◇麦藁色①◇麦わら帽子とあの夏の日

 雲ひとつない青空の下、蝉の声が降り注いで余計に暑さが増すようです。


 今は夏休み。

 日菜子ひなこは待ち合わせの図書館までの道を急いでいます。

 額にうっすらとかいた汗をハンカチでぬぐい、帽子のふち越しに空を見上げて目を細めました。


 この繊細なレースのリボンがついた麦わら帽子は日菜子ひなこのお気に入り。

 木綿のワンピースにも似合っていて身につけるたびに思わず笑顔になります。




 日菜子ひなこは中学二年生になりました。

 あれだけ苦にしていた身長は、中学生になるとピタっと伸びなくなり、反対に同級生たちはグングン背が伸びていきました。

 卒業から新入学、そして二年生になった今は、他の女子とほとんど変わらなくなり、すっかりクラスに埋没しています。それは、あっけないほどでした。


 小学校から中学校へと進学したことも幸いしました。

 校区が広くなったことで、知らない顔も多くなり新たな気持ちでスタートが切れたのです。




 この夏は特に暑さが厳しくなり、日射病にならないようにと生徒に帽子の着用が許可されました。

 通学用の帽子は白限定。折りたたみできるものです。正直、学校指定の帽子はあまり好きではありません。元々、帽子をかぶると頭が蒸れる気がして苦手なのです。

 でも、お気に入りの麦わら帽子だけは別です。だって、これは特別な麦わら帽子。

 あまり物をねだることをしない日菜子ひなこが家族で出かけたデパートで一目惚れして、両親にお願いして買ってもらった大切なものなのです。




 中学校で日菜子ひなこは美術部に入りました。

 本を読むのが好きだったので、読書部があれぱ良かったけど無かったのです。

 合唱部とも迷ったのですが、美術部には陶芸用のかまがあったし、版画に七宝焼、アクリル画、油絵、木彫りと、やってみたいことが沢山だったのが決め手でした。

 美術部は休日に日帰りで写生に出かけることも多くて、それも楽しみのひとつです。


 日菜子ひなこが二年生になってからの美術部は、三年生の先輩が受験で引退して、二年生は日菜子ひなこと同級生の女子だけだったのですが、その子もいつの間にか来なくなって部員は日菜子ひなこ一人になってしまいました。

 このままだと美術部が無くなってしまう……と心細く思っていた頃、入部してきたのが一年生の男子たちでした。


 続くのかなぁと日菜子ひなこも顧問の竹田先生も密かに心配していたのですが、一年生の男子部員たち三人は、ほとんど毎日部室にやってきて、スケッチをしたりしながら気軽に日菜子ひなこに話しかけてきます。


日菜子ひなこ先輩、絵の具はこれ使ってもいいですか?」


「あ、うん、いいよ。それから使い終わったら絵筆とパレットは、ちゃんと洗っておいてね」


 そう、日菜子ひなこは先輩になったのです。

 小学校の時には先輩、後輩なんて意識することもないし、それに他学年との交流もほぼなかったので、先輩と呼ばれることは、くすぐったいような背筋が伸びるような不思議な感覚でした。

 ましてや小学校時代の男子は、からかわれるばかりの怖い存在だったので、こうして後輩の男子が、きちんと日菜子ひなこを先輩と認めながらも、気軽に話しかけてくれることを嬉しく思いました。

 たった一歳だけど年下だということで威圧感を感じずにすんだのも大きかったのかもしれません。



 そして、そんな後輩たちの一人がのぞむでした。





 ◇麦藁色むぎわらいろ◇麦わら帽子とあの夏の日② へ 続く

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