第8集

 平家追討軍からの軍使・五位季房は播磨・佐用郡の赤松家の者どもを護衛に付けて西海道を上がって行く。兵どもの足取りは酷く軽やかだ。


「本当か、父ちゃん!?」


「ウソやないぞ、五位さまは明らかに法師さまを好いておられる。佐用を治める貴種の奥方になられるかも知れん」


 安芸の山中まで赤松良兵衛に従った甚助は、地元に父の甚太を残していた。


「しかし、お前は!赤松様に道を誤らせないのが仕事だと、重々!言い聞かせたではないか!」


「そんなこと言ったってよ!俺だって、何度か帰ろうとは言ったんだ。けど、あれだけコケにされて…尻尾巻いて逃げるなんて…」


 どんな男の子にも意地はある。平家のプライド高い武将たちにコケにされ、最後は使い捨てにされたのだから、せめて武士の一分は見せたかった。


「それで死んでは元も子も無いに…親子そろって、頭に血が上りやすい御仁であることよ…」


 良兵衛の父も似たような性格だったらしく、代々、先手を務めて重役の家系。甚太の苦労は計り知れないものだった。やっと息子に役目を譲ったはずなのに。


「しかし、法師さまが貴種の奥方になられる。未来は明るい。目出度い!」


 あまり何も無いような山の中。米が良く獲れる他は特に旨味も無い。だが、郡全体が纏まれば。力ある土地だ。

 その希望の星は少し後ろで、馬に揺られていた。おっかなびっくりだが。


「五位様は馬はあまり得意ではござらんか」


 良兵衛は苦笑している。武士らしいことは大概できる男が季房だと思っていたが、意外な弱点だ。


「季房さま、馬を信じてさしあげませんと」


 良兵衛は下馬して季房の乗馬を曳き、子子子こねこ法師はもう1頭に乗る。立派な騎乗ぶりだ。もっとも、本人は兄が馬に乗るべきと主張していたが。


「お前は主殿の奥方になるのだぞ」


 そう、兄に諭されては歩くわけにいかなかった。その法師の馬は六郎が曳く。五郎は後ろに続いて、辺りを警戒していた。まだ太刀が腰にある。


「返さなくて良いのですか?」


「すまぬな。俺はまだ、首が繋がっておるだけの身だ。そちが預かってくれればそれもお役に立てよう」


 良兵衛は懐刀を持つ以外は武器を持っていない。まだ自分は虜囚であると、態度で示している。せめて武器だけでも主君のお役に立ててくれと五郎に伝えていた。


「良兵衛殿のお気持ち、必ずや!」


 そう意気込んで後ろに左右に警戒を厳としている五郎である。


「別にナタの1本ぐらい、弓でも持てば良いのにな」


 その方がこちらも助かるのだが、と何度か季房が話をしたが、頑として首を縦に振らない良兵衛。


「佐殿にご赦免いただくまで、拙者は死人であるべきです」


 無駄にした命を弔うためにも、せめてそれぐらいはさせてくれと言い張られては、季房も強くは言えない。


「なあ、法師。そなたの兄はなかなか強情よな」


「昔から、意志が強うございました」


 6年前、獣を捕まえるための罠にかかり、大けがを負った。恥ずかしいので傷を隠して体力だけで治してしまった。後で父に見つかり、大目玉。武士として馬に乗れぬようになるかもしれなかったのだぞ!と怒られても泣きはしなかった男だ。


「それはイカン。良兵衛、矢創など無いだろうな?」


「ありませんよ」


 くっくっく、と笑う良兵衛。そんな昔のことを、と呆れ加減に笑い飛ばす。


「一部とはいえ、鉄の歯が脚に食い込んだのですよ!?心配するに決まってます!」


「そうだぞ、良兵衛。今度は戦だろうが平時だろうが傷を隠したら勘当ぞ?な?」


「それは手厳しい。父ですらそうしなかったというのに」


 それだけ、季房さまは兄さまを大事にされているのです。と嬉しく思う子子子法師であった。




「着いた…」


「赤松の村だ」


「俺らの村だ」


 前を行く者たちがざわざわとしている。盆地にある村が見えたと口々に言っている。


「村か…」


「気が重いか?」


 1年前に村を出た時に率いた者たちは半分ほどしか残っていない。良兵衛の心中は如何ばかりか。


「拙者が気後れしては逝かせてしまった者たちに申し訳が立たない。大丈夫です。遺族たちに、きちんと伝えます」


「わたくしもお手伝いします!」


 蒲殿・範頼から、補給と軍旅の再編成のために3日ほど、佐用郡への滞在が認められていた。赤松の村に到着して、良兵衛がまずやったことは館に村に残った主だった者を集めることだった。


「五位の貴人さまを婿に迎える…?」


「そうだ。婿というか…子子子を娶ってもらい、五位様に赤松を名乗ってもらおうと思っている。源姓赤松氏だ」


「おお…!」


「しかし、その貴人さまはしかと法師さまを好いておられるのですか?側室以下の扱いをされるのでは我らは納得できませぬ」


「…と、言って聞きませぬ。五位様、どうか」


「恥ずかしいのだが、な?」


 季房はこれも通過儀礼だと思って恥ずかしい試練に耐えることとした。


「我は法師を愛しておる。二月前にこの佐用で一目見た時。共に家を興していこうと決意したのじゃ」


 はっきりと口にした季房。五位の貴人にここまで言わせたのだから、主家の姫君はすごい!と場は沸いた。


「うちの人は。勇敢に…?」


「ウム、下知に従い、2人を射って倒した。その後、撤退時に仲間を逃がそうと残ったのだ」


「う、うう…あんたあ!」


 良兵衛が遺族を呼んで部下の戦死状況を語る場にも、季房は居合わせた。上座にいてほしいというので、いるだけで良いならと座っている。


「俺は勇敢な兵を上手くは使えなかった。しかし、これからお迎えする新しい主君は兵を無駄使いされぬお方だ。奴の息子の代には、あたら粗末なことになりはすまい!」


 いや、そう言われてもどうなるかはわからぬぞ!と叫び出したい季房だが、黙って聞いていた。

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