第2章「どうあがいても男」

第6話「昨日でサービス終了」

 登場人物紹介


 赤井優あかいゆう→幼なじみの葵アズミに恋する主人公(男)。キャッチフレーズ「めげない、くじけない、諦めない!」


 あおいアズミ→優の幼なじみ(女)。実はレズビアンで、最近『カノジョ』ができて、初えっちも経験した。


 るみさん→アズミの『カノジョ』にして、『初めての相手』でもある美人(女)。



(ここから本文)

 目が覚めた、


 不思議だな。


 なぜ僕は生きてる?


 知ってるだろう。


 僕の人生、


 昨日でサービス終了。


 なのになぜ、


 鳩の鳴き声が聞こえる?


 聞きたくない、


 もう何もかも。


 アズミと付き合えない人生に、


 意味はない。


 もういっそのこと死んじゃおうかな。


 無意味な人生に終止符を……


 理解できない!


 僕には理解できない!!


 こんな形で恋が終わるだなんて……


 なぜ僕は生きてる?


 なんのために生まれた?


 知ってるだろう。


 僕の人生、


 昨日でサービス終了。






「おい! 優!! いつまで寝てるんだ!? 起きろ、起きろ!!」


 せっかくよさげな厭世詩歌えんせいしいかを頭の中で思い浮かべていたのに、ママンが大声で怒鳴りながら、体を揺さぶってくるから台無しである。


「まだ7時じゃん、春休みなんだから寝かせてくれよ……」


「春休みだからってダラダラ寝てたら、生活リズムが乱れて、高校の入学式で遅刻することになるぞ! お前、そのせいで高校デビューに失敗してもいいのか? ああん!?」


「どうでも、かまわねえや」


「かまわなくねえよ! ほら、起きろ起きろ!!」


 ママンは二度寝しようとする僕の体を力ずくで起こそうとしたが、僕は抵抗した。


「おら! 抵抗すんな! さっさと起きろ!!」


「起きられないよ! だって大変なんだよ、ママン!! 僕はあと3日で神の兵隊に銃殺されてしまうんだ!!!」


「はぁ? ラディゲ気取るなら、はたちになってからにしろ! ほら、さっさと起きろ起きろ!!」


 解体業で働くママンは力が強かった。


 僕はむりやり起こされた。


「おはよう、優」


「おはよう、ママン」


「さあ、さっさと朝の支度しな!」


「別にどこにも行かないのに……」


「行かなくてもだ!!」


 ママンは冷たい。


 息子は失恋で傷ついているというのに、いつもと同じ態度で接してくる……って、失恋したことを誰にも言っていないから当たり前か。


 仕方がない、ここで二度寝するとうるさいから、諦めて起きよう。


 やれやれ、このママンがいる限り、ゆっくり落ち込んでもいられないぜ。


 僕は洗顔などをすませたあと、リビングのテーブルの椅子に腰かける。


「何、飲む? 優」


「アイスティーにオレンジを、薄く切って浮かべてくれないか」


「はぁ? オレンジなんかねえよ! リ○トンレモンティーで我慢しるぉい!!」


 巻き舌のママンは、紙パックからグラスに注いだアイスレモンティーを僕の前に差し出す。


「で、何食べる?」


「マドレーヌ」


「フレンチトーストでいいな」


「そんな……紅茶に浸したマドレーヌの香りを嗅いで、幼い頃のことを思い出したい気分なのに!」


「朝から『失われた時を求めて』る場合か!? いいからこれでも食っとけ」


 ママンはコンビニで売っているフレンチトーストを僕に差し出す。


 フレンチトーストとレモンティーだけなんて質素な朝食である。


 でも仕方がない。


 僕は朝から食欲のあるタイプの人間じゃないし、何よりママンは料理ができない。


 ママン、ほんとうの名は赤井陽子あかいようこ


 本人はかたくなに否定するけど、誰がどう見ても元ヤンキー。


 現に、今でも、とても明るい茶髪のロングヘアー。


 背は高く、170センチの僕と同じくらい。


 でも体は細い、いわゆるモデル体型だが、ゆえにおっぱいのサイズは普通、大きくも小さくもない。


 さっきも書いたように、仕事は解体業、重機を使って建物を壊すのが楽しいらしい、いくつになっても破壊衝動は隠せないということか、元ヤンキー恐るべし。


 ヤンキーらしく、僕のことは19歳の時に産んだらしいから、まだ34歳か、若いな。


 僕が幼い頃は、ちゃんと料理をしようと頑張っていたらしいが、ママンの作った料理を食べた幼き日の僕が、そのあまりのまずさに号泣したのを見て「ダメだ、こりゃ」と諦めたらしい。


 以来、僕の食事の大半は既製品か外食。


 これが普通の人生なので、今さらなんとも思わない。


 ちなみに、僕が母親のことを「ママン」と呼んでいるのは、中学生の時についうっかり、アルベール・カミュの『異邦人いほうじん』を読んでしまったからである。


 当初は「やめろ」と言っていたママンも、ずっと呼び続けていたら、何も言わなくなった。


 まさに『継続は力なり』とはこのことである。


 ちなみに、僕に父親はいない。


 いや、正確に言えば、今もどこかで生きているのだろうが、僕が物心つく前に離婚したらしくて、物心ついて以降は一度たりとも会ったことはないし、そもそも名前すら知らない。


 離婚した理由は不明だが、まあ、僕の父親にあたる人物が、元ヤンキーのママンの粗暴な言動に嫌気いやけして、逃げ出したんだろうと推測している。


 粗暴なママンの息子に会いたくないから、連絡さえも取ってこないんだろう、別にいいけど。


 今までの人生で、一度たりとも、父親に会いたいと思ったことはない。


 ママンとふたりだけの生活、結構楽しい、さっきだって僕のボケに対して、的確なツッコミを入れてくれていた。


 この楽しさがわからずに逃げ出すだなんて、ろくな男じゃないよ、会ってもしょうがない、しょうがない……


「それじゃあ、昼飯はこれで好きなもん買って食えよ! じゃあな、行ってくるぞ」


「いってらっしゃい」


 ママンはテーブルの上に1000円札を置いてから、仕事に出かけていった。


 ママンは元ヤンキーの親分気質なのかなんなのか、お金に関しては基本どんぶり勘定で、僕がこの1000円をどう使おうと自由だったし、お釣りを返せと求められたこともない。


 言わば、この1000円はおこづかいなのである。


 だから僕は、食事を安く済ませて、浮いたお金を貯めて、本を買うという悪知恵を思いついた。


 それを実行しても、ママンに文句を言われたことは一度もない。


 今日も別にやることないし、昼食ついでに本屋にでも行こうかな。


 でも、その前に二度寝しないといけないな。


 昨日あんなことがあって、熟睡できなかったから、今は眠くて眠くて仕方がない。


 ママンは「ダラダラ寝てたら云々」と言っていたが、一度仕事に出かけたら、夜まで帰ってこないので、その間、何をしようと、僕の自由である。


 僕はテーブルの上の1000円札を回収すると、一旦自分の部屋に戻った。

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