書庫での出来事 #1

 時を遡ること一時間ほど前――


 サーク第二王子に連れられて城の外へ向かった男三人を見送って、モグラとマゾ美、エリュシオン第二王女は城内を巡っていた。モグラは案内をされながら、そういえば昔ロックハート城とかいうのへ行ったことあるな、と思った。

 あれは群馬だったか。

 なぜに群馬にいったのか、なぜに日本に移築されたとかいう西洋のお城を見学したのか、すっかり忘れてしまったけれどもなんとなく懐かしい気持ちになった。

「ここは書庫になります」

 王女の声に、

「え、もしかしてここベアトリスたんいたりする?」

 モグラがちょっと興奮気味にいう。

 王女が微笑して「ビクトリノックスなら持ってますけど、ベアトリスはないですねえ」

 王女の差し出したスイス製の十得ナイフマルチツールを見て、お、おう、とモグラはいった。

「案内しましょうか」

 顔をほころばし、書庫へと入っていった王女へ、マゾ美は険しい目を向けた。

(な、なんだろ、なんか怖い)

 モグラはその実態はわからずも、何かよからぬ気配をそこに感じとっていた。

 書庫の中には背の高い(モグラの身長の二倍ほどはあった)書棚が整然と並び、それ以外には通路しかなかった。ゆったりとした足取りで「これは皇国建国の歴史書、これは魔法・精霊についての書、これは異国の書――」などと説明するエリュシオンについていきながら、やはりピリピリとした気配を感じずにはいられなかった。

中間設定の精ミーディアムの力であなたたちと私は意思疎通ができていますが、書物――文章に関してはまた違う精霊の力を借りなければ、文字すらもわからないでしょう。つまり、ここは現状、あなたたちには関係ない場所ですが」

「ちょっと待って」

 マゾ美がぴたと歩みを止めた。ちょうど自分の目線の位置あたりにある書物に目を向け、一冊を抜き取った。

「……『精霊と魔導、そして我が闘争』」

「! ……読めるのですか?」

「みたいね」パラパラと書をめくりながら、マゾ美。「ねえ、本当はあたしたちをどうしようとしてるの、王女様?」

「どうしようもなにも――」

「あたし、いわゆるラノベとかアニメとかって詳しくないけど、でも大体異世界に召喚されるって、世界の危機を守るためとか逆に世界征服のための兵器としてとか、そんな感じよね?」

「それは虚構フィクションの話ですか? 現実と作り物を一緒にされても困ります」

「だから! だからあたしはあんたに訊いてんの! あんたは何の目的であたしたちをこの世界に呼んだの⁉」

「そ、それは……」

 確かにモグラもそれはひっかかっていた。普通なら世界の危機を救ってくれ、とくるのが普通だ。魔儀とかなんとか、おそらく禁忌タブーに類する力を使って異世界人を召喚しておいて、その理由が『とりあえず外を見てきてください』なんて、ラノベなら当然のこと、現実にだってあるもんか、と思っていた。

「このままじゃ世界は滅亡します、救ってください、とかさ。あなたたちの力がなければ国は滅びてしまいますとかならさ、実際に力になれるかどうかはわからないけど、でもなんとかしてやらなきゃなって思うじゃん、人として。でも、そういう感じでもなさそうだし、だったらとっとと元の世界に戻してくんない?」

「マゾ美さんのいうことももっともです、ですが」

「ねえ、ちょっといいかな」

 シリアスな雰囲気の中にモグラは割って入った。

「『尤も』の漢字、犬にも見えるけど『无』ウーにも似てるよね?」

「は?」女性二人の声が重なダブる。

「俺も子供の頃にはパイみたいな可愛い子が現れて无にしてくんないかなあ、不死ってロマンだよねえとか思ってたわけ」

「はあ?」

「なにいってんの、あんた」

「でもそんなのおっちゃんになっちまえば流石に気づくわけよ。そんな漫画みたいなことは起こらないし、万に一つ起こったところで俺になにができるのよって。死なないなら死なないでよくよく考えたらそれも怖いし、だからって無謀にあれこれするとか普通の人には無理だって。いや普通の人というか俺には無理だって」

「ねえ、モグラさん?」とマゾ美。「暑さで頭やられた?」

「確かにここは閉じ切った部屋だからか蒸し暑いというかちょっとぽーっとする感じもあるけど、でもおいらはいたって平常よ? 平城京エイリアン」

「何が言いたいんですか、あなたは?」

 特に苛立ったふうでもなく、純粋に疑問だといった調子で王女。

「うーん、と。だからさ、要するに」

 モグラはニカッと笑った。

「おいらは女の子ふたりが言い争うとか、そういうのは見たくないのよ」

 女性ふたりは顔を見合わせ、ふうっと大きく吐息をいた。

「そうね、モグラさんの言う通りね」

「あたしもちょっと大人気なかったかも」

「へへっ」

 まるでそのあとすぐに「おいら、ベロってんだ!」と続けそうな調子でいって、モグラは素敵な顔で笑った。


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