第19話「たったひとりの男」
その、肩甲骨ぐらいまである長い茶髪をゆるく巻いている、細身の美人、スーツを着ているから当然JKではない、は、僕を見つけるなり話しかけてきた。
「ええと、君が赤井優くんよね、新入生の」
「え、ええ、そうですけど、何か?」
「ちょっと、どうしても伝えたいことがあるから来てくれるかなー、ほらこっちに」
「え? ええー?」
スーツ姿の美人は、有無を言わさず、僕の手を取り、どこかへと連れていった。
「あ、優くん、連れていかれちゃった」
「どうしたんですかね?……じゃない、どうしたのかな?」
アズミと緑井はついて来てくれない。
「何、あの男、連行されたわよ」
「まさか初日から
「やだー、ケダモノよー!」
「やっぱ、おっぱい星人ってのはろくなヤツがいないわー」
いや、なんもしてねーわ!
そう思ったけど、悪目立ちしたくないので黙っていた。
スーツ姿の美人は、僕を校舎内に連行……もとい、連れていった。
外と違って、校舎内には誰もいなくて、静かだった。
「ええと、ここまで来れば大丈夫かな」
誰もいない廊下で、ようやく立ち止まった美人は、僕の方に振り返った。
「あの、すいません、あなたいったい誰なんです?」
僕は当然の疑問を投げかける。
「あ、ごめんごめん、自己紹介もしないでこんなとこに連れてきちゃって……私、赤井くんのクラスの担任になる
「上杉!?」
まさかの
「どうかした?」
「いや、別に……それで上杉先生が僕にいったいなんの用で?」
「いい、赤井くん、心して聞いてね」
上杉先生は僕の両肩をつかみ、顔を近づけてきた。
近くで見ても、やっぱり美人だ、肌がきめ細やかですごく綺麗、それにすごくいい匂いが……って、そうじゃなくて。
「な、なんですか?」
「赤井くんはね、この
「唯一の?」
「唯一の……」
「なんですか?」
「唯一の……」
上杉先生は鬼気迫る表情で、僕のことをまっすぐに見つめているが、もったいぶるばかりで、伝えたいことをなかなか言わない。
「だからなんですか?」
「唯一の男子生徒なの?」
「は?」
「だから、この学校の男子生徒は君だけなの!」
「はぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁっ!?」
上杉先生の発言内容はまったくもって予想外で、僕はさっき以上の大声をあげてしまった。
「驚くのも無理ないわ、こっちとしても想定外なんだもの……」
「新入生の男子は僕だけってことですか?」
「いや、新入生だけじゃなくて、2年生3年生を含めても、君ひとりよ」
「えええええええええっ!?」
上杉先生から告げられた衝撃の事実を前に、僕はまたしても奇怪な雄叫びをあげてしまう。
「いや、2年生3年生の中にも男子は何人かいたんだけどね、なぜだかみんなやめちゃったの。ただのひとりも残らなかったの」
「なんでですか?」
「それは私の口からはちょっと……」
「何があった!?」
僕が質問したとたん、上杉先生が目をそらすものだから、僕の声と不安はどんどん大きくなっていった。
「とにかく、先生は赤井くんの味方だからね! 何かあったら遠慮しないで、全部私に相談してね!」
「何かあるんですか!? この学校!!」
「それは私の口からはちょっと……」
「だからなんで目をそらすんですか!?」
「安心して! 私だけじゃなく、教職員一同で、必ずや君のことを守ってあげるからね!」
「何か守ってもらわなきゃいけないようなことがあるんですか!?」
「……」
「なんか言ってくださいよ、先生!!」
「とにかく、君が無事に卒業できるように、私たち全力でサポートするからね! 何があっても絶対に負けないでね、赤井くん! それじゃあ、またあとで!」
「だからいったい何があるんですか!?」
「あ、先生忙しいからごめんね!」
「ちょっと!!」
上杉先生は僕の質問に対する説明責任を果たさずに逃げていった。
僕は絶句した。
学校に男子生徒が僕ひとりだけなんて、いったいどこのハーレム作品だよ?
いや、ハーレムになるのは漫画とかラノベの中だけの話であって、現実に男子がひとりだけだと、ハーレムどころか、奴隷にされてしまうのではないか? 苦役以外の何も待っていないのではないか? だから先輩の男子たちはみんなやめていってしまったのではないのか?
ああ、ルソーなんか、『孤独な散歩者の夢想』なんか読むんじゃなかった、まったく同じ状況になってしまっているではないか。
『こうして僕は、この学園でたったひとりの男になってしまった』ってな……
『孤独な散歩者の夢想』じゃなくて『社会契約論』を読むべきだった。
僕は心底後悔しているし、胸の中には不安しかない。
他の生徒が全員女子という中で、僕の高校生活、無事に終わるんだろうか?
不安しかない……
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