第26話「木戸孝允(きどたかよし)、長井雅楽(ながいうた)」

「あ?」


 さすがに話しかけられたのに無視すると、感じが悪すぎるので、ちゃんと相手はしてあげることにする。


「あら、ご存知ありませんの? 我が長州藩ちょうしゅうはんの偉人、木戸孝允きどたかよしのことを」


 足利さんにそう言われて、僕の歴史オタクに火がついてしまった。


「知らないわけがないだろう! 元々、長州藩医ちょうしゅはんい和田昌景わだまさかげの長男として生まれ、しかし、幼少時からあまりにも優秀であったため、桂元澄かつらもとずみ以来の毛利家の忠臣・桂家かつらけに養子に行き『桂小五郎かつらこごろう』を名乗ることになった、ちなみに桂元澄とは、厳島いつくしまの戦いの時に『厳島に上陸すれば、陶軍すえぐんに寝返る』と嘘をついて、陶晴賢すえはるかたの大軍を、狭い厳島に上陸させ、毛利元就もうりもとなりの勝利に大きく貢献した忠臣である。閑話休題かんわきゅうだい、桂小五郎は幕末、あまりにも有名人すぎて、あっちゃあこっちゃあから命を狙われたものだから、不憫ふびんに思った長州藩主ちょうしゅうはんしゅ毛利敬親もうりたかちかが『木戸』の名字を与え、しばらくは『木戸貫冶きどかんじ』『木戸準一郎きどじゅんいちろう』などと名乗っていたが、やがていみなの『孝允』を使用するようになり、最終的には『木戸孝允』になった、その木戸孝允だろう、西郷、大久保と並ぶ維新の三傑! 知らないわけがない!! ちなみに1877年、明治10年、西南戦争の真っ最中に京都で病死し、最期の言葉は『西郷、もういい加減にせんか』だったらしいよ!! ちなみに病気はがんだったらしいね!!」


 オタク特有の早口で全部言い終えてから、『やっちまった』と思ったが、もう手遅れだった。


 中学時代、こういう話をすると、女子たちはみんなドン引きして逃げていった。


 あれ、待てよ、今は女子たちに逃げていってほしい状況だからこれでよかったのでは?


 よし、この歴史オタク語りで女子たちは蜘蛛くもの子を散らしたように逃げていくに違いない、やった! やっと帰れるぞ!!


 しかし、僕の思惑とはまったく逆に、女子たちは「オオー!」と歓声をあげて、僕に拍手を送ってきた。


「ずいぶんお詳しくていらっしゃる、わたくし、感激いたしましたわ!! 男らしく低い声で語られる深い知識、まったくもって素晴らしいですわー!!」


「すごーい!!」


「頭いいー!!」


 あれ? おかしいなぁ……中学時代はだいたい桂元澄の話をした辺りで、みんないなくなっていたはずなのに、ここだと誰もいなくならないぞ?


 なんで?


「赤井様は、見た目だけではなく、学力の方も木戸孝允に似てらっしゃいますのね」


「そんなことないと思うけど……」


「あら、嬉しくありませんの? 幕末屈指の美男子と呼ばれている木戸孝允に似ているというのは、最上級の誉め言葉だと、わたくし思うのですけれども……」


「まあ、長井雅楽ながいうたに似ていると言われるよりは嬉しいけどね」


「ながい……誰ですの?」


「ああー! ご存知ない!? 『航海遠略策こうかいえんりゃくさく』でおなじみの長井雅楽をご存知ない!? 破約攘夷はやくじょういが流行していた時に開国論かいこくろん、のちの富国強兵論ふこくきょうへいろんに近い主張をしたばっかりに、冤罪えんざいで切腹するはめになってしまった、長井雅楽を切腹に追いやった連中は馬関ばかん戦争で攘夷の無理を悟り、開国論に傾いたのだから、運が悪かったとしか言いようがない長州藩の悲劇の偉人・長井雅楽をご存知ない!? ちなみに『ががく』って書いて『うた』って読むんだよっ!!」


 フッフッフッ……さすがにこれぐらいマニアックで、普通の人が知らないような人物の話をすれば今度こそ、女子たちは蜘蛛の子を散らしたように……


「すごーい!!」


「なんか知らないけど、かっこいいー!!」


 なんでだよぉぉぉぉぉっ!!


 長井雅楽の話をして喜ぶJKがどこにいるっていうんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!


 おかしいだろぉぉぉぉぉぉぉっ!!


 なんだよ!?


 村田清風むらたせいふう長州藩政改革ちょうしゅうはんせいかいかくの話をすればよかったのか!?


 村田清風が下関しものせきに設置した金融機関、もしくは商社の『越荷方こしにかた』の話をすれば!?


『清い風』と書いて『清風』!!


 ああ、この邪魔なJKたちを吹き飛ばしてくれるような風は吹いてくれないものか!?


「ああ、わたくしの知らないことを次々教えてくださる赤井様、素敵ですわ! それによくよく見てみましたら、先程来よりずっと読んでいらっしゃるのはジャン=ジャック・ルソーの『孤独な散歩者の夢想』」


 いや、長井雅楽は知らないのに、ルソーは知ってんのかよ、足利さんよ。


 それにさっきから気になってたけど、「赤井様」って何よ、「赤井様」って……


「この『菅原東洋学園すがわらとうようがくえん』でルソーを読んでいるのはきっと赤井様だけですわ、まさに赤井様は『東洋のルソー』ですわね!! 皆様、これから赤井様のことは『東洋のルソー』と呼んで差し上げましょう」


 な、なんだってぇぇぇぇぇぇっ!!

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