第7話 雪の妖精
冬休みが終わって、高校3年生の先輩たちは受験を控え、ほとんど登校はなかった。
そんな中、
「おい、美空。ちょっと」
休み時間に2年の教室に現れたのは岩垣先輩。
周りは私がバンド活動をしているなんて知らなくて、あの二人付き合ってるんじゃないかなんて噂になっていた。
「目立つから教室に来ないでよ。メールしてくれたらいいじゃん」
慌てて教室の出入口に行き、私は岩垣先輩に最大限の小声で訴えた。
「はっ?いいから、来い」
腕を掴まれて引っ張られるように教室から出て廊下を走る。
ココ最近、ずっとスタジオでも不機嫌にギターを抱えてたり、ヘッドフォンをしてキーボードに向かう姿しか見ていなかった。
校舎2階の第2音楽室を勝手に拝借して、私と岩垣先輩は入室した。
小さなドームの様な防音の効いた音楽室。
その部屋の真ん中で渡されたのは、彼のポケットから出てきたしわくちゃの楽譜。
「楽譜?」
広げてキレイにのばす。
「歌ってみろ」
そうは言われても…
「私、楽譜読めません」
私のカミングアウトに一瞬沈黙し、あからさまに驚いた岩垣先輩。
「そこまで驚かなくても」
「お前、リズムとか音程とか耳コピってこと?」
「耳コピ?」
私が眉間にシワを寄せて首を傾げると、岩垣先輩は周りを見渡してから音楽室の棚に収納されていたギターを取り出して来た。
そして私の手元にあった楽譜を取り、床に胡座をかいて座り、楽譜を床にギターを構えた。
私をチラって見てから、それを奏で出した。
驚いたけど、耳にスーッと入ってくる爽快なメロディ。
初めて聴く曲。
一度聴いて好きになった。
演奏が終わると、
「誰の曲?聞いたことない」
私は岩垣先輩の側に座って問い掛けた。
「俺が作った俺らの曲。お前が歌う曲」
その回答に驚いた。
「曲、作れるの!?」
「馬鹿にすんな」
最近の岩垣先輩のスタジオでの姿に、この時やっと意味がわかった。
「もう一回サビだけ弾くから、サビだけ歌ってみて」
「歌詞ないじゃん」
「ナでも、ラでも、ルでも何でもいいからメロディ歌ってみろ」
「えっ?じゃ、大丈夫。はじめからで」
私の回答に岩垣先輩が驚く。
「間違えるかもだけど、メロディ入ったから」
私の言葉に岩垣先輩は怪しみつつも1.2.3.と演奏をはじめた。
幼い頃から得意だった。
自分の中にすんなり入ってくるお気に入りの曲は、一度聴いたらほぼ頭に残る。
今回この曲がそうだった。
でたらめにナやラを使って歌ったら、気持ち良かった。
私の歌いやすい音域。
歌い上げた私、演奏を終えた岩垣先輩が私を真っ直ぐ見た。
ジッと見つめられて、
「あっ、違った?」
と心配になった。
「…いや、完璧」
そう言われてホッとした。
真顔で見つめられて、なんだか恥ずかしくなって私は立ち上がり音楽室の窓の外を見た。
外の木に白い鳥が羽根を休めていた。
あの鳥は…
「シマエナガだ」
私は窓の側に寄って、その愛らしい鳥の姿に近付いた。
北海道ではポピュラーな鳥。
私がシマエナガを眺めていると、岩垣先輩がギターを置いて側に寄ってきた。
「シマエナガって、雪の妖精だって昔父が教えてくれたなぁ…」
ふと思い出したことを話した。
「雪の妖精?」
「そう。うちの父、牧場に勤務してるの…。幼い頃真冬に付いていったらよく雑木林で鳴き声が聴こえて…ピクシーだピクシーだって」
「ピクシー?」
「そう。雪の妖精だから」
幼い頃の思い出話。
『雪の妖精』をピクシーと呼んでいた話をしたのは、岩垣先輩にだけだった。
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