闇夜の魔女

 空が茜色あかねいろに染まり,夕陽の向こう側から紫色の空がゆっくりと世界を覆いつくそうとしていた。黄昏たそがれがゆっくりとこの世とあの世を入れ替えようとするとき,真弓の意識もゆっくりと混ざり合い入れ替わっていった。


 月の見えない真っ暗で不快なほど蒸し暑い空気に満たされた夜の街は,真弓を一際美しく魅せた。どうやってここまで来たのかもわからないまま朦朧とし,異常に敏感になった身体を守るように身を小さくして歩いていた。


 ほんの数時間前にマッチングアプリで知り合った男に会うために,指定された喫茶店に向かったところまでは覚えていた。松本仁という名前と冷たい視線だけが記憶に残り,そこでなにがあったのかは思い出せないがその男が真弓の身体のに激しく触れた感覚は残っていた。


 男と会ったら上司に報告することになっていたが,なにを報告したらよいのかもわからず,異常に敏感になった身体を不安に思いながら夜の街を彷徨った。


 酷く疲れて重たい身体は,一度に複数の男たちの相手をさせられたときの何倍もの疲れを感じ,全身が気怠かった。



「全然……思い出せない……。でも,この身体の感覚……全身を,身体の中を何かが這い回るようなこの感覚……」



 風が吹くだけで肌が性的な刺激を受けたかのように反応した。髪の毛が風になびく度に頭皮から電流が全身に駆け巡り,道の真ん中で何度も絶頂を迎え全身から力が抜けたてその場に座り込んだ。


 真弓の異変をすれ違う男たちは敏感に察し,悶え苦しむ真弓の姿を見て欲情した。大人たちは我慢しつつ真弓をやり過ごしたが,四人組の若者が真弓とすれ違った瞬間,男のたちは足を止め一斉に振り返り真弓を凝視した。



「おい……あの女,なんか変だぞ。やけにエロくねぇか……」



 男の一人がそう言うと,仲間たちも真弓を見た瞬間に湧き出した異様な欲望に戸惑った。四人とも全身に電流が流れたかのような刺激に困惑しながらも,目の前の真弓から視線を外せなかった。



「なんだ……あの女。くっそエロイな」



「マジかよ……声掛けようぜ」



「声掛けるとか面倒臭いことしてねぇで,拉致らちっちまおうぜ。あの女,絶対誘ってるって。絶対,男を挑発してるって」



 街灯に照らされた真弓からは異様なフェロモンが発せられ,辺りの男たちの欲望を無差別に掻き立てた。真弓が歩いた地面には股から垂れた汁が跡をつくり,それが男たちを引き寄せているかのようだった。


 四人組は真弓のすぐ後ろにつき,ふらふらと苦しそうに歩く背中をいまにも抱き抱えそうな勢いで距離を詰めていった。



「おい……もう我慢できねぇよ。拉致さらっちまおうぜ……。この女,絶対誘ってるって」



 真弓の頭の中では仁の前で何度も絶頂を迎え,それでも許されることなく責め続けられている自分の姿でいっぱいになっていたが,同時に経験したことのない快楽に堕ちていく恐怖に襲われた。



『怖い……怖いよ……なんなの……あの眼……』



 仁の冷たい視線が身体の内側から全身に拡がり,血液が泡立ち,心臓が張り裂けてしまうのではないかと感じるくらい激しい痛みと快楽が何度も押し寄せた。



『なに……怖いよ……あの眼で見つめられたら……』



 次の瞬間,ゆっくりと見知らぬ男に腕を掴まれ,引っ張られていく自分の姿を他人事のように見ていた。正確には腕を引っ張られた瞬間に,自分の身体からもう一人の自分が抜け出て行くような不思議な感覚だった。



「え……?」



 男に腕を掴まれた瞬間から,仁の視線から開放され,心の奥底から湧き出る興奮が真弓の性欲を高めていった。真っ白な腕が見知らぬ男に引かれていくのを見ていると,不安は徐々に消え去り,同時に期待に似た感情と人を殺したいという感情が真弓を満たしていった。



『そう……そうだった。もう,戻れないんだった……あの人に会ったときから,あの眼を見た瞬間から,こうなるって……心のどこかで理解していた……』



「「そうよ,大丈夫。私たちはこれから覚醒して統合するの……全部あの方の思惑通りに違いない」」



「「覚醒……? 統合……? 私たちはどうしたらいい……? 誰? ねぇ,どうすればいいの?」」



 昼間は子供たちの声で賑わう公園の茂みの中で,真弓は男たちに代わる代わる犯された。緊急事態宣言のせいで,夜に外出している人はほとんど居らず、公園の近くを通る人影は皆無だった。


 洋服は乱暴に引き裂かれて植え込みに放り込まれ,露わになった真っ白な肌が汗と土と草で汚れ,繰り返し男たちの精をすべての穴で受け入れた。


 大きな胸と乱れる髪の毛が男たちを興奮させ,焦点の合わない視線が勘違いさせた。真弓の意識は虚ろで,自分が犯されているのが他人事のように感じ性欲は殺人欲に代わっていた。



「ほら! この女,感じまくってるぜ! 抵抗もしないし,泣き叫ぶこともない! さっきからずっと喘いでるじゃねえか! 自分から腰使ってるしよ!」



 真弓が犯されている様子をスマホで撮影しながら,男たちは嬉しそうに真弓を乱暴に扱った。


 激しい痛みが真弓の身体をさらに敏感にさせ,抗うことのできない快楽が全身を貫き,同時に遥か昔に同じような経験をした記憶がフラッシュバックのように蘇った。


 身体を押さえつけられ,男たちに犯されている間もずっとどこかで仁の視線が真弓を支配しているような気がし,仁から男たちを殺す許可が出るのを待った。



「「ああ……私は悪い子です……だから,このような罰を私に与えているのですね……」」



「「ふふ……これは罰ではないわ……忌わしい記憶とともにあなたは覚醒するの……そして私と統合するのよ……」」



「「え? これは事実なの? 覚醒? 統合? なに? なに言ってるの? 私は私じゃなくなるの? こいつら殺していいの? こいつらを喰っていいの? ねぇ,答えて」」



 湧き上がる欲望と殺意が理解できず,心の中で何度も問いかけた。激しく犯されている間,背中が地面に擦れ,血が滲んでも痛みは感じず,胸を乱暴に鷲掴みにされながら身体の内側から湧き出る快楽と底の見えない闇に堕ちていく恐怖と快楽が真弓を呑み込んでいった。


 男たちも普段であればとっくに満足しているだけの射精をしていたが,異常な興奮は収まらず,全身に精子を浴びせられ,土と草で汚れた真弓の身体をひたすら求め続けた。



「やべぇよ,この女。最高じゃん!」



「なんだよ! 止まらねぇよ!」



 何本もの陰茎を咥えさせられた顎に激痛が走り,粘膜が焼けるようにただれていく感覚が真弓を興奮させた。男たちも経験したことのない射精回数と粘膜が爛れ血が滲んでいることに疑問と不安を感じながらひたすら腰を振り続けた。



「なぁ,ちょっとヤバくねぇか……」



 一人の男がそう言った時には,男たちの股間から流れ出す大量の血で辺り一体が黒く染められていた。



「なんなんだよ……どうなってんだよ……おかしいだろ,これ……」



 苦痛に悶え苦しむ男の上で激しく腰を振り続ける真弓の姿に男たちが恐怖を感じ始めると,真弓の欲望が激しく高鳴り,出血する粘膜を音を立てて激しく擦り合わせた。


 大量の血が流れ,男たちの悲鳴が聞こえる度に仁の冷たい視線が真弓の心を満たし,さらに男たちを激しく責め続けた。



「助けて……俺たちが悪かった……もう許して……謝るから……謝罪する……金……金も払う……許して……」



 泣きながら必死に訴える男の表情を見た瞬間,真弓は腰を滑らせ血塗ちまみれになった下半身の動きをようやく止めた。その目には異様な光が宿り,いままで感じていた痛みや恐怖は消え去っていた。



「「あ……ねぇねぇ。これをあんたの上司に報告したら喜んでくれるんじゃない?」」



 笑顔でそう言うと,意識を失って血塗れで倒れている男たちを見た。だらしなく露出した陰茎は擦り切れて血で真っ黒になり,根本から千切れそうになっていた。



「「ねぇ,こいつら殺していい?」」



「「あら,それはダメね。それよりも役に立つように従者として飼うわ」」



「「従者?」」



「「そう。サキュバスの血肉を分け与えられた人間は従者になれるの。まぁ,私たちがこいつらを殺せばそれまでだけど」」



 血だらけで倒れる醜い男たちの姿の向こうに見える植え込みの上に放り投げられた千切れた洋服が綺麗に見えた。



「「もう終わり? 若いのに? こんなのが最後でよいのかしらねぇ?」」



 ゆっくりと立ち上がり,辺りを見回した。灯りの届かない公園の茂みの中で倒れる四人の男たちは,ほぼ全裸で全員が酷く汚れて貧相だった。


 土や草で汚れている真弓の真っ白な肌が薄らと妖艶な輝きを放ち,犯されていたとは思えないほど美しく見えた。植え込みから千切れた洋服を取り,適当に身に纏うと,男たちの財布とスマホを回収した。



「「女の子を勝手に撮影したらダメだって知らないの? 替わりに,あなたたちのお友達にいまのこの姿を送ってあげるね」」



 真弓と同じ機種のスマホを見つけると,慣れた手つきで起動してから倒れている男の指で指紋認証を行った。真っ黒な画面が明るく光り,おそらく男の彼女であろう幼さの残る女の子とのツーショットが画面に映し出された。



「「あらあら。こんな可愛い子がいるのに……お別れね」」



 顎の痛みで笑顔が歪み,手慣れた操作でカメラを起動すると,男たちのだらしのない姿を撮してまわった。血だらけの下半身と顔が入るように撮影し,画像を適当に送りつけてから男のSNSにも貼り付けた。



「「ふふ,バズるといいね。世界中にあなたたちのだらしのない姿が一生残るの。輪姦レイプ犯としてじゃないだけ感謝してね」」



 財布から免許証と学生証,そして洋服をダメにした分といって適当に現金を抜き取った。意識を失い倒れている男たちの側に財布を投げ捨てると,全員のスマホを持ったままその場を後にした。


 街灯に照らされた真弓の姿は妖艶で,その場だけ明らかに周りと空気が違っていた。身体についた汚れを気にすることなく,気怠そうに脚を引き摺りながら歩いた。



「「ねぇ……これから,どうすればいいの……私はどうなっちゃうの……」」



 歩きながら自分の中の声とやり取りをしていることに戸惑い,心の中で会話をしている感覚が真弓を混乱させた。そして同時に,セックスに対する感覚が麻痺し,快楽よりも殺意が増していることに気がついた。



「「ねぇ,私,もうセックスから快楽を得られないの……? 男たちに輪姦わされている間,なにも感じなかったんだけど……」」



 今までは,ただ単に快楽を求めるためだけの行為だったはずのセックスが,四人を相手にしたときにはまったく感じられていないことが不思議だった。


 むしろ男たちの精を受けるたびに不快感に襲われ,同時に異様な食欲と殺人欲が満たされたかのような満足感を得ていた。



「「ねぇ,あなた,もっと殺したいんじゃない……? 足りないんじゃない……? 満たされていないんじゃない……?」」



「「うん……満たされない……もっと人間を殺したい……でも,同時に怖さもある……。これからどうなっちゃうの?」」



 徐々に真弓の欲望がゆっくりと精神を一つに統合し始めていた。男を欲しながらもセックスから快楽を得られない困惑が徐々に薄れてゆき,ただ単純に食欲に似た欲望と殺される恐怖に怯える男たちを見たいという気持ちが強くなっていつた。



「「ねぇ,私はどうなっちゃうの?」」



「「大丈夫。あなたはあなただから。いままでも,そしてこれからも」」



「「私は私? あなたは誰?」」



「「私はあなた。あなたは私よ。いまはまだバラバラだけど。こうしてお互いを認識できるようになった。私たちはオリジナルに感謝しなくちゃいけないの」」



「「オリジナル? あのマッチングアプリの人のこと?」」



「「そうよ。私たちの主人あるじよ。いまは松本仁という名前のお方」」



「「主人……?」」



「「そう,私たちの主人。偉大なるいにしえのインキュバスの生き残りであり,オリジナルよ」」



 夜の街を闇に溶け込みながら,その姿を人目につかないように移動した。闇の者が生きる常世とこよと人が生きる現世うつしよの境目は,仁のようなインキュバスであっても自由に行き来できる世界ではなかった。


 そこを無意識に移動する真弓の能力は異質であったが,すれ違うすべての人間が真弓の存在に気がつかない状況に真弓自身が酷く戸惑っていた。



「「今夜はゆっくりお休み。明日からはまたあなたは上司に抱かれ,上司の指示でほかの男たちの相手をするのよ。そうね,殺してもいいわ。私たちの能力で,もっと権力のある者を従わせればいいだけ。私たちは最悪の不快感と最高の満足感を同時に味わうの。これからは,そうやって空腹を満たすのよ」」



 誰にも見られることなくマンションに戻っていたが,戻って来るまでの間,まるですべてがスローモーションのような感覚で,不自然な時間の経過ながれに身体が耐えられず全身の関節と筋肉が酷く痛んだ。


 時計を見るとまだ二十時を回ったところで,驚くほど時間が経っていないことに困惑し,今日一日の時間の感覚が完全に狂っていることに動揺が抑えられなかった。


 それでも汚れた身体を洗い流すために,やけに重たい身体を引き摺りシャワーを浴びた。勢いよく出る熱いお湯が全身に傷があることを教えてくれ,乳首や股にお湯が当たるたびに火傷のような耐え難い痛みが真弓を襲った。



「痛っ……やっぱり全部,現実……? 男たちに輪姦レイプされたことも……? 頭の中の声と会話したことも……? あの仁って人に会ったことも?」



 全身の痛みに耐えながらシャワーを終え,髪の毛をタオルで包み込みながら脱衣室の鏡を見た。鏡の中の自分は酷くやつれ,右眼が真っ黒く変色していた。



「なに,これ? どうゆうこと?」



 化粧落としで目の周りを何度も拭いたが,なにも変わることなく鏡の中の自分は相変わらず不健康そうに目の周りを真っ黒に変色させていた。


 濡れた床が歪んで見え,鏡の中の自分もゆっくりと回転し始めた。貧血のような眩暈に襲われ,立っていられないと思った瞬間,視界に入った磨き込まれた革靴の先を見つめながら,崩れ落ちるように倒れて意識を失った。



「え……土足……?」



「こんな格好で倒れていると,風邪をひきますよ」



 峻は,まだ濡れた髪がタオルに包まれたままの真弓をそっと抱き上げ,何重にもタオルの敷かれた飾り気のないベッドの上に移動させ丁寧に全身を拭いた。



「髪の毛を乾かしておきますので,そのままゆっくりお休みになってください」



 丁寧な口調でドライヤーを使って濡れ髪を乾かすと,敷き詰めたタオルをどかして真弓をベッドのなかに入れ,そのまま玄関から静かに出ていった。


 峻の姿は防犯カメラに捕らえられることなく,まるでそこに存在しないかのように,それでいて堂々とエレベーターを使い,エントランスを通ってマンションの外へと出て行った。


 途中で腕に残る真弓の温もりに違和感を感じ,説明のつかない不安に襲われた。これまでサキュバスと直接かかわったことはなかったが,真弓からはすでにその異質な感覚が滲み出て,手に不快な痕跡を残していた。



「驚くほど覚醒のスピードが速いですね。仁様が見込んだだけはあるが,仁様が送り込んだが既に消えつつある。あれじゃサキュバスになる前に精神が崩壊してただのグロテスクな淫獣に堕ちかねない。それと室内で土足はまずかったな」



手に残る真弓が残した違和感に不安を感じつつも,どうやって常世と現世の境目を行き来したのか,微かな痕跡を頼りにその経路を辿った。


 建物の間をすり抜けたかと思うと,大通りを渡り民家の庭を横切り,闇から闇へと移動するその痕跡はすでに人のものではなかった。



「人でありながら,すでに彼岸ひがん此岸しがんの狭間,魑魅魍魎ちみもうりょうの住む世界に片脚を踏み入れているとは。仁様がサキュバスに選んだだけのことはあるが,やはりこのままでは淫獣堕ちするな……」



 月明かりさえない暗闇のなかを異臭を頼りにゆっくりと真弓の痕跡を追った。そして公園まで来ると,茂みの中から不快な臭いが辺りを覆い尽くしていて,峻はハンカチで鼻を覆って辺りを見回した。あの世の不浄ふじょうの者が発するその異臭は,真弓がもつ臭いと混ざり合い,近くの動物を遠ざけていた。


 茂みの中に脚を入れると,辺りの空気がほんの僅かだが峻を避けるように薄まった。ほぼ全裸で血塗れになって倒れている四人の若者が微かに息をしていることを確認すると,腐敗臭のする身体の上から服を被せベンチへと移動させた。



「それにしてもけがらわしい悪臭に包まれてるな。あの女の異臭以外に,この腐敗臭とは。本当にあれがサキュバスになれるのだろうか。仁様の言う覚醒と統合がうまくいけば問題ないのだろうか」



 真っ白な顔の男たちは全員目の周りが黒ずみ,呼吸からは真弓の臭いが微かにした。股間からは腐った肉のような異臭を発し,自分たちの犯した罪の重さを後悔させるには十分なほど醜く変形していた。



「ふふ……既に従者までとは。まったくもって面白い。なるほど,仁様のにおいが薄れ,汚らわしい獣臭けものしゅうが漂っていたわけだ。ふふ……これは仁様も予想していなかっただろう」



 だらしなくベンチで意識を失っている男たちは,応えることもなく静かに心臓の動きを止めた。



「こんな月のない夜にお前たちは魅入られてはならない者に捕まった。同情してやろう。これからはけがらわしい闇の従者としてその腐った身体が消滅するまで,お前たちの醜い主人に尽くすがいい。下品な喪屍ゾンビとして」



 男が静かに姿を消すと,公園に残された四人の喪屍おとこたちもいつのまにかいなくなっていた。残されたベンチは真っ黒に汚れ,所々腐り,まるで数十年も前から放置されたよつな状態になっていた。

ベッドの中で真弓は酷くうなされ,大粒の汗と涙を流していた。夢のなかで全身を焼かれる痛みと恐怖が真弓を襲い,焼けた鉄の棒が股の間から喉までを貫いても意識はしっかりとしていた。


 業火に包まれ悲鳴を上げることも許されないまま,大勢の前で見世物のように焼かれ死んでいった多くのサキュバスとインキュバスの思念が身体を埋め尽くした。


 六百年前とうじ,魔女狩りが全盛期だったこともあり,大勢の人間と一緒に魔術師たちも焼かれ大勢の前で殺されていった。


 実際に魔術師と呼ばれた者はほんの一握りで,残酷に殺されたのはほとんどがなんの罪もない善良な人間だった。権力争いや隣人トラブル,いまでいう復讐に魔女狩りが利用されていた。


 人々はお互いを陥れるためになんの罪もない相手を魔女だと騒ぎ立て,勝手に魔女裁判を行いそれらしい理由をつけて殺し合った。


 夢のなかで憎しみ,恐怖,恨み,恐れ,不安,怒りといった感情が真弓を飲み込み,終わりのない拷問にかけているようだった。


 助けのない感情の渦に飲み込まれ,どこまでも堕ちていくのを黙って受け入れるしかなかった。


 子供の前で焼かれる母親の悲痛も,愛する妻が焼けた鉄の棒で串刺しにされる恐怖と怒りも,最愛の子供を魔術師だと罵られ業火に焼かれてなにもできない喪失感そうしつかんも,すべてが一気に真弓のなかに流れ込んだ。


 苦痛に歪み,助けを求めて手を伸ばすと,目の前に見覚えのある男が立っていた。悶え苦しむ真弓を見下ろすように立っていた男は,ゆっくりと片膝をつくと真弓の顔を覗き込み満足そうな笑顔を見せた。



「だ……誰。助けて……お願いだから……」



 やがて太陽が暗闇を薄め始めると,真弓の苦痛も和らいでいった。カーテンの向こう側が明るくなり,空が白み始めると真弓は苦痛から解放された。



「助けて……」



「お前が見たその光景は俺が見たものだ。そして焼かれ死んでいく者たちは全員人間だ。そこに魔術師はいない」



「え……なに? どうゆうこと……?」



「…………」



 目覚めと同時にびっしょりと濡れた身体に驚かれされた。夢のことはなに一つ記憶になく,なぜこれほど寝汗をかいているのかも理解でになかった。


 疲れた身体を引き摺り,シャワーを浴びると全身の傷が昨夜のことを思い出させた。いつもは上司が管理して大勢の男たちに輪姦まわされていたが,昨夜は完全に見知らぬ男たちに無理矢理犯された。


 そこには恐怖も快楽もなく,なにが起こっていたのかさえわからず,自分の身体を貪るように求める男たちの顔を黙って見ていた。


 記憶の断片に業火のなかで険しい表情で見つめる仁が浮かび,頭のなかでもう一人の自分の声が響き渡った。業火のなかで,いくつかの感情をまとめて統合しなくてはならないという仁の言葉が頭の中で繰り返し現れては消えた。



「私……どうしちゃったんだろう……」



 フラフラとリビングに行くと,テーブルの上に複数の学生証とスマホが無造作に置かれているのが目に入った。



「あ……本当にどうしよ……。なんでこんなの持ってきちゃったんだろ……」



 気怠い身体を引き摺るように仕事の準備をするためにPCを立ち上げた。会社は研究職を除くほぼ全員がテレワークで,毎朝Webでの朝礼を行ってからそれぞれの部署で一日の業務内容の共有と報告をした。


 Web朝礼では上司の姿も見え,普段と何一つ変わらない光景だった。真弓の目の周りも一日寝たらスッキリしていた。


 普段とは何も変わらない在宅での業務をこなし,定期的な連絡をして一日の業務を終えた。


 上司からは個人的な連絡が何度か来ていたが,返信する気力がなく既読にしたまま放置した。普段ならそんなことはしないのだが,今日はやけに上司のことが不快に感じていた。


 定時が過ぎ,終業の連絡が会社のサーバーに置かれた共有ページに順番にあがっていった。真弓が連絡を入れてしばらくしてから上司の素っ気ない連絡があがった。


 そしてその直後に真弓のスマホが鳴り,上司の名前を確認した。



「はい。お疲れ様です。いえ,ちょっと疲れていたもので。体調は大丈夫です。感染症にもなっていないと思います。はい。わかりました」



 いままでにない真弓の素っ気ない対応に上司が驚いていたが,これから一時間後にマンションに来ると言うと電話が切れた。緊急事態宣言中でも管理職の人間は週の半分以上は出勤しているため,会社帰りに真弓のマンションに寄るのが習慣になっていた。


 幼い頃から大学まで真面目に野球をやってきた上司は屈強な体格で,歳のわりに筋肉質だった。しかし,学生時代から続く酒と煙草のせいでお腹はでっぷりと肉がつき,口臭はドブのようだった。


 月のない真っ暗な夜が街を覆い尽くしても,街灯が昼間のように街を明るく照らした。しばらくして合鍵を持つ上司が当たり前のようにマンションにやってくると,まっすぐキッチンに行き冷蔵庫から缶ビールを取り出した。


 醜く突き出した腹がやけに強調されたタイトなシャツの胸元を緩め,その場で二口,三口と喉を鳴らしてビールを飲むと,汗臭いシャツをだらしなくズボンから出してソファに座った。



「今日は全然返事がなかったけど,どうかしたのか? 体調は大丈夫か?」



 心配そうに真弓を見るその目は穢らわしく,昨日男と会ってなにをしてきたのか早く聞きたくて仕方がない様子だった。


 真弓は面倒臭そうに昨夜のことを最初から丁寧に話すと,上司は喉を鳴らして異常な興奮をみせた。そして,テーブルの上に置かれた学生証を手に取り,興奮しながら一枚一枚ゆっくりと学生証を確認した。



「こいつらを使って,これから色々楽しめそうだな。若い学生たちを相手にして,お前もまんざらじゃなかったんだろ?」



 下品な視線を真弓に送ると,手招きをして近くに呼んだ。だらしなく出したシャツを捲り上げ,ズボンのベルトを外すと汗と脂臭いズボンをパンツと一緒に脱いで足元に放った。


 上司は学生証を見ながら満足そうに真弓を見て,黒い靴下を履いた脚を放り出した。



「ほら,靴下を脱がせ。そしたら一日頑張った俺を口で綺麗にするんだ」



 真弓は黙って跪くと,靴下を脱がしてから鼻をつく異臭を放つ陰茎を口に含んだ。舌を使い,絡めて頭を上下すると上司は脚を開き真弓の頭を掴んだ。



「こいつらのもしゃぶったんだろ? 若いやつのはよかったか? しゃぶりながら下も犯されたんだろ? なぁ,どいつが一番よかったんだ?」



 喉の奥を激しく突かれたが,真弓にとってはいつものことで慣れたように喉の奥で亀頭を締め付けた。



「こいつらのこと。思い出して興奮してんのか? 濡れてんだろ?」



 喉の奥を犯されながら頭の奥で黒法衣を纏った男たちに頭を押さえつけられている少女の記憶が蘇った。



「よし,もういい。四つん這いになってこっちにケツを向けろ」



 幼い身体を大きな木のテーブルに押さえつけ,下半身を露出して無理矢理犯すと血が床に広がった。黒法衣の男たちは真っ赤に焼けた鉄の棒を手に取り,押さえつけられた少女の股に突っ込んで,腸を焼き,胃から真っ黒になった棒が突き出た姿を見て大笑いした。死んだ少女の姿が頭に浮かび,黒法衣の男たちと真弓の目の前で脚を開いている上司がリンクした。


 真弓は黙って立ち上がり背を向けた瞬間,踵が鳩尾みぞおちにめり込み,力いっぱい蹴られた上司の身体は窓ガラスを突き破り四階の真弓の部屋からまっすぐアスファルトに転落した。



「「いい加減にしろよ。もうこれ以上利用価値のないあんたを生かす理由はない。男なんて全員死ねばいい」」



 鈍い音がした直後に茂みの中から四つの黒い影が飛び出したかと思うと,アスファルトに打ち付けられて脳を飛び散らかした上司の身体を闇に引き摺り込んでいった。


 アスファルトに飛び散った脳や臓器も真っ黒な陰が舐めるように綺麗にし,そこに遺体があった形跡を完全に消し去った。



「「てめぇみたいな脂の塊がいつまでも調子に乗ってんじゃねぇよ」」



 街灯の届かない闇の中で,あちこちが不自然な向きに曲げられた上司の身体をガリガリと骨を砕く音とクチャクチャと肉を咀嚼する音が静かに響き渡った。

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