第23話 USBメモリ

「俺がここで待ってるから。上手くやれよ」

駅前のカフェで、USBメモリを崇から受け取った。

「ショウの言う通り、これって個人情報に引っ掛かるんじゃ…」

私は乗り気ではなかった。

「だからお前が持ってくんだろが。俺が持ってたらお前は個人情報流出になるけど、お前が知り得た情報でお前が動く分には何も流出してない」

崇の言ってる意味はわかるけど、また違うことに引っ掛かりそうだ。

「良くない気がする」

「怯むな。行けっ」

崇に背中を押され、私はカフェを追い出された。

メモリースティックを握り締め、渋々向かったのはこの前仕事をした馬嘉さんの自宅。

これはギリギリセーフなのか、アウトなのか18の私に判断は難しかった。

無知はこわい。

豪邸を前に、呼び鈴を押すのに躊躇していると…

「うちに何か用ですか?」

その声に驚いて振り返る。

そこに立っていたのは、都会のキャリアウーマンを彷彿とさせるベリーショートな美魔女。

黒のパンツスーツに、洒落た白シャツ。

ピアスとネックレスは華奢なアクセサリーがまた洗練されていて上品だった。

“うち”と言ったその発言で、馬嘉さんの奥さんだと認識した。

引越のときはお目にかかれなかった方だ。

「あっ、いえ…その…」

思わずUSBメモリを後ろ手に隠し、言い訳を考える。

ヨロヨロのジーンズにTシャツの私は、相手からすれば、不審者でしかないと思う。

「何?ハッキリなさい」

鋭い目つきで詰め寄られる。

後退り。

はっきり言えないのは、やましさがある証拠だと思った。 

「いえ、あの、間違えましたっ」

撤退しようとそう言葉を発した時だった、

「どうした?」

門の向こうの玄関扉から声がして、その扉から顔を出していたのは正しく、引っ越しバイトの時に顔を合わせた男性、馬嘉さん。

慌てふためく私の様子に、

「あっ、君は確か…」

と馬嘉さんは私の顔を覚えている様子だった。

「あぁ…貴方のお客様だったの」

鋭く向けられていた目から開放されて、奥さんは門を開けて中へ入っていく。

夫妻は言葉を交わすことなく玄関ですれ違い、奥さんは家の中へ、馬嘉さんはこちらへ寄って来てくれた。

「…引っ越し業者の子だよね?」

私の顔を覗き込み問い掛けてきた。

「はい。茅森と申します」

私は慌てて身元を明かした。

「うん、可愛い子だと思って、覚えてたよ」

優しくそう話してくれた。

「あの、引っ越しとは何の関係もなく来てしまったのですが…」

「うん?」

とっても説明しにくいけれど、私は後ろ手に隠していたUSBメモリを思い切って差し出す。

「私、バンドを組んでいて、お時間があったらぜひ聴いていただけないかと思いましてお持ちしましたっ」

ギュッと目を瞑り頭を下げ、両手で相手にUSBメモリを差し出した。

「馬嘉さんがクラウンチュールのプロデューサーさんだってたまたま知って…」

「駄目だよ〜」

私の話に被せるように、馬嘉さんが言った。

私は顔を上げて彼を見た。

「どう知ったか知らないけど、仕事で知り得た情報でこんなことしちゃ」

注意されて、やっぱり駄目なことだと再認識する。

「僕が会社に伝えたら、大問題になっちゃうくらい駄目なことだよ?」

真顔でそう言われ、私は事の重大さに気付く。

弁明しないといけないのに、心臓がバクバクして何も言葉が出てこない。

やってしまった。

どうしよう。

頭の中が真っ白になったその時だった。

差し出していたUSBメモリをひょいと馬嘉さんが右手で取った。

「でも、まぁ、そのガッツはキライじゃない」

馬嘉さんはそう言ってUSBメモリを親指と人差し指で摘むように持ち、左右に何度かリズムを刻むように振った。

そして、

「聴いてみてあげてもいい」

そう言って私に微笑んだ。




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ピクシー ―legendary diva singers― 佳月まる @siromaru-2022

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