第三章 

第21話 東京

上京して半年、私は何とか東京で生きていた。


引越し業者にフルタイムで勤務し、生活をしている。

はじめは東京の時給の高さに驚いたけれど、物価の高さを知り喜んでいる場合ではないことに気付いた。

家賃6万5000円の築43年1ルーム5畳バス・トイレ別。

三軒茶屋駅から徒歩5分。

今の私が暮らせる精一杯だった。


崇とホダカさんが近くに住んでいるし、ショウも大学に合格して上京してきていた。

渋谷のスタジオで週3回練習をし、ピクシーは活動を続けている。

毎日忙しいけれど、充実はしていた。

家出同然で飛び出したけれど、母とはメールで連絡を取り合っていた。

「帰っておいで」も「頑張って」もどちらもないけれど「無理だけはしないように」といつもメールの最後に書いてくれていた。


スタジオ練習が終わるのは、いつも22時を過ぎていた。

みんなで夕食を食べて解散するのがルーティンになっている。

渋谷のマンションに住むシュンの自宅が、溜まり場になっていた。

スタジオからスーパーで買い出しして、シュン部屋。

料理なんて全く出来なかった私だけど、ホダカさんに教えて貰いながらコツを掴んできた。

「今日、何?」

コンパクトなアイランドキッチンで食材を袋から出していると、崇が私に問いかけながらもう1つの袋を手に取って手伝ってくれる。

「オムライスとスープ」

私の回答に崇が喜んだのがわかった。

崇は嬉しいと片方の口角が微妙に上がる。

「美空、夕食何?」

ショウがキッチンから見渡せるリビングのソファからこちらに身を乗り出して聞いてきた。

「オムライスとスープだよ」

私の問いにショウはガッツポーズしてから、

「あっ、人参入れないでね」

とお願いされた。

私の手には人参。

ホダカさんがそれを取って、問答無用で洗って皮をむきみじん切りにする。

それには気付かず、ショウはリビングの大きなテレビを見ていた。

「しかし、いつ来ても、なんでお前だけこんないいとこ住んでんの?学生だろ?」

崇がショウの方を向いて呆れながら聞いた。

「うち、お金持ちだから」

ショウはテレビを見たまま爽やかに答えた。

渋谷駅まで徒歩4分。

築浅のお洒落なマンション。

私の家賃の倍?それ以上?想像がつかなかった。


夕食はリビングのローテーブルでみんなでギュウギュウになって食べる。

楽しい時間だった。

「このコーンスープ何回食べても美味しいよね」

ショウがしみじみ言う。

「美空の得意料理だよな」

ホダカさんが言ってくれた。

唯一作れた私の料理は、母が昔から作ってくれた手作りのコーンスープ。

父が働く牧場で取れた牛乳と地元のとうもろこしで母がよく作ってくれていた。

これだけは昔から工程をよく見ていたからか作れた。

「こっちの材料だと、ちょっと味が違うけどね」

私がそう言うと、二人は十分美味しいと言ってくれた。

崇は黙々と食べて、綺麗に完食してくれる。

ちゃんと手を合わせて、

「ご馳走さまでした」

と言って食器をキッチンの流しへ運んで行く。

「お前、ゆっくり食えよ。消化不良起こすぞ」

ホダカさんの注意にも崇は二つ返事。

「美空、美味しいね」

人参のみじん切りが入っているのを気付くことなくショウは私に笑顔を向けながらオムライスを食べる。

「うん、美味しいね」

私もオムライスを食べた。


上京した時は、高いビルに、見たことのないくらいの人の量、複雑な道路や建物に、自分がここで暮らしていけるのか不安しかなかった。

だけど、ピクシーの仲間と寄り添いながら順応しようとしていたと思う。

直径100センチのガラスのローテーブル。

そこに身を寄せ合っていた頃が、もしかしたら一番希望に満ち溢れていたのかもしれない。





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