第4話 音の世界

10畳もないスタジオの片隅の地べたに、私は若菜と壁にもたれ掛かり座っていた。

彼ら3人が奏でる音に聴き入り、それを眺めていた。

驚いたのはショウの多才な一面だった。

主にドラムを担当していると聞いたのに、キーボードも演奏する。

話を聞くと、幼少の頃からピアノを習っていたらしい。

それだけではない。

何とヴァイオリンを出して弾いて見せてくれたのだ。

これもまた幼少の頃習っていて、いくつも賞を取ったことがあるとか。

「ハイスペック過ぎじゃない?」

若菜の目が恋する瞳になっていく。

「岩垣先輩推しじゃなかったの?」

「私、本当は不良系より王子様系が好みなの」

ショウに釘付けのまま、若菜は言った。

確かに3人並んでいると、一人だけ際立って王子様に見える。

彼の見た目がどこかの外国のミックスなのもあるかもしれないけれど。

「じゃ、一曲そろそろいくか」

それぞれ音出しをしていた彼らが、岩垣先輩の一言で一呼吸し、ショウの1.2.3の合図でそれははじまった。

私達に何を聞かせるか事前に決めていたのだろうけれど、音が奏でられた瞬間、その音に一瞬に引き込まれた。

ギターを岩垣先輩、ベースをホダカさん、ドラムをショウ。

胸を鷲掴みにされたようなまま、身体が高揚してくるのがわかった。

ライブやコンサートなんて行ったことのない私は、精々学校の吹奏楽やブラスバンドの生演奏を体育館で聞いた経験しかなかった。

その音とは比べ物にならないくらい、身体に染みるようなその音に私は瞬きを忘れて見入ってしまった。


曲の演奏が終わっても、胸のドキドキは収まらなかった。

「茅森さ、何歌う?」

「はっ?」

当たり前のように聞かれて、思わず素で返してしまう。

学校でこんなことしたら、殴られそうなのに、岩垣先輩が笑って流した。

「カラオケだと思え。何にする?西野カナ?倖田來未?安室奈美恵?…それとも坂本冬美?」

岩垣先輩の問い掛けに、一瞬頭の中でなぜ彼が私がカラオケでよく歌うアーティストを知っているのかわからなかった。

「倖田來未がいいんじゃない?“好きで、好きで、好きで。”最近よく歌ってるし」

「えっ?」

まさかの若菜の提案。

「でもそんな直ぐに演奏できないでしょ?」

私の心配を他所に、ホダカさんからマイクを渡されて、演奏ははじまった。

「生演奏だよ。豪華なカラオケ、行って来い」

若菜が私の耳元でそう叫ぶように言って、背中を押した。

豪華なカラオケ…

若菜がハードルを下げてくれた。


初めて彼らの奏でる演奏で歌ったのは、倖田來未さんのヒットソングだった。

音の世界に惹き込まれた瞬間だったと思う。



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