第22話 伝

都会の家はお洒落だなとつくづく思う。


今日のバイトの行き先は、タワーマンションから新築一戸建てへの引っ越しで、松濤の大豪邸。

私は黙々とキッチンのカトラリーや食器を開梱し真新しいキッチンボードの引き出しに収納していく。

どのカトラリーもピカピカで重みがある。

「それ1本で、アンタと私のランチ代賄えちゃう」

背後からやって来て私の耳元でそう囁いたのは、仕事の先輩で一つ年上の真子先輩。

田舎から出てきた私に、仕事のことだけではなく色々なことを教えてくれる。生粋の東京育ちで、彼女はダンサーを夢見て日々引越しバイトに励みながらレッスンを重ねていた。

「こ、これ一本で?」

手が震える。

「あの箱一箱に入ってる皿だけで、私らの月収だからね」

衝撃的過ぎて目を見開く。

「凄すぎる…」

一体どんな職業に就いたら、こんな生活が遅れるのだろうか…

「ここの家主、クラウンチュールの敏腕プロデューサーなんだって」

真子先輩の話たクラウンチュールは、大手レコード会社。

有名なアーティストを沢山抱えている。

大手レコード会社の敏腕プロデューサーともなると、こんな豪邸に住めるのかと関心するしかなかった。

「おい、仕事部屋の荷物だけ先に詰めてって言ったよな?」

向こうの部屋から声がした。

キッチンからその声の先を覗くと、リーダーが家主の男性から叱責を受けていた。

「仕事しなきゃならないから、先に仕事部屋だけ早く作っちゃってよ」

40代くらいの見た目派手めで背の低い男性が声を上げていた。

あの人が…敏腕プロデューサーなんだ。

ちょっと傲慢で怖いと思った。

こちらに気付いたのか、その男性の視線に驚いた私と真子先輩は慌てて隠れる。

そして仕事に戻った。


その夜、いつもの渋谷のスタジオでの練習日。

崇が野外ライブにエントリーしてきたと発表した。

久々のライブだ。嬉しい。

「今回のライブ、撮影してYou Tubeにアップして、何とか広めたいな…」

パイプ椅子に座り、ギターを調整しながら呟いた崇。

「東京に来たら色んなチャンスがあると思ってたのに、現実は甘くないよね」

ショウが言った。

「そんな簡単にプロにはなれねぇよ。どんな仕事でも下積みは必須だ」

ホダカさんの言葉に確かにと頷く。

「せめて、何か伝でもあったらな…。You Tubeにアップして聞いて貰えてるかもわからないデモテープを送って…意味あんのか?」

崇は天を仰いだ。

私自身何かをしてるわけではなく、崇やホダカさんに一任しているところがあった。

二人がどうにかして、ピクシーを世に広めようと奮闘してくれている。

「レコード会社に伝とかあればな…」

「ないだろ。普通」

崇とホダカさんの会話に思わず、

「今日の仕事先、クラウンチュールの敏腕プロデューサーのお家だったらしいの」

と言ってしまった。

私の一言に、崇が私をロックオンした。

「なんて言う人!?」

「えっ?」

「名前だよ」

「名前?」

表札を思い出す。

「確か…何か変わった苗字だったな…」

だから、記憶に残っていた。

「……馬嘉うまよしさん?」

私の回答に、崇はパンツのポケットからスマホを出して検索を開始する。

「やめとけ。崇」

ホダカさんが止めたけど、崇は止まらない。

「ダメだよ、美空。ここは北海道の田舎じゃないんだから。個人情報」

ショウに注意されて、ハッとする。

「あった!!」

崇の大きな声に驚いた。

画面をこちらに見せてくれる。

馬嘉要うまよしかなめ。あのエグザットやスマイルハニー、山邑紗弥加をプロデュースしてる」

崇はニヤリと笑った。

それらは誰もが知る日本のアーティストやグループ。

写真こそなかったものの、しっかりとクラウンチュールのホームページに馬嘉要の名前が掲げられていた。


運命だったのか、それともただの偶然だったのか…

今となっては運命だったと思ってしまう。

要さんとの出会いはここからはじまった。


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