は季房の後ろに妹の姿を認めた。


「妹を使ってくれているようだ。確かに武芸は仕込んだが、小娘をようも使おうと思われたな」


「なんの。弓だけならそこらの武士より余程、役に立つ。佐用で敵対した時なぞは、10の雑兵を率いて、1000の軍勢を寄せ付けんかった」


「なんと」


「たまたま、武神の加護ありて我が押し倒したが、そうしなければ未だに佐用郡におったな」


「天晴れなり。まさに武門の意地か。さて、その妹を…命を助け、如何とす?」


「我は家を興す。共に支えてもらうのだ」


 法師は少し、頬に朱が差した。あからさまに態度に出さないくらい、今は緊迫している場面と知っている。


「そうか、そういう者に、兄を射たすのか?」


「脅しだ。そうわかっていても、彼女はそちを驚かせる。それができる娘よ」


「…随分と、高く買っていただいたな」


「赤松よ。どうしても刃交えねばいかんか?」


「俺にも武門の意地があるのだ」


 サッと左手を上げる。左右の側面より赤松勢が半分ずつ。加藤勢に襲い掛かる。


「そなたが首を差し出すなら、手を引くぞ!どうする?」


「勝手に死ねるか!」


 明らかに法師に向かって叫ぶ。はっきりと顔が赤くなった。その様子を見て、良兵衛も弓をつがえ出す。


「妹の想いびとを討つか。これも、武家のならいぞ、子子子こねこ!」


 言い終わる直前に放たれた一矢は、良兵衛の弓を撥ね飛ばした。


「なっ!?」


「当たった…!」


 驚愕という文字を顔に張り付けた良兵衛に、安心したとばかりに力が抜ける法師。すかさず季房は号令をかける。


「者ども、今ぞ!」


「やられた!」


 弓を失った良兵衛に、五郎六郎、佐用郡からの10人が迫る。弓があれば逃げ回って射って脅すが、それもできない。太刀を抜く手は法師が狙う。彼女の力量は理解した。次は肩に当ててくる。

 万事休す。理解した良兵衛はその場にどかりと座り込んだ。そして、大声で叫んだ。


「降参だ!我が首級に免じて、残りの者を食わせてやってほしい!」


 そして、五郎を指差した。


「これからそこな家人に太刀を渡す!武装解除だ!他にすべきは?」


「なれば、某と一緒にあの乱戦を止めてくれ」


 季房の視線の先には、加藤が堯勇を振るって赤松兵を圧倒しつつある。だが、まだ数は6対4と言ったところ。拮抗かやや加藤側有利に傾くか、と見られる。


「必ずや!」


 五郎は受け取った太刀を季房に渡そうとする。しかし、それは制する。


「五位様?」


「それはお前に預ける。危急の時は抜き、返すべき時が来れば赤松に返せるよう、面倒を見るのだ、な?」


「本当ですか!?」


「兄者…羨ましい…」


 この兄弟にはまともな武装が無かった。防具は木の皮や獣の皮を丹念に張り合わせた。武器は実家で頼み込んで譲ってもらった粗末なナタのみ。佩刀など、夢のまた夢だったのだ。


「ただの拾い物だぞ?いつかは返さねばならんのだ、な?」


「はい、大事にします!」


 夢見心地の五郎に、本当にわかっているのかと疑問符は付く。しかし、急がねば死者が増える。


「法師よ、鏑矢はまだ?」


「1本あります!」


「善きかな。あちらの方へ、高く放て!」


「はいっ!」


 三度、高い音が戦場に響く。一瞬だが間が生まれた。


「加藤殿、矛を納めよ!」


「甚助!もう戦わんでよい!」


 まさに刃を交えつつあった2人。加藤はやっとか、と呟き、甚助はホッとしたような、しかし泣きそうな声で返した。


「赤松さま!?」


「良いのだ。赤松の家は、名跡ぐらいは子子子法師が残すだろう。まるきり、絶えはすまい」


 そうだな、と季房の目を見る。季房は。


「自分は死ぬだけで後の事など知らないと申すか」


 思った通りに口に出した。


「悪いが、俺は斬首だろう?首では土地も妹も守れん」


「なら、某の家来にならんか?五位の貴族、そちより頭は回る。平家から村上源氏に宗旨替えはどうだ、な!」


「はっはっは!そういう人生も良かったなあ!」


 もはや、この世の人間ではないつもりの良兵衛は泣き笑いしていた。法師も今生の別れと目を潤ませている。ただ1人、加藤のみがこの後の展開を予想していた。


「まあ、あの若造は命拾いしたもんじゃ。五位殿は法師を泣かすまいて」


 太陽が沈みきる手前に、駆け足で一団は範頼の本陣に帰り着いた。

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