第4章「幽霊の、正体見たり、文芸部」

第32話「衝撃の真実」

 登場人物紹介


 赤井優あかいゆう→主人公(男)。『菅原東洋学園すがわらとうようがくえん』の入学式の日にイキって、ルソーの『孤独な散歩者の夢想』を読んでいたばっかりに『東洋のルソー』と呼ばれることになる。中学時代、歴史オタク話が長すぎて、友達を次から次に失い、残ったのはアズミと緑井だけ。


 あおいアズミ→優が愛する幼なじみでレズビアン。女子力高いし、料理うまいし、優と仲もいいが、その体は桃井瑠美のもの。


 桃井瑠美ももいるみ→アズミのカノジョの女子大生。今のところ、アズミとえっちするシーンにしか登場していない、たぶんバリタチお姉さん。


 緑井朱里みどりいあかり→優のただひとりの親友(女)。優がなんの話をしてもちゃんと聞いてくれる、心優しき、目隠れ、ダウナー、陰キャ、ボクっ子。


 足利登子あしかがとうし→なぜだか足利尊氏あしかがたかうじの正室と同じ名前のお嬢様。他ならぬ『東洋のルソー』の名付け親だが、とうの本人は優のことを『赤井様』と呼んでいる。


 大庭香菜子おおばかなこ→優の右隣の席の白ギャル。ママが再婚して、こんな名前になってしまったが、ギャルだからまったく気にしていない。なぜか優のことを『イケメンくん』と呼ぶ。


 古本美保ふるもとみほ→香菜子とマブの黒ギャル。優いわく『ミホ(美保)ノブルボン(古本)』 髪は栗色。


 夕暮ゆうぐれかえで→香菜子、美保と仲の良い、ツインテールの白ギャル。かわいい見た目に反して、口を開けば下ネタしか言わないド変態。


 橙音だいだいのおと→『フルート王子』と呼ばれ、女子に絶大な人気を誇るイケメン女子。そのフルートはプロ級の腕前。名前の由来は英語の『Note(ノート)』


 北条奈央ほうじょうなお→木管楽器なら、わりとなんでも吹けるらしいポニーテール女子。主に吹くのはアルトサックス。やはりプロ級の腕前を誇る。


 徳川朝日とくがわあさひ→自称『徳川将軍家の末裔』の『のじゃロリ』


 上杉英美里うえすぎえみり→優のクラスの担任の先生。美人だけどアラフォー。


 赤井陽子あかいようこ→優の母で元ヤンキー。解体業で働くガテン系女子。優との親子仲は極めて良好。


 葵聡美あおいさとみ→アズミの母。職業は看護士。娘がレズビアンだということも、自分の夜勤中に娘がカノジョを家に連れ込んでいるということも知らない。



(ここから本文)

「ねぇ、優くん。えっちしよ」


「え?」


「『えっ』て何よ、『えっ』て……イヤなの?」


「い……イヤなわけないけど、だってアズミは桃井瑠美と……」


「瑠美さんはえっちが激しすぎるんだよ。『やめて』って言っても全然やめてくれないし……優くんの方が優しくしてくれるから、アズミは好きだよ」


「な……何を言ってるんだ、アズミ。僕とアズミはえっちどころかキスさえもしたことがないじゃないか」


「優くんの方こそ何言ってんの? アズミと優くんはずっと付き合ってるのに」


「なんだって?」


「優くん、覚えてないの?」


「覚えてないのって何を?」


「優くんが実はNTR属性の変態で、しかも百合エロ漫画が大好きだから、アズミが他の女の子とえっちしてるところを盗み聞きしたいって、他ならぬ優くんがそう言ったんじゃん」


「そうなんだっけ?」


「そうだよ。だからアズミは別に女の子とかキョーミないけど、大好きな優くんのために、嫌々瑠美さんに抱かれたんだよ」


「そうだったっけ?」


「そうだよ! 優くん、アズミは優くんのために頑張ったんだからご褒美にち……(自主規制)ちょうだい、早く!!」


「いや、ちょっと待てよ!! いくらなんでもそれは都合がよすぎる……」


「もうガマンできない! 早くして、優くん!!」


「いや、さすがにそれはまずいって……」





『キーンコーンカーンコーン……』


「ハッ!」


 僕はチャイムの音で目を覚ました。


 ここは教室、このチャイムはたぶん授業終了の合図、おそらく今は休み時間。


 さっきのアズミとのやり取りはもちろん、夢の中での話。


 残念ながら『葵アズミは桃井瑠美と付き合っている』というのが真実であり、僕とアズミは現実では付き合ってはいない。


 そんなわけがない!


『実はすべて、合意の上での出来事でしたー』なんて、最低などんでん返しをかましてしまったら、読者がゼロ人になるわ!!


 なんてメタ発言はさておき、学校で見てはいけない夢を見てしまったな……


 ていうか、学力レベルの低い学校って授業中に寝ても起こされないのかよ、県立進学校だったら絶対叩き起こされて、めちゃくちゃ怒られると思うんだけど、おおらかな学校だよ。


 それにしても……


『NTR属性』って何?


「お目覚めですか? 赤井様」


 目を覚ました僕に話しかけてきたのは、前の席の御台所みだいどころだった。


 入学式から10日ほど経った今、僕は足利さんのことを「御台所」と呼ぶようになっていたから、地の文でもそう呼んでしまうのである、あ、またメタ発言をしてしまった……


「一応ね……まだ眠いけど……」


 僕が授業中に寝てしまうほどの眠気に襲われている理由はもちろん、前夜のアズミと桃井瑠美の「アハン、ウフン」のせいである。


「授業中に寝てしまうのは感心いたしませんけれども、きっと赤井様のこと。ゆうべも夜遅くまでお勉強なさっておられたのでしょう」


「そうかもね」


「さすがですわ、赤井様。寝る時間を削ってまでお勉強なさるとか尊敬しかないですわ」


 入学式から10日ほど経過して、さすがに気づいたことがある。


 前の席に座る御台所は、いわゆる『悪役令嬢』などとは程遠い、ただのいい人。


 何か裏や策略があって僕のことを褒めてくるのではなく、ただ、思ったことを素直に口に出しているだけなのである。


 だから御台所に褒められたら素直に受け取ればいいのだと、わりとすぐに気づいた。


「いやー、素直になれよ、イケメンくーん」


 御台所の次に話しかけてきたのは、右隣の席のギャル、大庭さんだった。


「ん?」


「夜遅くまで起きてたのはどうせスケベな動画を見てたからだろー、ほれほれ」


「う……」


 当たらずと言えども遠からずなのだからギャルは怖い。


 でも、ギャルはギャルだ。


 ギャルはメンタルが強いから、適当にあしらったとしてもへこんだりしない。


 無視さえしなければ、ちゃんと話し相手になってあげさえすれば、僕のことをハブったり、いじめたり、そんなことは決してしない。


「そうかもね……」


「えっ?」


「うーん、そうかそうかー、イケメンくんと言えども、やっぱ男かー……」


 大庭さんは椅子を近づけて、馴れ馴れしく肩を組んでくるが、ママンやアズミによくベタベタされている僕は、今さらギャルに肩を組まれたところで、特になんとも思わない。


「でも動画見てるだけじゃ満足できないよねー? どう? うちのEカップおっぱい、触ってみない?」


 そうやって大庭さんは、制服のシャツの一番上のボタンを開ける。


 僕のことを誘惑しているつもりなんだろうが、Eカップがどうしたってんだ、アズミはFカップ、アズミの方がデカいから、僕は特になんとも思わないぞ、ギャルよ。


 顔がすぐ近くにあるのは、さすがになんとも思うけど……一歩間違えたら口づけしてしまいそうなほど近くに顔があるのはさすがにちょっと……


「まあ、そのうちね……」


「えっ?」


「そのうちって、いつよー」


「そのうちはそのうちだよ……」


「うちは一刻も早く触ってほしいんだけどなー」


「なんとまあ、はしたない! ほら、すみやかに離れなさい、離れなさい!! ギャル退散! ギャル退散!!」


「ちょっ……なんだよー」


 それにギャルがどんなにベタベタしてきたとしても、御台所が勝手に引き離してくれるから僕はなんにもしなくていい、楽だ。


 入学式の日はどうなることかと思ったが、『住めば都』というか、なんというか……僕は案外すんなりと、ほぼ女子校の菅原東洋学園に馴染んでいた。


 まあ、元々、母子家庭で育った上、アズミと緑井しか友達がいなくて、女子と会話することに慣れていたというのは大きいのかもしれない。


 やめていったという先輩たちは女子に免疫のない男子だったのかもしれない、だから居心地が悪くてやめていったのかも。


 ところが僕には免疫しかないよ、居心地が悪いどころか、むしろいいね、男だらけの学校に放り込まれた方がよっぽど居心地悪かったかも、僕はそういう人間だ。


「ちょ、かえでちゃん、やめてよー!」


「こんな大きいおっぱいしてるアズミが悪い。このおっぱい、半分ぐらいかえでによこせ、ウリウリ」


「いやー!」


 いくら居心地よくても、こういう声がたまに聞こえてくるのはアレだけどな。


 おのれ、夕暮かえでめ、桃井瑠美だけでなく、お前もアズミのおっぱいを気安く触るのか……


 なんて、あれは女子校特有の『お戯れ』ってやつだろう?


 そんなもんにいちいち目くじら立てていたら、男がすたるってもんだよ。


 それに、コミュ強だから心配していなかったけど、アズミもこのクラスに馴染めているようで何より。


 何があろうと、僕のアズミへの想いは揺るぎない、ちょっと他の女に取られたぐらいで、「もう好きじゃない、サヨナラ」ってなるわけがないんだ、その程度の愛だったら誰も苦労はしないんだよ、コンチクショー……


 そんな僕が唯一心配しているのは左隣の席の緑井。


 今も、他の女子とは一切話さず、本を読み続けている、まさに陰キャそのものだ。


 他の女子に遠慮しているのか、僕とのコミュニケーションもメモ紙が中心になった。


 緑井が何か話したい時は、机の中にメモ紙が入っていて、呼び出されるのだ。


 緑井が言うには、ひとりだけ突出して僕と仲良くしていると、いろいろと面倒なことになるんだとかなんだとか、女子ってのは大変なんだねぇ……


 僕が女子だったら、そんな陰湿なヤツ、ぶっ飛ばしてやるけどな、ボッコボッコにしてやんよ、ママン譲りのヤンキーの血でボッコボッコのギッタギタに……いや、ボッコボッコのギッタギタはさすがにまずいか……


 ちなみに、皆様には聞こえていないだろうが、休み時間、ずっと『フルート王子』こと、だいだいさんが吹く、フルートの音色が教室中に鳴り響いていた。


 クラシックの演奏家は1日10時間練習しないといけないとかなんとかで、休み時間にも練習で吹いているらしいのだが、うまいので誰も文句は言わない。


 僕にとっても心地よいBGMである。


 さすがに北条さんにサックスまで吹かれたら「勘弁してくれよ」ってなったかもしれないが、北条さんは休み時間には何も吹かないタイプの音楽家だった、クラシックじゃなくて、ジャズやポップス寄りの音楽家なので、1日10時間も練習はしないらしい。


『キーンコーンカーンコーン』


 などとあれこれ考えているうちに、休み時間はあっさり終わってしまった。


 まだ眠かった僕は机にうつ伏せになった。


「あら、赤井様、これから授業が始まるというのに眠るなんてよろしくありませんことよ、お起きなさいませ」


 そんな僕に御台所が注意をしてくる。


「御台所よ。いい女ってのはね、男が眠い時は寝かせてあげるもんなんだよ」


「おやすみなさいませ、赤井様」


 チョロい!


 チョロすぎるぞよ、御台所。


「ありがとう、御台所。君は『可愛い女』じゃないか……」


「そ、そんな、かわいいだなんて……いやですわ、赤井様、これから授業ですのに、オホホホホ……」


 僕はただ、チェーホフの小説のタイトルを言っただけである。


 それなのにこのリアクション、御台所、ういやつ、ういやつ……


 こうして僕は誰にも邪魔されることなく、再び眠りについた。




(作者いわく、連載開始してから約3週間、毎日更新し続けて、さすがに疲れたので、ちょっとだけ休ませてもらいましたけど、今のところ、投げ出すつもりはないので、これからも、何日か更新が途切れたとしても気にしないで、気長に待っていてください)

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