◇麦藁色②◇麦わら帽子とあの夏の日

 一年生男子は三人三様さんにんさんようのキャラクターです。


 明るくて、ちょっとヤンチャではあるけど、リーダシップのある賢治けんじ


 お調子者だけどムードメーカーなしげる


 そして、一番大人しそうな天然パーマで童顔なのがのぞむ

 ヒョロっと細くて小柄で、他の二人以上に、まだまだ学生服に着られているという感じです。


 三人は友達で、本当は科学部があれば、そちらに入りたかったんだそう。

 でも、部活説明会で美術部では七宝焼や陶芸もできると聞いて楽しみにしていたということでした。



「実は、僕ずっと油絵とかアクリル画がやりたかったんだよね」

 のぞむが言いました。


「へぇー! そうだったんだ。そういえば俺たち、科学部がないってわかって、どこに入ろうかって考えてたら、のぞむが美術部に行ってみようって言ったんだよな」

 と賢治けんじ


「うんうん、のぞむに言われるまで、正直そんなに興味なかったけど、色々やってみると結構面白いしー!」

 しげるも続けます。


 夏休み、部活で、部員募集のポスターをみんなで描きながらおしゃべりです。


日菜子ひなこ先輩はさぁ、なんで美術部に入ったんですか」


 聞かれて日菜子ひなこはちょっと考えます。


「そうねぇ、やっぱり絵を描くのが好きだったし、ウチの中学校って陶芸のかまがあるでしょ。他にもなかなか体験できない油絵とか、授業以外でもやってみたかったことが沢山あったから」


「入部してから、七宝焼も木彫りも体験させてもらえたし油絵も描いたけどねぇ。三年生の先輩たちは引退したし、わたしと同じ時期に入部した子は、ほとんど来ないまま辞めてテニス部に行っちゃったし」


「このまま、わたしひとりだけだと廃部になっちゃうのかなって心配してたの。だから、君たち一年生が入部してくれて、すごく嬉しかったし、ホッとしたんだよ。ありがとね」


 ニコッと笑って言うと、三人は赤い顔をして照れくさそうに、ポスターの続きを描きはじめました。



 その日、最初に賢治けんじが帰って、次にしげるが帰っていきました。


「先輩、まだ描くんですか?」

 のぞむが聞きました。


「うーん、あと一枚だけ。もう少しで出来上がるから。のぞむくんも先に帰っていいよ。後片付けはわたし、やっておくし」


 顔をあげずにいう日菜子ひなこの前に座ったのぞむ


「じゃあ、僕ももう一枚描いてから、片付けを手伝います」

 

 と、もう一度、筆を手に取って書き始めました。




 三十分後――



 描き終えたポスターを乾くように吊るして並べてから、二人は絵筆とパレットを洗って後片付けを済ませました。

 部室の鍵をかけて、職員室にいる顧問の竹田先生に鍵を戻しに行きました。


「ありがとうございました、失礼します」


「おう、気をつけて帰れよ」



 先生に挨拶をして校門を出ると、辺りは少しずつ暗くなっていました。


 家の方向が同じだとわかってからは、日菜子ひなこのぞむは部活終わり、たまに一緒に帰ることがあります。

 この日も好きな本やアニメの話をしながら自然に並んで歩きだしました。

 のぞむはいつも優しい物言いをして、日菜子ひなこを姉のように慕ってくれるので、兄弟のいない日菜子ひなこにとっては、弟みたいな気がしています。


 この日は珍しく風か強い日でした。

 学校近くの坂道で突風が吹いて、日菜子ひなこの白い帽子が風に持っていかれそうになりました。

 慌てて頭を手で押えた日菜子ひなこですが、一瞬遅く、帽子はふわりと坂道を下ろうとしています。


 その時、のぞむが意外な身軽さで、帽子を追いかけてつかまえてくれました。


「はい、先輩!」

 少し息を切らせながらも笑顔で帽子を渡してくれたのぞむ


「ありがとう!」

 とお礼を言うと、のぞむは、ちょっとだけ寂しそうな顔をしました。


「どうしたの?」

 不思議に思った日菜子ひなこが聞くと


「先輩、やっぱり覚えてないんですね。でも……しかたないですよね」


「??????」


「――僕、本当は前から先輩のこと知ってました」


「えっ!」


「あれは僕がまだ小学生の頃で……」


「あの時も帽子が……レースのリボンがついた麦わら帽子が風に飛ばされて、ワンピースを着た女の子が慌てて追いかけていて……」


「僕がつかまえて渡してあげたら、その子、ありがとうってニコッと笑ってくれた」


「それが日菜子ひなこ先輩だったんです」




「――僕の……初恋でした!」




 一瞬、風が止まりました。



 それだけ思い切ったように言うと、のぞむは真っ赤になって坂道を一人駆け下りていきました。


 あとには、ポカンとした顔の日菜子ひなこ



 日菜子ひなこ 十四歳。

 のぞむ   十三歳。


 こののぞむの告白から二人の運命の糸が繋がっていくことになるのですが、この頃の二人には、まだ知るよしもないことでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

◇黄色にまつわる物語◇ つきの @K-Tukino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ