第18話「優くんの友達は、アズミの友達」

 皆様ご存知、マイ・スペシャル・エンジェル(僕の特別な天使)の葵アズミだ。


 僕のことを見つけたアズミが、僕のもとに駆け寄ってくる、あの卒業式の日のように。


 卒業式の日と違うのはセーラー服からブレザーに替わったことだけ。


 今日もアズミは天使のままだった、羽が生えていた。


 そんな天使は遅刻回避のために走ってきたのか、息が上がっている。


「ハァハァハァ……」


 アズミが肩で息をしているのを見るとどうしても『あの日』のことを思い出してしまう、あの卒業式の日の夕方を、アズミのなまめかしい声を……


 でもこんなところで興奮して、おったててしまったら、本当にカースト最下位になってしまうので、よこしまな考えは速やかに捨てる。


「やっと来たか、アズミ」


「もうー、優くん、ひどいよー。今日ぐらい待っててくれてもよかったじゃーん!」


 僕の『秘密』を知らないアズミはいつも通りに接してくるので、僕もいつも通りにアズミと話す。


「アズミのことを待っていたら遅刻しちゃうからムリ」


「そんなひどい……」


「入学式の日に遅刻するわけにはいかないだろう」


「それでもちょっとぐらい待ってくれてても……ていうか、優くん、何読んでるの?」


「ルソーだよ、ルソー」


「ル……何?」


「アズミも高校生になったんなら、ルソーぐらい知らないと恥をかくことに……」


「ええと……」


 僕とアズミの会話に割り込んできたのは緑井。


「ん? 優くん、このコ、誰?」


「誰って……僕の友達の緑井朱里だけど」


「え!? 優くん、友達いたの!?」


「いるわ! 友達ぐらい! なめてんのか!!」


「やだ、あの男、急に怒鳴ったわよ」


「こわーい……」


 僕がアズミの無礼な発言にツッコミを入れたら、周りのモブJKたちに怖がられてしまったみたいだった。


 悪目立ちしたくない僕は黙らざるを得なくなった。


 そんな僕のことなどお構いなしに、ふたりは自己紹介を始めた。


「はじめまして。ボクは赤井くんの友達の緑井朱里です」


「あ、はじめまして、優くんの幼なじみの葵アズミでーす!」


「葵さんのことは赤井くんからよく聞いてますよ」


「えー、優くん、なんか変なこと言ってないー?」


「な……何も言ってないよ」


「ホントにぃー?」


「ホントに!!」


 突然のアズミの上目遣い攻勢に、僕はたじたじ。


 顔が近い……ドキドキする。


「あのふたり、ずいぶん親しげね、どういう関係なのかしら?」


「さぁ……もしかして付き合ってるとか?」


「えー、あいつカノジョ持ちなのー? 狙ってたのにー」


「え? もう狙ってんの? 早くなーい? まだどんな男かもわからないのに」


「まあ、見た目は悪くないと思うけど……」


「ていうか、あのカノジョ、おっぱいデカくない?」


「おっぱい星人かよ、ないわー」


「そりゃあんたはおっぱい小さいもんねー」


「やかましいわ!」


 僕がアズミと会話しただけで、モブJKたちのひそひそ話が止まらない、ていうか、そういうこと僕たちに聞こえるような声量で言うなよ……


 アズミのこと『カノジョ』とか言われると、僕の胸はズキズキと痛むんだよ。


 そんなモブJKのひそひそ話や、胸を痛めている僕のことなど気にもとめず、アズミと緑井は会話を続けていた。


「赤井くんの話を聞いていると、葵さんとはすごく仲がいいんだなーってのが伝わってきますよ」


「そんな……『葵さん』じゃなくて『アズミ』でいいよ。それに敬語じゃなくていいんだよ。だって同級生なんでしょ? タメでいいってば」


「そうですか……じゃなくて、そっか。じゃあ、これからは『アズミさん』って呼びま……じゃない、呼ぶね」


「別に『さん』もいらないけど」


「いや、さすがに初対面で呼び捨ては……」


 アズミと緑井が初対面なのも無理はなかった。


 緑井は小学校時代は隣の市に住んでいたらしいし、中学校時代の僕と緑井は3年間ずっと、アズミとは別のクラスだったわけだし。


 今時、別のクラスの子と友達になるコミュ強なんてそうそういないよ、大抵の人は自分のことを人見知りだと思い込んでいるような時代だからね。


「なんにせよ、緑井さん……じゃなかった、朱里ちゃんだっけ? 優くんの友達ならアズミとも友達だよ、今日から仲良くしてね」


「え?」


「イヤだった?」


「いや、そんなことは……よ、よろしくお願いします」


「よろしくね、朱里ちゃん」


 しかし、アズミはコミュ強だった。


 当たり前か、コミュ強でなきゃ、ネットで『カノジョ』なんか作れないよな……


「あ、いた!」


 目の前で、幼なじみと親友が友達になるのを見届けた僕が声をした方を見てみると、そこに立っていたのはスーツ姿の美人だった。

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