試験の日 4

「リンの戦術、ちゃんと見てたか?」


 ベンチで一休みしながら羽美が解説を始めた。安島少年はキョトンとしてこちらを見ている。

 竜胆は犬のような体勢で渡した団子にむしゃぶりついている。


「うまいよ!」

「……リンはお前でも実践できる戦術で模擬戦をやってたんだ」

「僕でも出来る?」

「正面から敵にぶつかるのはそれは勝てる確信がある時だけだ。普通なら逃げる。その間に敵の綻びを探して一撃を決める。逃げは多くの場合で最前の一手になる」


 あの羽美が、懇切丁寧に説明している。


「すごい、やっぱ旅人さんは強いですね…はは」


 外を知らない人は、旅人の苦労を知らない。所詮井の中の蛙、道具をどれだけ集めても自分が弱くては意味が無い。それを、痛感しているようだ。


「安島君はがんばったと思うよ。自分の弱点を知って補う戦術をちゃんと考えてある。まだ伸びしろがあるよ」

「ありがとうございます」


 安島少年の曇りは晴れない。

 むしろ情けを掛けられてると思っているようだ。


「試験、止めちゃえば?」


 攻めてる訳では無い。なるべく角の立たない声で諭す。


「やっぱり僕には無理ですかね」

「好きこそ物の上手なれ。欲が人を強くするんだ。水車整備士になりたいのか、それとも水車整備士がかっこいいからなりたいのか。かっこよくなりたいならもっと別の手段があるよってだけ」

「考えたこともなかった…そうですね。足でまといになるなら」

「俺はお前が働いてるところを見てぇ。少なくとも、見たことねぇ奴らが合格するより、楽しそうに仕事の話をしてたお前がなるのを見てみてぇ」


 目付きが悪く恐喝してるように見えるが、羽美なりに全力で励ましているんだろう。恥ずかしげもなく、ただ純粋にその気持ちが溢れているのだ。

 自分のこと以上に楽しそうに水車整備士の話をする安島少年を思い出す。確かに、彼が仕事をしてる姿を見てみたいと思える。

 羽美の気持ちに共感して自然と笑みが零れる。


 ピロリーン

 車の整備が終わりを告げる連絡が端末に届く。


「おや、そろそろ僕らは行かなくちゃ」

「どうするかは自由だ。じゃあな」

「ワンワン」


 ずっと犬みたいな格好していた竜胆がついに戻れなくなったようだ。

 ベンチで悩む安島少年を置いて、僕ら公園を後にした。

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