第14話 魔法の言葉

走って着いた先は、ガソリンスタンド。

道路を挟んで向こうにあるそのガソリンスタンドを息を切らしながら見ていると、一人のスタッフがお客さんをお見送り後私に気づいた。

「美空?」

ガソリンスタンドの作業着を着て、お見送りの挨拶の為に取ったキャップ帽を手に私を呼んだのは、岩垣先輩。

「どうした?」

そう問い掛けられて、何から話したらいいのか戸惑う。

何も話せない私に、

「ちょっと待ってろ。後10分で休憩だから」

岩垣先輩はそう言って、次に来た車の対応に戻って行った。


暫く待つと、岩垣先輩はペットボトルのお茶を持ってやって来てくれた。

ガソリンスタンドの裏はだだっ広い畑。

私と彼はその広大な景色を眺めながら、ガソリンスタンドの壁に横並びに凭れた。

ペットボトルを開栓して、お茶を何口か飲むけど何から話したらいいかわからない。

「お前さ、わざわざお茶飲みに来たの?」

私の様子に岩垣先輩はため息混じりに笑いながら言った。

「…違うけど」

「じゃ、話せよ」

そう言われてまた黙ると、またため息を吐いて壁に凭れたまま地面に座った岩垣先輩。

「俺さ、暇じゃないからな」

「わかってる」

私の返事に岩垣先輩はチラッと私を見た。

「ホントかよ」

そう言われて思わず、

「スタジオの使用料とかライブの参加料とか移動費とか、払ってくれてるの知ってるし!」

と言うと、驚いた表情を見せて私を見上げる岩垣先輩。

「私も、バイトするようになったら払うから…」

私の発言に、岩垣先輩は笑った。

「いらねぇよ。お前から金取る気ないし」

「なんで!?一緒にバンドしてるのに!」

私も思わず座り込んで岩垣先輩の目線に下りて訴えた。

「いや、俺が誘ったわけだし」

「でもやるって決めたのは私だもん!」

「お前受験生だろ?そんな心配してないで、勉強しろ」

軽く頭を叩かれた。

ペットボトルの蓋を開けて、お茶を飲む岩垣先輩。

それを飲むとまた息を吐いた。

「…どこ志望校か聞かないの?」

彼を見つめたまま問い掛ける。

「どこ志望校?」

面倒くさそうに聞かれる。

「……まだ決まってない」

「なんだそれ」

「どこに行ってもいいの?」

「はっ?好きなとこ行けよ。お前の人生だろ」

その言葉に気持ちが高ぶった。

「じゃ、ピクシーはどうなるの!?私はいらないの!?」

声を上げて問い掛けてしまった。

涙目になって、岩垣先輩の腕の裾をギュッと掴んで。

岩垣先輩は私をジッと見る。

真っ直ぐな目に、負けたくなくて、涙が溢れないように必死で耐えて目を逸らさなかった。

「バーカ。お前見つけるのにどんだけ苦労したと思ってんだよ。そう簡単に手放すわけ無いだろ」

岩垣先輩はそう言って、また私の頭を軽く叩いてから立ち上がった。

「あのな。今はもうネット社会なわけ。ショウが東京に行こうが、ホダカが札幌に居ようが、俺が地方に出稼ぎに行こうが、ネットで繋げて練習も打ち合わせも出来るんだよ」

真っ直ぐ前を向いて言った岩垣先輩は、私を見た。

「お前は何も心配すんな」

「でも…」

「生きてたらな、何だって出来るんだよ。離れて通じる手段も、会いたい時に会う為の手段もある」

岩垣先輩の言葉は私の胸に刺さった。


『生きていたら、何だって出来る』


「そろそろ休憩時間終わりだ」

岩垣先輩は胸ポケットからスマホを出して時間を確認した。

貴重な休憩時間を奪ってしまい、申し訳なくなって謝らなきゃと思った。

「岩垣先輩!」

「あのさ、俺、お前よりたまたま1学年上なだけで、そこまで厳格に先輩って言わなくてもいいから」

謝ろうとしたら、そう遮られた。

先輩って言わなくていい?

「…岩垣?」

「何でそうなるよ」

呆れる岩垣先輩。

「崇、でいいよ」

彼はそう言って仕事に戻って行った。


まだまだピクシーでの自分の立ち位置がわからなかった時も、崇はいつもブレずに私を引っ張ってくれた。

不器用だけど、ここぞって時にいつも必要な言葉で私を照らしてくれた。








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