ホムンクルス〜再生と復活

 酷く湿った通路を無数の蟲たちが千切れた身を擦り切りながら壁に張り付き,床に落ち,転がるようにして僅かな命を削りながら少しずつ前に進んだ。


 地下通路には息絶えた蟲の死骸が汚らしい線を作り,汁を垂らし,あたり一面に異臭を漂わせた。


 ドゥルジ・ナスの管理する地下通路に辿り着くまでにすでに半数以上が死に絶え,残された蟲たちも薬の影響で方向感覚を失って彷徨い,突然身体が膨らんでは体内のガスが破裂して散り散りになった。


 それでも僅かばかりの蟲がドゥルジ・ナスの管理地域に入ると,最後の力を振り絞るかのように通路のいたるところにある小さな穴に吸い込まれるように姿を消していった。



「まさか,ウン・シュテルプリヒカイトがこの地下通路に現れるとは……しかも,またうちの子たちにこんなに酷いことをして……千年経とうと変わらない……」



 ドゥルジ・ナスが苛立ちながら部屋をふらつき,天井から吊るされる女たちを見て気持ちを落ち着かせた。


 髪の毛ほどの細さのチェーンが四方から伸び,蜘蛛の巣にかかった状態の女たちの皮膚を糸のように細いチェーンが貫通して宙吊りにしていた。女たちは全員脚を大きく拡げられ,剥き出しになった粘膜には蟲がびっしりと張り付き,もぞもぞと動きながら滴る汁を味わい胎内へと入っていった。


 身体の中も外も蟲にたかられ,全身をチェーンで引っ張られたまま,朦朧とする意識のなかで異常な快楽が定期的に襲い,女たちの脳細胞を破壊するほど電流にも似た刺激が激しく襲い続けた。


 蟲たちが霧吹き状の液体を吹き出す度に女たちは全身に汗をかき,粘膜から大量の汁を垂らした。百日間も吊るされ蟲にたかられていると,胎内から大人の拳くらいに育った蟲が膣や肛門から顔を出しては中に潜り込んでいった。


 ドゥルジ・ナスは魔術師にやられたホムンクルスたちの種子となる生き残った蟲を拾いあげると,吊るされた女たちの身体に乗せた。


 弱りきった小さな蟲はもぞもぞと動きながら,胎内に入れる穴を探して傷ついた皮膚を舐めるように移動した。


 しばらくすると大きく拡げられた股の間に一匹,また一匹と姿を消していき,吊るされた女たちの身体が小刻みに痙攣し,悲鳴とともに失禁した。



「ごめんね。怖かっただろうに。こんなにバラバラにされて毒薬まで盛られて。許せないねぇ。あいつら本当に許せないよねぇ」



 悲鳴をあげている女のすぐ隣に吊るされている女は妊婦のようにお腹が膨らみ,穴という穴から黄色い汁を垂れ流していた。


 生き残った蟲がはち切れそうなお腹の上を彷徨うと,突然巨大な蟲が穴から顔を出して弱った蟲を食い荒らしては穴に引っ込み,その度に女は快楽の悲鳴をあげた。



「みんな復活させてあげるからねぇ。あいつらに復讐させてあげるからねぇ」



 戻ってきたホムンクルスの種子になる蟲たちは女たちの胎内に入っても,しばらくすると膣や肛門から滑り落ちるようにして床に落ち,そのまま死んでいった。


 ドゥルジ・ナスはその様子を見て泣き叫び,床に落ちた蟲たちをかき集めては口に頬張り,ぐちゃぐちゃと音を立てながら咀嚼した。



「殺してやる……あいつら絶対に殺してやる。まずはこの子たちの復活。それから肉壁どもを使ってあいつらに復讐する。私の造った面の能力を使って」



 僅かに残った蟲たちも女たちの胎内で十分な養分を得てようやく安定した。小さな蟲の一匹一匹が過去の記憶を共有し,やがて大きな個体になり,一つの記憶として定着していくまで,ゆっくりと時間をかけて身体を形成していった。



「あの子たちは千年以上かけて育ててきたのに,こんな一瞬で……毒まで盛って……ウン・シュテルプリヒカイト……不滅の女王シュテルとシュテルから与えられた不滅の右眼をもつ松本仁……」



 ドゥルジ・ナスは死んだ蟲たちを口に入れ,噛み締めるたびに溢れ出す微かに残る戦いの記憶を見て,なにが起こったのかを繰り返し確認した。



「大丈夫だ,肉壁どもは生きている……何故かあいつらに生かされている……あいつらの面の能力を使って魔術師に復讐をせねば……魔術師どもを一匹残らず殺さねば」



 蜘蛛の巣のように張りめぐられた細いチェーンに指をかけ,指先で軽く弾いた。振動はチェーンを伝わり皮膚を貫く女たちの身体を揺らした。振動が伝わる度に女たちの悲痛な喘ぎ声が漏れたが,その中に一人,ほとんど反応のない女がいた。


 ドゥルジ・ナスは何度かチェーンを弾いて感覚を確かめると,反応の弱い女のところへ行き,もはや人としての形を保っていないその身体を優しく撫でた。


 全身紫色に変色し,皮膚の下を蜘蛛の巣のように黒い血管が走り,張り詰めた皮膚が身体全体を風船のように見せた。



「よく育ってる……よく育ってる……よく育ってる……喜べ,お前の腹の中で育っている五指蟲を活用してやろう」



 風船のように張ったお腹に鋭い爪を立て,ゆっくりと皮膚を斬り裂いた。爪がほんの少し刺さっただけで皮が弾け,黒ずんだ筋肉と黄色い塊りになった脂肪が蟲と一緒にぼろぼろと床に落ちた。


 爪をさらに奥へと突き刺すと,中から真っ白な小さな手が現れ,ドゥルジ・ナスのナイフのような爪を五本の指でしっかりと握りしめて押し返してきた。



「ほう,なかなか悪くない,悪くないぞ。いまからお前を核として身体と記憶を与えよう。ホムンクルスの歴史の記憶を」



 握りしめた小さな手を引きずり出すと,手から先は肘のあたりまでしかなく,その先は大量の蟲がまとわりついて巨大な蟲の塊になっていた。


 小さな手を持ち上げると赤ちゃんの腕くらいの大きさで,動くたびにあちこちから蟲がこぼれ落ちた。腕の動きを満足そうに眺めながら,台の上に置いた。


 うねうねと動く五指蟲にドゥルジ・ナスの口から咀嚼して溶けた蟲の死骸を直接吐き出し,先端が手の形をした蟲がその汁が吸収していくのを黙って見ていた。


 どろどろになった蟲の死骸はうねうねと動き回る五指蟲に吸収され,あっという間に消えていった。



「さぁ,戻っておいで。私の可愛い子供たちよ」



 小さな指が激しく暴れるように動きだすと,それぞれの指が別々の方向を向き,骨が砕ける音を立てながら皮膚を引き裂いていった。


 一つの塊だった五指蟲は,五指がそれぞれ肘のほうまで皮膚と肉をつけたまま裂けると,独立した五本の指先がついた細長い蛇のような肉塊になった。



「素晴らしい!」



 高揚したドゥルジ・ナスが五つに分かれたすべての塊を抱き抱えると,数日前に制服姿で地下の祠に訪れた女の子の前に持って行った。


 女の子は制服をすべて剥ぎ取られ,素肌に何本ものチェーンを突き刺したままチェーンに血を吸われていた。



「お前は運がよい。お前の怨みを晴らしてやろう。そのためにお前の血と肉を捧げよ。お前は餌ではなく,我が子の宿木やどりぎとなり,お前をだまし,おとしいれた男への怨み,新たな身体を使い晴らすがよい」



 ドゥルジ・ナスが五本指のうちから一本,人差し指を取り出すと,細いチェーンで吊るされた女の子の股の間に突き刺した。


 指はうねうねと動きながら膣をこじ開けるように潜り込んでゆき,肉塊をしならせながら根元まで挿入すると,一気に身体の中へと入り込んで行った。


 膣に指を受け入れた女の子は真っ赤に充血した眼を見開き,口を開けて泣き叫んだが,徐々に声が消えてゆき全身の穴から黄色い泡状の汁を垂れ流した。


 指が吊るされて開いた女の子の股へ完全に挿ると,身体が波打つように変化してゆき,見た目もまったくの別人へと変わっていった。



「おかえり,娘よ。お前は壱丸だ。お前の記憶を新しい器に移し替えた。あとはお前の使い心地のよいように好きにしたらいい」



 部屋中に張り巡らせられたチェーンに触れ,指先に伝わる振動を頼りに次の女の子を選んだ。


 順番に中指,薬指,小指とチェーンに吊るされた女の子たちの膣に挿入していくと同時に蟲たちが身体に吸収されてゆき,それぞれが壱丸と同じようにその見た目を変化させていった。


 もっとも若い身体は壱丸に与えたことで,他の指を与える身体の鮮度にやや差が出たが,それはすぐに吸収する蟲の量で解消することが可能だった。



「弐丸,参丸,そして死丸よ。お前たちの復活,そして記憶の共有を喜ばしく思う。お前たちは不滅の右眼をもつ魔術師と接触した。その経験を共有しよう」



 ドゥルジ・ナスは最後の一本,親指を自らの膣にあてがうと,ゆっくりと身体の中へと吸収していった。親指がぬるぬると奥深くへ挿入していくとドゥルジ・ナスの表情が緩み,だらしくなく涎を垂らした。



「これでお前たちの記憶,経験は私の一部となった。なるほど,不滅の右眼をもつ魔術師の戦い方も知ることができた。高速移動と圧倒的な物理的な破壊力か。実にシンプルだ。今回は毒による身体の崩壊,決して勝てぬ相手ではないな」



 吊るされたままの女たちは自らの力で落ちるようにチェーンから抜け,蟲で埋め尽くされた床に倒れるとそのまま蟲を吸収していった。


 四人のホムンクルスは床にうつ伏せになったまま両手を拡げ,蟲たちを抱き寄せるように身体に取り込んでいくとその身体を変形させていった。蟲を吸収していくうちに四つん這いになると,髪の毛に艶が出て,肌に色がさし,眼に光を宿し,ようやく立ち上がった。



「偉大なるドゥルジ・ナス様の名の下に,我々四人は復活いたしました。幾度となく魔術師たちに滅ぼされたこの身をこうやって甦らせていただくことに感謝しております」



「よい。お前たちとこうして知識と経験を共有する度に私自身も強くなる。偉大なるドゥルジ・ナスの名の下に」



 四人のホムンクルスが完全復活すると,その容姿はいままで以上に妖艶で,近寄り難い姿となった。とくに壱丸は若さが加わり,他の三人よりも肌艶がよくなっていた。



「我々はもっと血が必要です。そしてドゥルジの蟲が必要です。この身を保つために,更なる強さを求めるために」



「そうだな。確かに新鮮な血も蟲も必要だな。お前たちのためにも補充してやらんとな。魔術師たちも待ってはくれないだろう,早急になんとかしよう」



「ありがとうございます。我々にできることがありましたら,なんなりと命じてください」



 壱丸は小ぶりだが張りのある胸と尻を強調するかのような艶かしいスタイルで,美しさと愛らしさを兼ね備えた微笑みを見せた。



「なかなかよい出来栄えだ。弐丸,参丸,死丸にもこの美しさを得られるだけの餌を用意してやる。壱丸,お前の身体の持ち主は特定の男に怨みがあるそうだ。まずはそいつと,そいつにかかわりのあるすべての人間を喰らうといい」



「かしこまりました。この者の記憶を共有いたします」



 壱丸は三人に視線を送ると,順番に唇を重ね,粘液とともに唇を溶かし蟲を送った。それぞれ唾液を吸うかのように音をたてながら,壱丸の身体から溢れ出す蟲を一匹残らず舌を絡めて受け入れた。


 弐丸と参丸は瞳の色が壱丸と同じ琥珀色に変化し,死丸は緑色の瞳のまま壱丸と同じ艶のある黒髪へと変化した。


 大量の蟲を三人に与えた壱丸は,大きく深呼吸をしてから口元に蠢く蟲を噛み潰し,喉を鳴らして飲み込むと虚な瞳をドゥルジ・ナスに向けた。



「では行くがよい。お前たちの血となり肉となる餌を喰らってくるんだ。このあたりを彷徨く魔術師たちに気をつけろ」



 壱丸は深々と頭を下げると,三人を見て頷いた。湿った床を這いずり回る蟲たちが道を開けると,四人は音もなく滑るように暗闇へと消えていった。


 地下通路から排水溝に身体を落とすと,大量の蟲が腐った水面を覆い尽くした。小さな蟲の大群がそのまま下水とともに流れていくと,流れの弱くなった水溜まりで再び蟲が集まり四人の身体が再生された。


 黒く澱んだ悪臭のなかから四人の美女が現れると,そのまま教団施設の入口へと進んだ。


 濡れた身体が艶かしく,スタイルのよさが際立っていた。歩くたびに膣から蟲がこぼれ落ち,まだまだ蟲が身体に定着していないことがわかった。



「足りぬ。全然足りぬ」



 施設の入口にはここ数日の襲撃に備えて警備にあたる若い黒法衣が二人,あたりを警戒していた。手にはまだ新しさの残る聖書を持ち,幼さの残る顔には訓練の成果か大きな傷跡がいくつも残っていた。


 そんな二人の前に突然現れた下水まみれの美女集団を見て,驚きつつも慌てて施設の中に入ろうとしたが,背中を見せたときには既に目に見えないほど細い糸によって首が切断されていた。


 首を落とされた二人の聖書が床に落ちると,ホムンクルスたちは当たり前のようにそれを自身の身体へと吸収した。



「まだ足りぬ。魔術師たちに会う前にもっと補充しておかないと。まだまだ我々の身体は満たされていない。お前たちは餌として我々の血肉となれ」



 施設には黒法衣が十四人いたが,全員自分たちが殺されたことに気づく前に首を落とされ,ホムンクルスによって血と体液を吸い取られた。



「悪くない。黒法衣たちの血肉で我々も安定してきた。悪くない。だが,一人四人程度の吸収ではまだ足りぬ」



 ホムンクルスは誰もいなくなった施設を見てまわると,自分たちを苦しめた薬が大量におかれていることに気がついた。



「こいつらはなぜこの薬を……? 我々に対する明確な敵意か? なんのためにこいつらはこの薬を常備してる?」



 薬が入った袋を手に取り中身を確認すると,どれも新しいものばかりで教団が開発したものではなく製薬会社の名前が入っていることに首を傾げた。



「なるほど,自分たちで開発したものではない薬にドゥルジの蟲を殺す効果を見つけたのか。忌々しい人間どもめ。行くぞ」



 施設内の階段を上がっていくと,地下鉄の線路に出た。随分と昔に使用されていた通路の残骸で,鉄道関係者ですら忘れてるいような場所からさらに上へと伸びる階段を使い地上に出ることができた。


 外は暗く,多くの店はシャッターを下ろし街に人の気配はなかったが,時折り車のヘッドライトが四人のシルエットを映したが誰もホムンクルスに気づく者はいなかった。


 闇夜に溶け込むとその姿は影に紛れ,静かに移動した。月明かりが影を濃くし,建物と建物の間に闇が拡がると四人のスピードは驚くほど増していった。


 街から少し離れた場所にある,すべてが人工的な緑に囲まれた公園に出ると,木々の間から四人が姿を現した。



「十六階だ。そこにいる」



 引き締まったしなやかな脚が交差し,小さな張りのある尻が左右に振れた。


 壱丸を先頭にマンションの壁を一気に這い上がると,灯りの消えた一室を覗き込むように窓に張り付いた。



「ここだ」



 窓に手を当て,ゆっくりと撫でるように触れるとてのひらから出る液体が分厚いガラスを静かに溶かした。


 拳ほどの穴が開くと,四人はそこから中へと入っていった。部屋の中は規則正しい機械音が静かに鳴り,足下の間接照明が部屋全体を蒼白くした。


 やけに広いリビング・キッチンを見回すと,住人の趣味であろう木の塊のような観葉植物と大きな水槽で泳ぐアロアナが部屋を不思議な雰囲気にしていた。


 几帳面に整理されたキッチンを通り過ぎ,細い廊下に出ると,右手にある寝室から人の存在が感じられた。死丸はそのまま真っ直ぐ別の部屋を覗き込み,部屋の隅々を確認した。


 壱丸が静かにドアノブを回し,ゆっくりとドアを開けると薄暗い部屋の中心にある大きなベッドの上で年配の男を挟むように若い女が二人,静かに寝息をかいていた。


 三人とも全裸で,シーツを抱きしめるようにして寝ている女は明らかに若く子供のようにも見えた。


 弐丸と参丸がベッドの両端に立つと,大きく口を開けて喉の奥から細い糸を垂らした。糸は涎のようにも見えたが,うねうねと動き,寝ている女の首に先端を当てて味見をしてから,ゆっくりと体内へと挿入していった。


 寝息を立てていた女たちは,弐丸と参丸に体液を吸われ,あっという間に干からびてミイラのように変わり果てた。


 壱丸は寝ている男を糸で拘束すると,ふわりとベッドに飛び乗り,全裸で寝ている男の股間を踏みつけた。



「なんだ!?」



 男が寝ぼけて飛び起きると,糸が肌に食い込み肌を斬り裂いた。



「なんだ!? なに? どうなってんの?」



 痛みよりも驚きが増していたため,自分の身体が糸によって斬り裂かれていることに気がつかなかった。



「え? 誰?」



 壱丸が男を覗き込むと,その容姿がぐにゃりと変形し,最初の身体の持ち主の顔になった。



「ひっ……」



 男が驚いて声をあげたが,そこで初めて自分が拘束されていることに気づき左右を見て他にも人がいることを知った。



「なんで,なんでお前が……」



「復讐。復讐にきたの」



「ふざけんな! なにが復讐だ! お前は裁判所から俺に近寄らないって命令が出でるだろ! 変態ストーカーが!」



「なんで私の気持ちを受け取ってくれないの? あんなに優しかったじゃない。私,なんでもしたよ? あなたのためにあなたの周りにいたうるさい女たちを排除したよ。いまもあなたのお金と地位を利用しようとしてる女たちを排除したし」



 男を挟むようにして寝ていた女の子たちがミイラのように干からびているのを見て,恐怖から失禁した。身動きがとれない腕を必死に動かそうとしたが,糸が肌に食い込み血が滲んだ。



「なんなんだよ!? この子たちは関係ないだろ!? ネットで出会っただけの高校生だぞ。たんに小遣いが欲しいだけの!」



「私のこともそんなふうに言ってたのかしら? あなたのためになんでもしたのに。あなたが望むものはなんでも与えたのに」



「ふざけるな! なんなんだ!? 仲間を引き連れてなにが復讐だ!」



「あなたのためなの。私を拒否したあなたにお仕置きをしなくちゃいけないの。私を捨てたあなたに復讐をしなくちゃいけないの」



「警察! 警察を呼ぶぞ!」



「あら? どうやって?」



 男は力一杯叫び声をあげ,助けを求めた。喉が千切れるほど悲鳴のような叫び声を上げたがその声を聞く者はすでにマンションの同じフロアにはいなかった。



「あなたの声を聞きたいって思う人は,この世には私以外いないの。あ,この世じゃなくて,あの世にいる私だけね。この部屋の上下左右,どこの部屋にも住人はいないのよ」



「なに……言ってんだ? お前?」



「だって,死丸が全員食べちゃったんですもの」



「な……なんなんだ? お前たちはなんなんだ? 俺がなにをしたっていうんだ? その女は頭がおかしいんだよ! お前たちも頭がおかしい仲間か!?」



「弐丸,参丸,心配しないでね。このマンションにはまだほかにも餌がいっぱいいるから。私たちがここで楽しんでいる間,好きにしてきなさい」



「ふざけんな!」



「ふふ……あなただけは簡単に殺さない。だって復讐のためにこの身を捧げたんですもの。地下の祠でお願いしたんですもの。神様はいるのよ。私の願いをこうして叶えてくれた。嬉しいぃぃぃぃぃぃ」



「ふざけんな! 犯罪だぞ! 不法侵入だぞ! 変態ストーカーが!」



「あなたは私を愛してるって言ってくれた。一人ぼっちだった私を可愛いって言ってくれた。あなたは私を女としてみてくれた。あなたは私を大切だって言ってくれた」



「な…………」



「だから許さない。私を捨てたあなたを絶対に許さないぃぃ!!」



「ちょ……お前,頭おかしいって! 俺はお前のことなんてよく知らないし,愛してるだの,可愛いだの言ったことなんてないぞ!」



「ふざけんな! いつもどんなに混んでいても必ず私のレジに来てただろ! 私がテンパってるときに優しい笑顔を送ってくれただろ!」



「頭おかしいだろ! いい加減にしろよ! 俺はお前なんてよく知らないし,ただのコンビニ店員だろ! 裁判所からの命令だってあるだろ!」



「もういい……あんたなんか,もうどうでもいい……こんなに愛してるのに」



「な……なに言ってんだよ……」



「もう,どうでもいい……」



「なんなんだよ……」



「ただのコンビニ店員じゃないし……」



 女の顔が醜く歪むと,頬のあたりから壱丸の顔が浮き出て琥珀色の瞳が拘束された男を見下した。



「お喋りはもう終わりだ,さっさとこいつに復讐をしなさい」



「でも……まだ……」



 女が悲しそうな表情をした瞬間,壱丸の膣から大量の蟲が湧き出し男の下腹部を真っ黒に覆った。


 蟲はうねうねと蠢きながら尿道と肛門から男の体内へと入り込み,内臓を喰い荒らした。腸を食い破り全身へと拡がると肌が盛り上がった。意識を残したまま蟲に食い荒らされ,悲鳴をあげ続ける男を見て女は涙を流した。



「お前の願いは果たした。闇に眠れ」



 女の悲鳴が部屋に響いたが,徐々に壱丸の顔が元に戻ると,泣き喚いていた女の顔が跡形もなく消え去っていた。



「さて,こいつもいただこうか」



 口から泡を吹いて痙攣している男の首に細い糸を刺すと,一気に血と体液を吸い取った。ベッドにはおかしな向きに変形し,干からびた男の身体が横たわっていたが,皮膚を食い破りながら蟲が溢れ出すと,壱丸は蟲を回収するかのように再び膣から吸収していった。



「そろそろだな。ようやく元に戻ったくらいだな。あとはこの身体を完全に慣らしたら前と同じように動ける。いや,ドゥルジの蟲も前よりも強くなってる。もっと動けるはずだ」



 壱丸が自らの身体を撫でるように触っていると,弐丸,参丸が音もなく現れ,三人で身体を触れ合い交互に唇を重ね,舌を絡め合った。


 お互いの唾液が別々に殺し吸収した人間の知識と能力を共有し,それぞれの能力が均等になるよう分け与えた。


 三人が横になり,お互いの唇と膣を貪りついていると,後から現れた死丸も混ざり合い,四人でお互いの粘膜を舐め合い,擦り合わせた。


 お互いの唇と膣から蟲が行き来し,大量の汁が四人を包み込んだ。あちこちから糸を引き,くちゅくちゅと音を立てながら粘膜が拡がっていくと,四人の髪に艶が増し,肌の張りが出て,瞳の色が鮮やかになった。



「なかなかよいできだ。マンション一棟分の人間でここまで身体も知識も満たされるとは。欲を言えば,魔術師の血肉も欲しいところだが,それは教団のやつらで補おう」



 まだ暗い夜道を四人の姿が月明かりに照らされたが,その姿に気づく者はおらず,時折り寝ていた猫が警戒して尻尾を太くする程度だった。


 ゆらゆらと動く影は闇夜に同化すると,排水溝へときえてゆき,地下深くにある地下通路へと流れていった。


 蟲たちは散り散りになったかと思えば,一つの大きな塊になり,その姿を変えながら下水と混じり合い最終的に澱んだ水溜りで四人のホムンクルスとしてその姿を現した。



「ドゥルジ・ナスの地下通路へ戻るぞ。途中に教団の施設があれば,そこにいる法衣を吸収する。やつらの能力で完全復活となるだろう」



 四人が進む進路を蟲たちが示すかのように壁を覆い尽くし,四人の姿が真っ暗な地下通路を華やかにした。


 しばらく進むと微かな灯りが見え,その周りに蟲が集っていた。ゆっくりと進む四人の周りを羽蟲が飛び交い,中の様子を教えてくれた。



「よし,検問所だ。中にいる八人で十分な餌となる。油断だけはするな,まだ使い慣れていない身体だ」



 壱丸が振り返り三人を見ると,その視線を受けて死丸が一歩前に出た。



「試したいことがある」



 そういうと,検問所から少し離れた場所まで移動し,死丸が先頭に立って両手を大きく拡げた。脇の下から粘液のような糸を引く汁が垂れると,細いチェーンのような糸が地下通路にびっしりと蜘蛛の巣状に張り巡らせた。


 糸から汁が垂れだすと甘い香りが周囲に漂い,大量の蟲が集まってきたが,死丸も自身の身体から蟲を出すと糸を伝わらせて蜘蛛の巣の中心へと進めた。


 蜘蛛の巣の中心にいる蟲が身体を激しく痙攣させると,集まってきた蟲たちが一斉に砕け散り,粉状になった蟲が霧状になって地下通路に充満した。



「このまま続ける」



 甘い臭いが強くなると,さらに蟲が集まり砕けて霧が濃くなった。地下通路が灰色の霧で覆われると,検問所のなかにいた法衣たちは外の様子に気づくことなく,知らないうちに拡まった霧を吸い込んで意識を失った。



「密閉された環境であれば効果はある。ただ,集まった蟲によってその効果が変わるし使い方も変わる」



「確かにそうだな」



 四人は検問所に入ると,床や机で倒れている法衣たちを確認し,それぞれの首から血と体液を吸い取った。


 法衣たちは皆若く,全員が十代であったがホムンクルスに体液を吸われて老人のような容姿に変わっていった。



「戻るぞ,ドゥルジのもとへ。そして魔術師への報復に備える。オリジナルである松本仁への対策はできているが,問題はオリジンのウン・シュテルプリヒカイトた。やつに関しては未知すぎる」



 ホムンクルスは再生された自分たちの身体をお互いに確かめると,再び地下通路の闇に姿を溶け込ませた。

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