第5話「白い涙」

「どう? 人に触られるのって気持ちいいでしょう?」


「うん……うん……」


「でも、もっともっと気持ちよくしてあげるからね」


「あっ、いや……そんな……恥ずかしい……」


「ウフフフフ、舐められるの初めて?」


「うん」


「ウフフ、じゃあ、アズミちゃんの初めて、いただきまーす!」


「あっ!! いやっ……んんっ……」


 正直、アズミがどこを舐められて、こんななまめかしい声を出しているのか、僕にはさっぱりわからなかった。


 わからないのに、なぜか興奮していた。


「るみさん!! ダメッ!! ああっ!! あああああっ!!」


 アズミのひときわ大きな声と同時に、僕は股間から『白い涙』を流していた。


 その『白い涙』は僕のお腹の上をほとばしり、押し入れの中にイカ臭い匂いが充満した。


「ウフフフフ、アズミちゃん、行っちゃったね」


「うん」


 アズミがどこに行ったのか?


 僕にはもちろん、わからなかった。


「アズミちゃんは初めてなんだし、今日のところはこれまでにしとこっか」


「うん」


 晴れて賢者に転職した僕は、一切動くことができず、目を閉じながら、やはりふたりの会話を聞いていた。


「どうだった? アズミちゃん」


「すごかった……」


「それはよかった……ね……なんだよ」


「そうなんだ……」


「うん……だからね……は……なんだよ」


「ふーん……」


 賢者になったのと、目を閉じていたせいで僕は再びウトウトし始め、ふたりの会話を断片的にしか聞けなくなっていた。


 それなのに……


「そう言えば、さっき見かけたあの男の子、あれ誰?」


「え? ああ、優くんのこと」


「『優くん』って、ずいぶん仲がよさそうなのね」


「そりゃあ仲はいいよ、アズミが物心ついた時からずっと隣の部屋に住んでる、幼なじみだからね」


「幼なじみ……ひょっとしてアズミちゃん、その子のこと好きなの? 恋愛的な意味で」


「アッハッハッハッ! まさかー! 優くんとは子供の時からずっと一緒にいて、きょうだいみたいなもんなんだよ。たしかに優くんのことは好きだけど、そういう意味の『好き』じゃないよ。だって、きょうだいに恋するわけないじゃん。そうでしょう」


 なぜ、こういう言葉だけははっきり聞こえてしまうのか?


「でも、アズミちゃんはそう思ってても、あの子の方はアズミちゃんのこと好きかもよ。だってアズミちゃんはこんなにもかわいくて、スタイルもいいんだから……」


「ない、ない、絶対ないよー! 優くんもアズミのこと、妹か何かだと思ってるはずだよー」


「そう、それならよかった」


「安心して。今のアズミが『恋愛的な意味で好き』なのは、るみさんだけだから」


「んもうー、かわいいなぁー! チューしちゃおう、チュー!」


「いやぁー!」


 この声は、まどろみが見せた夢なのだ、幻想なのだと思いたかった。


 でも多分、幻想じゃなくて、現実だ。


 なんにせよ、今の僕にできることはただひとつ、ふて寝だけだった。






「優! おい! 優! どこにいるんだ!?」


 僕がふて寝から目覚めたのは、大きな声が聞こえたから。


 この声はママンだ。


 早く起きて押し入れから出ないと、と思うけど、体が動かん。


 とりあえず、押し入れのふすまを開けられても大丈夫なように、ズボンとパンツを上げておかないと。


「優、お前、なんで押し入れの中で寝てるんだ? それも制服のままで」


 僕がズボンのチャックを上げた時、ちょうどママンが押し入れの襖を開けた。


 ギリギリセーフ。


「さあ、なんでかな?」


「押し入れの中で寝るとか、お前はドラ○もんかよ……ていうか、なんかイカ臭くないか? さきいかでも食ったのか?」


「そうかもね」


 いろんな意味での動揺を悟られないように、あえてそっけなく答える。


「そんなことより、さっさと出てこい、飯買ってきたぞ、一緒に食おう」


「うん」


 ママンに言われて押し入れを出て、制服から部屋着に着替えたのち、食事を取ったけれども、もちろん味なんてしない。


 ママンに何を言われても僕は上の空、生返事しかできなかった。


 今日は人生が変わる日だと思っていたし、たしかに変わった。


 でも、自分が思っているのとは、まったく逆の方向に変わってしまった。


 もう、何もやる気が起きない。


 食事と入浴を終えた僕はさっさとベッドに入った。


「告白しようと思っていた幼なじみが実はレズビアンで、隣の部屋で『カノジョ』と何か卑猥なことをしていただなんて、僕の人生これからいったい、どうなっちゃうのー!?」


 なんて有名な一発ギャグをかます余裕もなく、布団を被って眠ろうとした。


 でも、目を閉じると思い出すのは、アズミの嬌声きょうせい、耳に残るはアズミの喘ぎ声。


 その声を思い出す度に悶々として、僕の目は冴える一方だった。


 悔しいとか、悲しいとか、怒りとか、そんな感情よりも何よりも、性的な興奮の方が上回っている、下卑げひた自分に嫌気いやけした。


 だから、さっさと寝てしまいたかったのに、性的興奮のせいでまったく寝付けず、結局、日付が変わってしばらくしてから、ようやく寝落ちた。


 夢の中にもアズミが出てきた。


「優くん! 大好き!!」


 夢の中のアズミは満面の笑顔だったが、僕の心は寂しさで震えていた。


 残念ながら僕の望む『幸せな結末』は、夢の中でしか、起こり得ないことのようだった。


 虚しかった。


 決して現実では起こり得ないことを、夢で見るのは、虚しかった。



 次章予告


『人生が変わった日』を虚しく終えた赤井優だが、あらすじにも書いてある通り、彼は『めげない、くじけない、諦めない』


 人生が変わったからと言って、寝込むことも、闇落ちすることもなく、もちろん「アズミ許さん」などとぬかして、復讐の鬼と化すこともない。


 優のアズミへの熱い想いはこの程度ではびくともしないし、アズミと優の関係性も『仲のいい幼なじみ』のままで変わることはない。なぜかって?


 告白してないからだよーん!!


 第2章『どうあがいても男』


 わりとすぐ更新するよ、お楽しみにね。

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