試験の日 3

 先に車を整備に出して、凄まじい請求額を目にした安島少年。今の世の中、車の整備は価格が異常に高騰している。


 それでも気を取り直して、近くの公園で訓練をする事にした。

 夕方、光が赤色ライトに変わり一日の終わりを告げようとしている。


「あの、ホントに素手でいいんですか?」

「構わん。殺す気で行け!」


 竜胆ではなく、羽美が答える。


「おいリン!雑草使うのも禁止だからな!」

「え!駄目なの!?」


 視線と思考を読んだのか、羽美が注意する。


「当たり前だ!前に襲ってきた野盗は、あれで耳が聞こえなくなっただろ!」

「しょーがないなー」

「安島!がんばれよ、全力で行け!」


 安島少年は肘当て、膝当てを付け木刀を片手で構えて戦う準備が出来ている。羽美の発言に少し不安の色が見えるがやる気は消えない。


 反対に竜胆は棒立ちで視線もキョロキョロと定まらない。人工的に作られた風が吹くが、ラバー製の短パンとシャツは風になびくことは無く、短い銀髪もあまり動かない。酷くワガママな時計の針を見ているようだ。

 開始の合図に迷うが、本人はいつでもいいのだろう。


「よーい」


 安島少年の足が地面を掴む。


「スタート!」

「お願いします!」


 まず安島少年が木刀を前へ構えて駆け出す。下半身に重心を置き攻防どちらにも切り替えのできるいい構えだ。無駄に振りかぶる様子もなくそのまま一突き。


 シュッ

 竜胆はそれを背後に移動して避ける。


「悪くないね」


 羽美の顔を見ながら確認する。


「片手で出来る攻守に機転のきく攻撃か。大振りになりづらく体力も温存できる」


 腕を組んだ羽美が淡々と評価を独り言のように語る。真剣に試合を見ている。

 その後も突きの攻撃を後ろに跳ねて避け続ける竜胆。

 徐々に距離を詰めるために、走りながら穿つ形で追いかけるようになる。まだ竜胆は一度も攻撃に転じることは無い。


「まだ本気じゃないね」

「竜胆さんも…はぁ…攻めていいんですよ!は!」


 安島が渾身の突きを入れる。

 ここで初めて突きを横に避けた。

 突きを体の内側に入るようにスルリと避けて、右腕しかないその腕を掴む。

 突きで脇が開いた所に身体を嵌め込み、走った慣性を利用してそのまま背負い投げで宙に投げた。


「やめっ!!」


 宙に舞った瞬間、羽美が急いでストップをかけた。

 ドサッ


「おぐっ!」

「いやー、やっぱうーちゃんに気付かれちゃったー」


 満面の笑みで羽美の制止を受けた。


「つ、強い、ですね。はは、すごいなぁ」


 地面に叩きつけられて苦しそうな安島は竜胆に賞賛を送る。


「うーちゃんに感謝しなよ」

「へ?」

「どうだ?うちのリンは強かっただろ?」


 倒れ伏した安島少年の前に立ち、仲間の強さを賞賛する羽美。

 その横にピョンピョンと犬のように寄ってきて、おすわりの状態で嬉しそうに止まる。


「うーちゃん、もっと褒めて褒めて!」

「よし、今日は穂を好きにしていいぞ」

え?

「みのりん!うーちゃよりもっと褒めて!」

「よーしよしよしよしよし」


 頭と顎をなでると満足気な竜胆。

 安島少年から本当にそれでいいのかと言う視線を感じる。

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