第17話「孤独な散歩者の夢想」

 山の上とかではなく、普通に平地の住宅街の中にある私立高校『菅原東洋学園すがわらとうようがくえん


 ほんの数年前までは『菅原東洋女学園すがわらとうようじょがくえん』という女子高だったらしいのだが、少子化に伴い、共学化して『菅原東洋学園』となった。


 しかし、女子高のイメージが強すぎて、男子の入学希望者は少なく、未だに生徒の大半は女子なのだとうわさに聞いた、そんな高校を進学先に選ぶとは、さすがアズミである。


 アズミのために進学したとは言え、女子が大多数の高校で入学式の日にしくじったら、肩身の狭い思いをすることになる、最悪いじめられたり、パシリにされたりする可能性も。


 もし、そうなったらアズミどころではなくなってしまう。


 アズミのためにも、僕は女子たちになめられるわけにはいかないんだ!!


 僕はカバンの中から文庫本を取り出し、それを読みながら歩き始めた。


 さしものママンも、カバンの中まではチェックしなかった。


 僕が読み始めた本は、ジャン=ジャック・ルソーの『孤独な散歩者の夢想』だ。


 菅原東洋学園は、スポーツの盛んな高校で、特に女子バレーボール部と、女子サッカー部は全国大会でも上位に行くレベルの強さらしいが、その分、学力的には県立進学校よりも下、ようは文武両道ではなく、武一辺倒の高校である。


 そんな高校に通う女子が、ルソーを読んでいる男子にちょっかいをかけてくるわけがないだろう!


 ルソーに恐れをなして逃げ出すはずである!!


 ママンの言っていた通り、僕の目当てはアズミだけだよ、他の女には興味がないんだ、だから邪魔な女は遠ざけないといけない、ルソーの力を借りて!!


 そんなわけで、僕は『孤独な散歩者の夢想』を読みながら、ほぼ女子しかいない校内に入っていった。


 アニメに出てくる学校みたいに、広大な敷地面積を誇ることもなければ、校舎が吹き抜けだったり、特別綺麗だったりするわけでもない。


 昭和からの伝統を受け継ぐ、無個性で、経年劣化が目立つ校舎が並ぶ、平凡な高校である。


 意を決して踏み込んだ校内はやはり、見渡す限り女子だらけ、男子の証であるはずのマスターズのグリーンジャケットはどこにも見えない。


 そんな中を僕は、ルソーを読みながら歩く。


「アイ・ハヴ・マイ・ブックス!!(僕は本を持っている!!)」


「あ……赤井くん、どうして本を読みながら歩いているんだい?」


 突然の奇声をあげた僕に、緑井が疑問を投げかけてきたが、僕は即答した。


「スケベな男だと思われたくないから」


「え?」


「だって元女子高に進学したというだけで『女にモテたい、ハーレム築きたいだけの、脳みそ空っぽドスケベ男』だと思われちゃうだろうが」


「そ……そんなことないと思うけど」


「そう思われちゃ迷惑なんだよ。僕は真面目に勉強するためにこの学園にやって来たんだ。『お前らなんぞに興味はない』と、女子たちにわからせるためにはルソーの力を借りるしかないんだよ」


「な……何を言っているんだい? 赤井くん」


「わからないかなぁ? 緑井、僕がやっているのは『わからせ』なんだよ『わからせ』 そう『JKわからせ』」


「それ、絶対意味が違うと思うけど……」


「ねぇ、見て、あれがうわさの……」


「ああ……」


「なんで本読みながら歩いてんの?」


「さぁ?」


 予想通り、周りのモブJKたちはルソーを読む僕に恐れをなし、ひそひそ話をするのみで、まったく近寄っては来ない。


 さすがはルソー、素晴らしいご加護である。


「フッ……」


 僕は思わず、ほくそ笑む。


 しかし、困った。


 女子たちになめられないようにルソーを読んでいるせいで、自分のクラスがわからない。


 クラス分けが発表されているのであろう掲示板の辺りは女子しかいなくて、とても近寄れない、あんなところに突っ込んでいったら、痴漢呼ばわりされかねない、もしそうなったら、僕のカースト、余裕で最下位。


 いくらアズミ以外の女に興味はないとは言え、最下位は困る。


 最下位だとアズミにも迷惑をかけてしまうことになるかもしれないし、何より僕はパシリになるためにこの高校に進学したわけじゃないんだ!!


 絶対、カースト最下位の、JKの奴隷にはならないぞ!!


 とは言え、どうしたものか?


「赤井くん、ボクがクラス分け、見てきてあげようか?」


 そんな僕の心を見透かしたかのように、緑井が助け船を出してくれた。


「本当か? 助かる」


「うん、ボクと赤井くんが何組なのか、見てくればいいんだよね」


「あ、それともうひとり」


「え?」


「葵アズミが何組になっているかも見てきてくれないか」


「葵アズミ……って、赤井くんがいつも話してる幼なじみの?」


「そう。中学校3年間はずっと別のクラスだったから、今年こそは同じクラスになりたい」


 緑井には完全に心を許しているので、こんなことも平気で言える、そういう仲なのだ。


「……なるほどね、わかったよ。3人分のクラス、確認してくるね」


「頼んだ」


 緑井は小さい体を駆使して、女子たちの輪の中をくぐり抜け、しばらくしてから帰って来た。


「赤井くん、よかったね。3人とも同じクラスだったよ。3人とも1年C組」


「そうか、ありがとう」


 やった!


 今年はアズミと同じクラスだ!!


 アズミと同じクラスになるのは、小学校6年生以来だ、ヒャッホー!!


 そう思ったけど、ここではしゃいだら、周りのモブJKたちに『ヤバい奴だ』と思われかねないので、平静を装う。


 でも嬉しい。


 アズミと同じクラス。


 デュフフフ……


 あ、いけない、頭の中が限界オタクみたいになっているでござる、デュフフフ……


「あ! 優くん、見ーっけ!!」


 ルソーを読みながらも、アズミと同じクラスになった喜びを隠し切れない僕に話しかけてきたのはもちろん……

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