第23話「黒ギャルと幕府と陰キャ」

 徳川さんのあとしばらくは、個性のないモブJKたちの自己紹介が続いて、僕は安堵していた。


 心の中でツッコまずにすむからね……


「ええと、次は古本ふるもとさんね」


「はーい! 古本美保ふるもとみほでーす!」


『古本美保』……ミホノブルボン!!


香菜子かなことはマブでー、うちも勉強とか全然できないんでー、3年間遊んで遊んで遊びまくりたいと思いまーす! よろー!!」


 ギャルだ。


 無敗の二冠馬みたいな名前しているくせにギャルだ。


 だって黒いんだもん、大庭さんは白ギャルだったけど、古本さんは黒ギャル。


 でも髪の毛は栗色なんだよな、やっぱミホノブルボンだからかな……


「はい、お願いだから勉強も頑張ってね。えーと、次は北条ほうじょうさん」


「はーい!」


 ほう・じょう・さん!?


 室町、江戸だけじゃなくて、鎌倉幕府までいたぞ! このクラス!!


 こりゃ間違いなく、みなもとさんもいるな。


 絶対いるよ……いや、プリント見たら源さんがいるかいないかはすぐわかるんだけど、ネタバレ防止のためにあえて見ないでおこう。


「はっじめましてー! 北条奈央ほうじょうなおでーす!!」


 北条奈央……なんかしくじって高野山こうやさんに追放されそうな名前だな……いや、高野山は女人禁制なんだっけ?


 っていうか、その北条は鎌倉幕府の北条とは別の北条、元々の名字は伊勢いせだったが、関東支配を正当化するために、あえて鎌倉幕府の執権と同じ名字を名乗り……


「特技は木管楽器ならわりとなんでも吹けることでーす! 私もお近づきの印に1曲披露したいと思いまーす! 聴いてください!!」


 僕の頭の中で無限に展開される歴史うんちくなど完全に無視して、北条さんは手に持っていたサックスを吹き始めた。


 見た目だけじゃあ何サックスかはわからない僕だけど、音色を聴くにどうやらアルトサックスのようだった。


 さっきの『フルート王子』と違って、なんの曲を吹いているのか、僕には正直わからなかった。


 サックスはジャズやポピュラー音楽でよく使われる楽器であって、クラシックでは不遇の存在だからね。


 でも、曲名はわからなくても、北条さんの演奏が、さっきの『フルート王子』と同じかそれ以上にうまいということははっきりわかった。


 わかったけれども……なんでこの人たちは入学式の日に楽器持ってきてんの?


 リコーダーならまだしも、サックスもフルートも重かろうに、なんで持ってくるのよ? おかしくない?


「これから1年間、よろしくお願いしまーす!」


 アルトサックスを吹き終えた北条さんは万雷の拍手を浴びながら、自分の席に帰っていった。


 黒髪ポニーテールの明るそうなコだった。


 北条さんのあと、モブJKを挟んで、自己紹介の順番が回ってきたのは……


「み……緑井朱里です……ほ……本を読むのが好きです……よ、よろしくお願いします……」


「陰キャだ」


「陰キャだな」


「陰キャね」


「陰キャよ」


 僕といる時と違って、ボソボソ声で自己紹介した緑井は『陰キャ』認定されてしまっていた。


 こりゃ自分の身だけでなく、緑井のことも僕が守ってあげなきゃいけないのかもね。


 このクラス、いわゆる『陽の者』が多いクラスっぽいしな……いくらなんでも友達がいじめられたり、パシリにされたりするのを黙って見過ごせる僕じゃないぞ……


 武田信玄たけだしんげん信濃しなのを追われた豪族たちや、北条氏康ほうじょううじやす上野こうずけを奪われた上杉憲政うえすぎのりまさを見捨てずに庇護ひごした上杉謙信公のように、僕も友である緑井朱里を見捨てることは決してない。


 改めて決意した僕を尻目に、自己紹介はまだまだ終わらない。


 いや、さすがに『み』まで来れば、もうすぐ終わると思うけど……

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