第22話「橙音(だいだいのおと)」

 その変な名字のだいだいさんは耳が出るほどのベリーショートで、背も高く、すらっとしていて、まごうことなき『イケメン女子』だった。


 現に、教壇の前に立っただけで、モブJKたちの何人かにキャーキャー言われていた。


 そして、そのイケメン女子はなぜか手にフルートを持っていた。


「はじめまして、橙音だいだいのおとです」


『だいだいのおと』?


 変な名前……ていうか、プリントで漢字を見るに『橙音』


『だいだいおと』ならわかるけど『の』って何? 『の』って?


 どこから持ってきた『の』?


 それとも何? 『だいだい』って『ウジ』なの?


源平藤橘げんぺいとうきつ』なの!?


源頼朝みなもとのよりとも』とか『平清盛たいらのきよもり』とか『藤原道長ふじわらのみちなが』とか『橘諸兄たちばなのもろえ』とかの『の』なの?


「変な名前ってよく言われますけど、英語の『Note(ノート)』 つまり音符と引っかけた名前なので、自分は気に入っています」


 なるほど、そういうことか……いや、だから『の』の漢字はどこにある!?


『橙乃音』とかじゃダメだったのか?


 なんて、ツッコんじゃいけないのかな?


 これがいわゆるひとつの『キラキラネーム』ってやつなのかも……だいたい『橙乃音』じゃあ、力士の四股名みたいで、全然女子っぽくないもんな……


「皆様とのお近づきの印に、私の特技であるフルートをお聞かせいたしましょう」


「待ってました!」


 当たり前だが、橙さんは僕の心の中で展開されている、激しいツッコミなど完全に無視して、手に持っていたフルートを口に当てた。


 そこから奏でられたのは、モーツァルトの『フルート四重奏曲第1番 ニ長調 K(ケッヘル)285』の第1楽章だった。


 モーツァルトの曲を、楽譜を見ずに完璧に演奏していた。


 このイケメン女子、できるな……


 橙さんのフルートは、日頃クラシック音楽を愛聴している僕をうならせるほどの腕前だった。


 今までの流れからして、いざ吹き始めたらめちゃくちゃ下手で「ズコー」ってなるパターンかと思ったけど、そんなことはまったくなかった。


 完全に、プロ顔負けの演奏だった。


 現に演奏が終わると教室中が拍手と歓声に包まれていた。


「ありがとう、これから1年間よろしくね、仔猫ちゃんたち」


「キャー! かっこいいー!!」


「いよっ! フルート王子!!」


 フ……フルート王子?


 橙さん、『フルート王子』って呼ばれてんの?


 ダ……ダセェ!!


 それに、演奏がうまいからツッコミ忘れてたけど、なぜ自己紹介でフルートを吹くのか? それもモーツァルトを。


 吹奏楽部の自己紹介ならまだしも、クラスの自己紹介でフルート吹くってどういうこと?


 などと、心の中ではツッコミが止まらない僕だったが、悪目立ちしたくないので黙っていた。


 モブJKたちみたいに、気軽にヤジは飛ばせなかった。


「はい、素敵な演奏でした、ありがとうございます。次は……徳川とくがわさんね」


 とくがわさん!?


 足利さんに続いて、今度は徳川さんの登場!?


 幕府率、高くねぇ!?


「苦しゅうない、皆の者、余の名前は徳川朝日とくがわあさひじゃ」


 ええええええええっ!?


 教壇からかろうじて顔が見えるほどの低身長なのに、殿様みたいな口調でしゃべる徳川さんを見て、僕は心の中で激しく動揺していた。


 こ、これはいわゆる『のじゃロリ』じゃないか……実在していたのか『のじゃロリ』


 そんな『のじゃロリ』徳川さんは手に大きな扇子を持ち、それで口元を隠しながら話していた。


「名字を見ればわかる通り、余はかの有名な徳川将軍家の末裔まつえいじゃ」


 嘘つけよ!


 本当に徳川将軍家の末裔だったら、戦前は華族だったんだから、東京に住んでなきゃおかしいだろ、東京に!!


 なんでよりにもよって、敵の総本山であるY県に住んでんだよ、おかしいだろ!!!


「だからと言って安心せい、余は決して偉ぶったりはせん。お主たちと対等に、楽しく実りのある学園生活を過ごしていきたいと思うておるので、よろしゅう頼むぞ、皆の者」


「よろしくねー、朝日姫!」


 僕の心の中のツッコミが徳川さんに届くわけもなく、自己紹介は終わった。


 それにしても『朝日姫』て……あなたのお兄さん、農民から天下人になったあの人なんですか?


 いやぁ、ヤバいなぁ、このクラス。


 心の中でいくらツッコんでも足りないぐらい、変な奴ばっかりだ。


 こう言ったらなんだが、やっぱり学力レベルが高くない学校だと、変な人が多く集まるのかなぁ?


 自己紹介はまだまだ続く。

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