第20話 家出

崇と話した後、無駄にコピーした紙を崇に渡して、私は家に帰った。

遅かった私を心配していた両親を前に、宣言した。

「大学受験はしない。東京でしたいことがある、高校を卒業したら上京する」

私の大宣言に両親共に驚きを隠せない表情をした。

「な、何考えてんだ!?」

父は顔を真っ赤にして怒った。

それでも気持ちは変わらなかった。


自分でも驚くくらい、上京することを決めたら決意はかたかった。

大学進学も悩んで決めたと思っていたのに、私はきっと決めきれていなかったんだと思った。

無謀な挑戦。

若菜にさえ、東京の大学に進学してバンド活動を続けたらいいんじゃないかと心配された。

だけど私は、プロを目指すと決めたのに、親に学費の負担をさせて進学することは違うと思った。

秋に入り周りが受験勉強に力を入れる中、私はバイトに勤しんだ。

上京する為の準備。

両親とは冷戦状態が続いた。

学校からも、何度も説得されたけど、気持ちは一ミリも動かなかった。


冬になりその厳しい寒さに耐えた後、春の訪れが聞こえ出した。

私はキャリーバックに詰め込めるだけの荷物を詰め込んだ。

卒業式に出席し、卒業証書を授与された。

制服を脱ぎ、守られていた世界から飛び出す。

卒業式が終わった次の日の朝に、私は家を出た。


自宅を出ようとする私を、母が涙ながらに必死で止める。

「ねぇ、美空。お願い!考え直して!」

母は私の腕を引っ張りながら言う。

胸は痛い。

だけど私は手を止めずにブーツを履く。

「お前、自分がやってることわかってんのか!?」

玄関に抜ける廊下に立ち、父は私の背中に向かって叫ぶように言った。

「何度も話した。何度も説明した。何回もお願いしたじゃん」

私は立ち上がり振り返って父を見た。

崇と話したあの夜から今日まで、何度も話をしてきた。

冷戦状態も大戦争も繰り返した。

真っ直ぐに目が合うと、父は物凄い勢いでこちらに来て私の肩を掴んだ。

「いいか!?今、ここから出たら、もう二度とこの家に戻れると思うな!?」

父の目は本気だった。

「それでも行くのか!?」

「アナタ、やめて、やめて…」

私を止めていた母が、今度は泣きながら父を止める。

それでも私も父も、目を動かさなかった。

力いっぱい掴まれた肩が痛いほどだった。

「…わかった」

乾いた喉から出てきた言葉。

泣くなと自分に言い聞かせながら返した。

私の回答を聞くと、父は掴んでいた肩を思いっ切り突き放した。

よろけ転けた私を、母は玄関に裸足で降りてきて立とうとする私の手を取る。

「美空、美空、お願いよ。お父さんに謝って!ねっ、ねっ」

母は泣きながら立ち上がった私の頬に手を当てて必死に訴えてきた。

「お母さん…ごめん。それは出来ない」

母の手を取り、私の頬から母の手を離す。

私はキャリーバックを引いて玄関のドアノブを手にした。

「美空!!」

父の呼び掛けにに動きが止まる。

「親がこんなに言ってんのに行くのか?」

父の声は震えていた。

泣くな、震えるな、怯むな、と自分に唱える。

「やりたいことがあるの。必ず…叶えるから」

私はそう言って勢いよく家を飛び出した。

走って、走って、振り返らなかった。

キャリーバックがまだ残る雪に車輪を取られても、私は夢中で引っ張ってただ前だけを見て走った。

前が霞んでも、腕で拭い、ただ前だけを見て走った。


大通りの路肩で待つ崇の車が見えた。

私の姿をミラーで確認してか、崇は出てくる。

息が上がっている私のキャリーバックを、崇は何も言わずにトランクに詰め込んでくれた。

私は助手席に座り、崇は運転席に乗り込む。

我慢していた糸が切れたみたいに、身体が震えて、涙が溢れた。

助手席で小さく蹲るようにして泣く私を、崇は大きな手で撫でてくれた。


まだ雪が残る3月に、私は18年育った地から飛び出した。

後悔はなかったけど、罪悪感はいっぱいだった。

それでも飛び出せたのは、若かったからなのか、無知だったからなのか…

今考えても無謀だと思うのに、あの時は止まらなかった。




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