第33話「ノブレス・オブリージュ」

「赤井様、もうお昼休みですわよ」


 結局、僕は御台所みだいどころに起こされるまで、ずっと寝続けていた。


 そのおかげで眠気は完全に消えたが心配になる。


 寝ている生徒を無視して授業を進める学校って大丈夫なのか?


 それとも寝ていたら欠席扱いとかになるのかな?


 まあ、たかが数時間寝ていたぐらいで卒業できなくなるわけもないし、別に皆勤賞も目指してないから、どうでもいいか……


「赤井様、お食事へ参りましょう」


「うん」


 僕は御台所と一緒に学食に行く。


 ママンが料理を作れない僕は学食に行くしかない。


 春休みは1日1000円だったおこづかい、500円に減額されてしまった。


 ママンいわく、「学食なら500円でも腹一杯食えるだろう」


 たしかにその通り。


 学食なら、僕の好きな麺類、ラーメン、うどん、そば、パスタ、全部500円でお釣りが来る。


 なんだったら一番高い定食でも、500円で足りる。


 ちなみに、アズミは自分で弁当を作るし、緑井もお母さんが弁当を作ってくれるらしいので学食には来ない。


 さすがにアズミに僕のぶんの弁当まで作ってもらうのは葵家あおいけに申し訳ないので、断っている。


 アズミと緑井以外のクラスメートたちも大半は弁当なのか、はたまた買い食いでもしているのか、学食で見かけることはほとんどない。


 ゆえに、学食ではだいたい御台所が、僕の隣に座る。


 別にいいけど……


「あら、赤井様は今日もおうどんだけですの? それではお腹が満たされないでしょう。このエビフライ差し上げますわ、お召し上がりくださいませ」


 食べ物を恵んでくれるから。


 たしかに僕が食べているのは肉うどんだけだが、元女子高と言えど、スポーツ系の学校なので、男の僕でも充分満足できるぐらいの量が入っている。


 それに僕が昼飯代をケチるのは貧乏だからではなく、浮いたお金で文庫本か漫画を買いたいという下卑げびた心ゆえなのだが、そんなこと知らない御台所は毎日のように食べ物を恵んでくれる。


「ありがとう、御台所」


 断るのも失礼なので、ちゃんといただく。


 御台所は毎日のように定食を食べている、それもご飯大盛りの定食を、見た目によらず健啖家けんたんかなようだ。


 そんな健啖家が食べ物を恵んでくれるとは、やはり僕は相当気に入られているようである。


「エビフライだけでは足るまい、余の握り飯も1個くれてやろう」


「ありがとう」


 食べ物を恵んでくれるのは御台所だけでなく、『朝日姫』こと徳川さんもだった。


 こちらは体が小さいからか小食、たぶん自分が食べ切れないぶんを僕に押しつけているんだろう、ようは残飯処理班である、ありがたいけど。


 ちなみに、僕の右隣に御台所、左隣に朝日姫が座っていて、挟まれている。


 他のモブJKたちはなぜか遠くなら眺めるのみで、近くに座ってくるヤツはひとりもいない。


 御台所と朝日姫、このふたりが本当に金持ちのお嬢様なのかどうかは知らないが、もしそうなのだとすれば、母子家庭の子供である僕に食べ物を少々恵んでやるというのは、いわゆるひとつの『ノブレス・オブリージュ』ってやつだろう、繰り返しになるが、断ったら逆に失礼なのだ、いや、うちはママンが解体業で頑張ってくれているから、全然生活には困っていないんだけど、さすがに贅沢はできないけれど、普通に暮らすぶんにはなんの問題もない……


「ところで赤井様、部活の方はいかがなされるのですか?」


 僕はいつものように、頭の中でたくさんの文字を並べていたが、その文字は御台所にぶったぎられた。


「いやー、まだ全然考えてないねぇ……」


「まだ締め切りまでには時間がありますけれども、そろそろお考えになられた方がよろしいんじゃありませんこと」


「わかっちゃいるけど……」


 菅原東洋学園はおおらかな学校なはずなのに、なぜか部活は強制で、絶対にどこかの部に入部しなければいけないらしかった。


 本当は帰宅部がよかった、中学時代、帰宅部だったし。


 でも新入生はゴールデンウィークが始まるまでに、部活に入らないといけないらしい、ところが僕は、入る部活をまだ決めていないどころか、この学校になんの部活があるのかすら把握していない。


「ところで赤井様は軽音楽部には興味ありませんこと?」


「は?」


「おう、お主が入ってくれるなら大歓迎じゃぞ」


「え? あんた方、軽音楽部に入るつもりなの?」


「はい」


「もちろんじゃ」


 これはまた意外な……幕府のふたりが軽音楽だなんて……


「ってことは、お二方とも楽器がお弾けになる?」


「もちろんですわ、わたくし、こう見えてベーシストですのよ」


 ええー?


 見た目、派手好きにしか見えない御台所が、縁の下の力持ちたるベースを弾いているだと?


「余はドラマーじゃ」


 ええー?


 こっちはこっちで、こんなちっこい体でドラム叩いてんの?


 マジで?


 まったくもって、人は見た目によらないね。


「赤井様は楽器はお弾けになりませんの?」


「いやー、僕は音楽は聴く専門で……」


「でも、どんな楽器でも練習すれば、必ず弾けるようになりますのよ」


「いやー、僕は初心者向けの音楽の本を読んで『コードって何? わけわかんない! ムリ!!』ってなったような人間だから、演奏はちょっと……」


「そうですか……それは残念ですわね……」


 もっとしつこく勧誘してくるかと思ったが、御台所はあっさりと引き下がった……いや、早く食べないとお昼休みが終わってしまうことに気づいたのか、ものすごい勢いでミックスフライ定食を食べ始めた。


 ちょっと引くぐらいのスピードで、豚カツとキャベツと大盛りのどんぶり飯をかきこんでいた。


「おおー、相変わらず登子とうしの食欲はすごいのう」


 そんな御台所のことを、朝日姫が親のような目で眺めていた。


 やっぱり幕府つながりなのか、このふたりは仲がいいらしい。


 肉うどんとエビフライと握り飯を食べ終えた僕は、いい機会だから、前から気になっていたことを朝日姫に質問してみることにした。


「あのー、朝日姫」


「なんじゃ?」


 ちなみに、徳川さんはほぼ全員に「朝日姫」と呼ばれており、「御台所」と違って、僕だけがそう呼んでいるわけではないのだ。


「朝日姫は徳川家の子孫らしいけど、いったい徳川家の誰の子孫なの?」


「よくぞ聞いてくれた。赤井よ、お主は江戸幕府の第11代将軍が誰であるか知っているかな?」


「そりゃ知ってるよ、御三卿ごさんきょう一橋家ひとつばしけから養子に来た徳川家斉とくがわいえなりだろう」


「おう、お主、なかなか詳しいのう。では当然知っておろう? 徳川家斉が子沢山であったことを」


「そりゃもちろん……諸説あるけど、だいたい50人以上子供がいたとかなんとか……僕が読んだ文献の中で最も多く書かれていたのは、息子30人、娘27人の計57人だね。でも55人説と53人説もあって、はっきりしないよ。ちなみに、そんな徳川家斉の大奥生活を描写したのではないかとうわさされたのが、柳亭種彦りゅうていたねひこ合巻ごうかん偐紫田舎源氏にせむらさきいなかげんじ』で、にせの紫式部が書く、田舎者の源氏物語って意味で……」


「そうそう、その57人のうちのどれかの子孫にあたるのが余じゃ」


 いや、「57人のうちのどれか」って!


 絶対嘘じゃねえかよ!!


 朝日姫にうんちくをぶったぎられた僕だが、こんなとんちんかんなことを言われては、心の中でツッコまずにいられない。


 おおかた、明治時代に好きな名字を名乗れるようになった時に、ご先祖様が調子に乗って『徳川』って名字にしただけだろ!!


 それだけでも大概なのに、さらに調子に乗って『徳川家斉の子孫』を名乗るようになったとは、この家、ろくな家じゃないぞ、全然上流階級でもなんでもない、庶民だぞきっと……いや、まあ『南朝の子孫』を名乗るよりはマシなんだけどね……


「どうしたのじゃ、赤井。驚いて言葉も出ぬか?」


「いやー、まあ、そうですねー、スゴイデスネー……」


「そうじゃろう、すごいじゃろう、アッハッハッハッハッ!!」


 心の中ではそう思っていたが、実際に口に出してツッコむのは野暮なので、やめておいた。


 これで朝日姫がイヤなヤツだったらいくらでも論破して恥をかかせてやればよいが、実際は握り飯を恵んでくれるいい人である。


 いい人に恥をかかせるだなんて、そんな無粋なことしちゃいけませんことよ……あ、いけない、御台所の口調がうつってしまった。


「しゃひゅぎゃじぇしゅわにぇ、あきゃいしゃみゃ、しょにょふゅきゃうぃちしき……」


「御台所よ、しゃべるなら、口の中に入れたもの、全部飲み込んでからにしたまえよ」


「きょれはしちゅれい……」


「だから食べながらしゃべるのはやめろって……」


「フグハグフグ……」


「学食でフグは出ないって……」



 楽しい食事を終えて教室に戻った僕は、机の中にメモ紙を見つけた。


 そこにはこう書いてあった。


「赤井くん、話したいことがあるから、放課後、例の場所に来てよ」


 このメモ紙を書いたのはもちろん……

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大好きな幼なじみがレズビアンだから、告白できない赤井くん ハイパーユリカ @funyoi_yoshinaga

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