第31話「月に吠える負け犬」

 結局、桃井瑠美ももいるみは日付が変わる頃まで葵家あおいけにいて、いる間はほとんどアズミと卑猥なことをしていた。


 女の子同士だと明確な終わりがないから、続けようと思えば、いつまでもダラダラ続けることができるのか、勉強になった。


 なんて、かっこつけたところでなんになる?


 結局は最後まで盗み聞きし続けたド変態。


 盗み聞きし続けた理由、どんなにかっこつけたところで結局は『スケベ心』としか言いようがない。


 ほとんど女子校に通っているとて、結局僕は男なんだよ。


 好きな女の子のあえぎ声を聞いて興奮していた、ただのバカヤローなのさ!!


 憎しみとか、恨みつらみよりも、性的興奮の方が上回っていた愚か者である。


 僕は興奮で火照った体をなんとかしたくて、ベランダに出た。


 すると、1台の車がライトをつけて、走り去るところを目撃した。


 なるほど、あれは桃井瑠美の車に違いない、大学生だから、車持ってるから、こんな時間まで「アハン、ウフン」できたというわけか。


 おのれ……


 何が「おのれ」なんだろう?


 愛し合う女の子同士が合法的にえっちしていたのを無断で盗み聞きしていた僕の方がよっぽど「おのれ」と言われる立場なんじゃないだろうか?


 いくら今日は『白い涙』を流さなかったとは言え、誰かにバレたら人権を失う行為をしたことは間違いない。


 今さらながら、罪悪感に襲われた僕は、空を見上げた。


 夜空に浮かんでいたのは三日月だった。


 僕は思わず手を合わせて「月よ、我に七難八苦を与えたまえ」と、山中鹿介やまなかしかのすけを気取ってみたくなったがやめた。


 だって、鹿介が月に祈ったところで、彼の願いである尼子家再興あまごけさいこうが叶うことはなかったんだから、それどころか鹿介は最終的には殺されている。


 縁起でもない……くわばらくわばら……


「おい、優、何やってんだよ、こんな夜中にベランダで」


 などと考えていると突然ママンに話しかけられビクッとした。


 トイレにでも起きてきたのだろうか?


 もちろんベランダにいる理由をママンに話せるわけもない。


 アズミがカノジョとえっちしている声を盗み聞きして興奮した体を冷ますためにいるのだ、なんて言ったら、さしものママンも元ヤンキーの血が騒いで、僕のことをぶん殴ることだろう、もしくはめちゃくちゃ混乱して、何もできなくなるか。


 ていうか、アズミがレズビアンであることをママンに言うのは『アウティング』になるからダメなんだった。


「何をしてるって……月を見ていたんだよ、だって僕は『月に吠える負け犬』だからね」


 だから僕は、いつもの方法でママンを煙に巻くことにした。


「またわけのわからないことを言って……」


「わからないことなんてないよ。『月に吠える犬は自分の影に怪しみ恐れて吠える』んだ。だから僕も自分のことを怪しみ恐れ……」


「ああ、わかったわかった。なんでもいいからさっさと寝ろよ。まだ寒いんだから、ベランダにいたら風邪ひくぞ」


「うん、もう寝るよ、おやすみママン」


 作戦成功である、うまいことごまかせた。


 とは言え、ベッドに戻った僕がすぐに寝られるはずもなかった。


 いろんな意味で興奮していたからだ。


 性的な興奮は自慰行為をすれば収まるだろうが、なぜだか今日はしたくなかった。


 悔しかった。


 桃井瑠美は、僕が一生かかってもできないことを、いとも簡単にやってのける。


 今の僕にできるのはそれを盗み聞きするということのみ、まさに『負け犬』である。


 でもそれは『今』の話。


 僕に勝算がまったくないわけではない。


 普通の男女のカップルでも、高校生の時に付き合い始めた相手と一生添い遂げるなんてことはそうそうないだろう。


 アズミと桃井瑠美だって、今は仲良くても、いつかは別れる可能性が高い、いや、そうなる確率の方が圧倒的に高いのだ、最初に付き合った相手と一生添い遂げるなんて、今の時代、奇跡に近い。


 アズミが桃井瑠美と別れた時、僕が『仲のいい幼なじみ』の地位を維持していれば、何かが起こる可能性はゼロパーセントではない。


 もちろんその可能性は極めて低いだろうが、たとえ1パーセントでも可能性があるのならば、僕はその可能性を信じて生きていたい!


 その日が来るまで、僕はいつまででも待つ!!


『果報は寝て待て』『待てば海路の日和あり』


 僕は奇跡を信じる、『アズミのよろめき』を。


 その日が来るまで、僕は決してめげない、くじけない、諦めない!


 耐えて、耐えて、耐えて勝つ!


 そう思わなければ、とてもじゃないが生きていけないよっ!!


 続けられないっ!!


 桃井瑠美よ、今はせいぜいお楽しみになっていればよい、でもポッと出のお前よりも、10年以上も一緒にいる僕の方が、アズミのことをよく知っているのだ、どうせ数年で飽きて、アズミのことを捨てるのであろう、お前なんぞと一緒にしてくれるな!!


 性的興奮、桃井瑠美への敵意、自分にとって都合のよい未来の妄想、その他、様々な感情が僕から眠気を奪い去り、ほとんど眠れないまま、朝を迎えてしまった。


 もちろん今日は平日なのに、


 困ったもんだね……




 次章予告


 なんだかんだで、ほぼ女子校にあっさり馴染み、カースト最下位にならずにすんだ赤井優に降りかかった次の問題。


 それは『菅原東洋学園すがわらとうようがくえんは部活に入ることが義務。帰宅部は許されない』ということであった。


 ほぼ女子校でスポーツ系の部活に入れるわけもない優、頼れる親友・緑井朱里のリサーチによって、自身が入れそうな文化系部活は文芸部しかないということを知る。


 そんなわけで、緑井と一緒に文芸部の本拠地である図書室に行ってみたならば、なぜだか顧問の先生(美人)はまったくやる気がなくて……


 第4章『幽霊の、正体見たり、文芸部』


 お楽しみに!

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