第25話「小牧(こまき)の戦い」

 僕が絶叫したのはもちろん心の中でだけで、「上杉先生、アズミと席離れたくないので、席替えなんてしないでください」などと悪目立ちするようなことを言えるわけもなく、席替えのくじを素直に引いた。


 所詮、僕は日本人、自分ひとりだけ異を唱えるなんてことはできなかったのである。


 出席番号順だと前から2番目の席だったのに、くじで引いたのは一番後ろの席、窓側から2番目だった。


「赤井くん、隣の席になれて嬉しいよ」


 左隣の窓側の席が当たったのは緑井だった。


 それは嬉しい……嬉しいけれども……


「ラッキー! イケメンくんの隣の席になるとか、うちツイてるー!!」


 右隣の席は葵アズミではなく、あの白ギャル、名前はたしか……大庭香菜子おおばかなこだ、そう、大バカな子。


「よろしくねー、イケメンくーん」


「イケメンくんって、誰のこと?」


「いやだなー、この学校に男子は君しかいないじゃーん!」


「たしかに僕は男だけれども、別にイケメンでは……」


「またまた、ご謙遜!!」


 ああ、正直、ウゼェ。


 なんでギャルにダル絡みされる席になってしまったんだ、チクショー……上杉先生、まだ初日で人となりとか何も知らないけど、お恨み申し上げますぞ。


 なお、前の席にいるのも葵アズミではなく、ドリルのお嬢様、そう、御台所みだいどころ足利登子あしかがとうしさんである。


 葵アズミは、僕と同じ最後列の席だけど、一番廊下に近い席で、僕とアズミの間には、大庭さん、古本ふるもとさん、そしてあの変人の夕暮ゆうぐれさんがいた。


 なお、左斜め前の席には『フルート王子』こと橙音だいだいのおとさんがいて、右斜め前の席にはサックスプレーヤーの北条奈央ほうじょうなおさんがいた。


 新しい席はギャルとお嬢様と音楽家と陰キャに囲まれているという、なかなかな席である。


 正直、席替え前の席の方が圧倒的によかった。


 僕自身がアズミから離れたのも嫌だが、それ以上にアズミの隣に座っているのが、あのモンスター、夕暮さんであることが僕には不安で不安で仕方がない。


 夕暮さんが、隣の席であるのをいいことに、アズミにセクハラしまくったらどうしてくれようか?


 などとあれこれ思っても、僕にはもうどうすることもできない。


「アズミの隣じゃないから嫌だ! このくじ引きには不正があったんだからやり直せ!」などと文句を言って悪目立ちしてはおしまいだ、耐えるしかない、男は我慢するしかないんだ、コンチクショー!!


 でも、いつの日か、耐えて勝つんだ、絶対に……


 そんな席替えのあと、ようやく解散ということになったのだが、僕は自分の席から立てずにいた。


 なぜならば、自席の周りを女子に囲まれてしまっているからだ。


 やはりみんな、唯一の男子に興味津々なのか、取り囲まれてしまって動けない。


 ギャルとお嬢様とモブJKたちに囲まれて動けなくなってしまったら、僕はいったいどうすればいいんだ?


 悩んだ末に僕が出した結論はやっぱり、ルソーを読むことだった。


 僕が『孤独な散歩者の夢想』を読んでいるからか、女子たちは取り囲むのみで話しかけてはこない。


 目の前の席のお嬢様、御台所の足利さんは椅子に後ろ向きに座って、ルソーを読む僕のことを黙って見つめている。


 左隣の席の緑井もまだ帰らずに、椅子に座っている。


 大庭さん、古本さん、そして夕暮さんの3人は僕の右側に立っている。


 その他にモブJKたちが多数、でもその中に葵アズミはいない、一番廊下に近い席のアズミはさっさと帰宅したらしい。


 僕もさっさと帰りたいけど、帰れるだけの隙間がなくて、ルソーに逃げる。


 そんな僕のことを女子たちは黙って見つめている。


 どちらも動けず、完全に膠着こうちゃく状態。


 これは持久戦の様相を呈してきたのではあるまいか?


 この状況、誰であろうと一番最初に動いた奴が負けるのだ、小牧の戦いか!


 僕は長久手古戦場ながくてこせんじょうで命を散らした池田恒興いけだつねおき森長可もりながよしみたいになりたくなくて、女子たちを無視して『孤独な散歩者の夢想』を読みふけっていた。


 そんな時……


木戸孝允きどたかよしに似てらっしゃいますわね」


 膠着状態を破ったのは、足利さんだった。

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