魔女の遺伝子

 ほんの数年前までは夏休みといえば,どこの行楽地も賑わいを見せ,連日,海や山での事故のニュースがテレビから垂れ流されるのが日常だった。


 それが数百年ぶりに起こった世界的な感染症の流行とともに慢性的に緊急事態宣言が発令されるようになると,観光業界や飲食業界は客を失い,真綿で首を絞められるようにゆっくりと体力を消耗していった。


 いつの間にかニューノーマルという言葉がマスメディアによって洗脳を目的としているかのように繰り返し報じられ,これまでの常識が新しいものに入れ替わっていくのが当たり前といった風潮が世界中で拡がっていった。


 深夜 十二時を過ぎ,『closed』の小さなサインがドアに掛けられた薄暗い店内で,安い酎ハイで喉を潤しながら,乾き物を摘み,気の知れた常連客とマスク越しにやり取りをするのもすっかり当たり前になっていた。


 四十四歳を迎えた松本仁まつもとじんは,自称三十も歳上の美魔女といわれるママの政府に対する愚痴をカウンター越しに聞きながら,時折り魅せる妖艶な微笑みを肴に安酒を飲んだ。



「ほんと,炎天下のなか外で騒いでるあの連中に混ざって国に文句言いたいくらいよ。規制,規制って。客商売は大変なのよ。日焼けさえしなければ絶対参加するのに」



 仁自身,この変化に抗う気もなければ,炎天下のなかでプラカードを持って『マスク反対! ワクチン反対!』と大声で叫んでいる連中に同意もできず,心のなかでは彼らを冷ややかな目で見ていた。



「こんなクソ暑いなか,ママがあそこにいたら,一瞬でカラカラの干物になっちゃうよ。まぁ,ママは強いから死ぬことはないだろうけど」



 仁が政府の決めたことを無視して,自己責任という言い訳のもとにわがままを通していることといえば,こうして提供が禁止されてい時間帯に気の知れた仲間と酒を酌み交わすことだった。



「あら,仁ちゃん,干物みたいに見えて? 私ってこう見えて着痩せすんのよ。確かめてみてもいいわよ」



 そしてもう一つは,歪んでいるが生きていくために必要な,仁の欲望を満たすためにネットで女性を探し求めることだった。



「そうだね,俺が三百歳若かったら色々試してたと思うよ。ママが歳の割に男たちからモテるのはよく知ってるから」



 学生が夏休みの間はとくに仁の異常な欲望を満たしてくれる若い女の子が簡単に見つかるので,夏場は仁の欲望は常に満たされていた。



「ママみたいなのを美魔女っていうんだよね。ほんと,ママの歳って実際いくつなんだか,この店の客たちも誰もわからないと思うよ」



「褒めたってサービスないわよ」



「はいはい。俺はそろそろ帰って寝るよ。もうすぐ夜も明けるみたいだしね」



 仁は建て付けの悪いドアを開け,まだ暗い街に溶け込むように姿を消した。


 レースのカーテンから太陽の陽射しが射し込むテーブルに,アンティークカップに入ったコーヒーが置かれていた。


 古い喫茶店は仁が一日中過ごす場所でもあり,ここが女の子との出会いの場でもあった。まだ朝の早い時間帯にもかかわらず,すでに外の気温は異常なほど高く,蝉の鳴き声すら聞こえなかった。


 昨夜話していたママが干物になるというのは冗談ではなく,連日の記録的な猛暑のため,日中はどこに行っても人はまばらで,陽炎の立ち昇る通りを行き交う人は常に日陰を求めて移動した。


 猛暑と慢性的な緊急事態宣言の発令で外出が難しい世の中でも,夏休みの間は暇を弄ばせた学生を含め,さまざまな女性が仁の書き込みに引き寄せられていた。


 金銭を目的とした出会いもあれば,純粋に性欲を満たしたいだけなど,ほぼ毎日数件のメールが仁に届いていた。


 普段の生活では女子高生との接点など皆無に等しいのだが,こうして夏休みとなると仁の遊び場に迷い込んでくる好奇心を抑えられない中高生が一気に増えた。


 日中でも薄暗い小さな古い喫茶店は使い込まれた椅子が心地よく,顔見知りの常連客とは会釈する程度の距離感で言葉を交わすことはほとんどなかった。


 いまでこそマッチングアプリなんていう呼び名が定着したが,ほんの数年前までは出会い系サイトと呼ばれ,金銭と身体目的での出会いを求める男女のキッカケになる場所でもあった。


 仁が待ち合わせによく使うこの喫茶店も,そういった待ち合わせに使う客がチラホラいて,お互いに気づいても干渉しないのが暗黙のルールになっていた。



「おじさん,今日もいるんだね。朝からずっとでしょ? そんなに暇なの?」



 目の前に立つやけに手脚の長い色白の線の細い女子高生は,仁がこの喫茶店で相手と待ち合わせをしているのを知っていて,仁を見つけると当然のように向かいの席に座り邪魔をした。



「なんだよ,またお前か。お前みたいな若い子が,場違いにもほどがあるぞ。どうした? 前に話してた曖昧な記憶は多少は思い出せたか? 記憶がないとか,よくそれで俺みたいな変なのに懐いてくるな」



「いいじゃん,別に」



「いまから人と会う約束してるんだから,他の席に行ってろよ」



 艶やかなストレートの黒髪を指でかき上げ,笑顔で仁を見つめると,勝手に仁のコーヒーを一口飲んでから,短いスカートを気にすることなく向かいの椅子に深く座った。



「うぇぇぇ,コーヒーにっがぁぁ……。よくブラックでコーヒー飲めるね」



「お子様には早いんだよ。このコーヒーの美味さが理解できないなんて,人生の半分は損をしているのと同じだぞ。で,お前も暇をなんか? 緊急事態宣言中だぞ,家にいろよ」



「どうせまたネットで出会った女の子と待ち合わせしてるんでしょ? おじさん,いい加減,私で落ち着きなよ。おじさんみたいな人,私とならうまくやれると思うよ」



「だから,お前はガキだろ。見た目ばっかり大人びてるけど,お前は酷く可哀想なガキだ。自分のことをなにもわかっていない,だから俺に懐いてる。その思い出せないっていうガキの頃の記憶が戻ったら,俺のことなんて綺麗さっぱり忘れるぞ?」



「はい,はい。午前中からお酒くさいおじさんからしたらガキですよ。それに記憶思い出したからって,なんでおじさんのことを忘れんの? 意味わかんないんだけど」



 仁は無言でコーヒーを奪い返すと,一口飲んでから椅子に身を預けた。軋む椅子の音を聞きながら,ついさっきまでママの愚痴を肴に仲間たちと酒を飲んでいたことを思い出した。



「確かにまだ少し酒が残ってるかもな……コーヒー飲むと胃がちょっとキリキリするし」



「ほら。でも,気になるほどじゃないよ。おじさん,煙草吸わないから,全然臭くないし」



 目の前で仁を覗き込むように見上げるその子の本名を知らないし,敢えて聞くこともしなかった。


 ネットで知り合った少女の年齢は絶対に聞かないという暗黙のルールがあり,何度か痛い目にあってからは仁も決して聞くことはなかった。年齢を知ってしまったら,これが犯罪行為だと自ら認めることになってしまうからでもあったし,そんなくだらないことでこの世界でトラブルに巻き込まれるのも,いい加減うんざりしていた。


 自称高校一年生の仮名悠依ゆいは,仁の歪んだ欲望とプロフィールが気に入ったらしく,少し前から四十四歳の中年男に積極的にアプローチをしてきた。



『恋愛不要。割り切った関係希望。直接的な行為不要。

 望まぬ者に抱かれる直前・直後,嫌な相手にずっと抱かれている人,無理矢理複数に犯された直後の女性と直接会話希望

 *最後にこれが読める者希望:オリジナルは二人』



 最後の一文を読める者は悠依ともう一人以外いなかったが,こんな仁の書き込みを見てアプローチしてくる女性は意外と多く,毎日のように直接的な肉体関係ではなく,精神的な繋がりを求めて連絡をしてきた。


 悠依のように高校生というのも珍しくはなく,思春期の親や学校で問題を抱えている子がほとんどで,まれに自称小学生という女の子からの連絡がくることもあった。


 もともと仁自身,人間嫌いなうえに当然セックスは大嫌いだった。幼い頃から人の体温が不快で,汗をかくことも嫌いだった。唾液が混ざり合う気持ち悪さと粘膜が擦れ合う不潔さに耐えられなくなり,いつの間にか服を脱ぐことを拒否するようになっていた。単純に生まれながらにして人間が大嫌いだった。


 ただ,そういった行為に及ぶ直前の空気や,ボロボロにされた女の子を観るのはたまらなく興奮した。人間が苦しめば苦しむほど,仁の欲望を満たした。この欲望を理解してもらうつもりはなかったが,仁を満たしてくれる女の子はネットの中には驚くほど大勢いた。


 女の子のなかには,直接的な出会いは望まずメールのみや体験談をネットの掲示板に書くのでコメントを欲しいと連絡をしてきた。しかし仁はモニタを通して経験したことを読んでもなにも得られず,話に嘘が混じる文字からは満たされなかった。


 常にこうやって直接会って,女の子の口から発せられる言葉からしか興奮と満足は得られなかった。


「どうでもいいけど,こんなおっさん相手してないで,いまのうちに同年代の彼氏でもつくって青春しとけ。この平和な時間は貴重だぞ。いつまでも続くと思うなよ」



 悠依が仁の書き込みを見て連絡をしてきたとき,すぐに近くに住んでいたことが文章の端々から感じることができた。


 週末に友達と買い物に行った場所,どこで食事をしたか,なにを注文したか,よく知る地名や店名が無防備に書き込まれていた。その買い物や食べ物から悠依の幼さと年代が手にとるようにわかり,仁は当たり障りのない言葉を選んで慎重にやり取りを続けた。



「同年代なんて興味ないし。でもセックスは興味あるから,おじさんみたいな変態なのになにもしてこないのがいいんじゃん」



「興味あるか……なんもしないおっさんを相手にしてたら,いつまで経っても処女のままだろうが。といっても,その身体はすでに随分と使い込まれているようだけどな。身体は何度かあっちの世界に行っているみたいだし……まぁ,記憶のないお前に言うことじゃないけどな」



「あっちの世界? あっちって変態の世界? まぁ,よくわからないけど処女はおじさんにあげるって何回も言ってんじゃん。私は男は苦手だけど,おじさんなら大丈夫そうだから」



「はい,はい。悠依が無事に成人できたらいくらでも抱いてやるから,それまでは同年代の彼氏でもつくって楽しく過ごしな。お前にパートナーができて一つになれたら,どうなるかだけどな」



「なに,成人できたらとかって? 成人とか,あと五年後じゃん」



 仁は黙ってコーヒーを口に含むと大きなため息をついた。白いカップの中で微かに揺れるコーヒーに視線を落とすと,呼吸を整えて気持ちを落ち着けた。



「お前,ふざけんなよ。マジで犯罪だからな。俺が未成年のお前になにかしたら,こっちの世界じゃ,もう即アウトで,いちいち面倒臭いんだからな」



「だから,私なら大丈夫だって。だって愛があれば歳の差なんて問題ないってネットで見たし。いつも言ってるあっちの世界だの,こっちの世界だの,なんの隠語? 変態の世界? おじさんの性癖のことでしょ?」



 目の前で楽しそうに椅子に座る悠依を見ながら,静かにコーヒーを飲み干した。あどけなさの残る表情と男たちに殴られ犯される悲惨な映像が仁の頭の中で交差した。



「そうだな……とりあえず五年後を楽しみにしてるよ。お前が無事に成人できたら,その時は俺なんてただのクソジジィだからな。もしかしたら,この世にはいないかも知れねぇぞ」



 悠依は仁の言葉を無視して,不機嫌にテーブルの上に両手をついた。



「ねぇ,マジでなんで興味ないの? 同級生のなかでもいい身体してるよ? クラスの男子とかめっちゃエロイ目で見てくるし。もしかして,おじさん勃起たないの?」



 確かに随分とセックスをしていないのは事実だったし,そもそも女性の身体を性的な目で見ておらず,人には理解されない欲望を満たすためだけに女性に会って話を聞いていることを悠依に話す気にはなれなかった。


 そもそも最後にセックスをしたのは,遥か昔の記憶にも残っていないほど前だった。それでも悠依に話を合わせて,会話を楽しんだ。



「どうだろうな。少なくとも過去を忘れている,いまの悠依には反応しなさそうだな。残念だけどな」



「マジで? 男子とかめっちゃエロイこと言ってくるし,駅とかでもよくナンパされるよ。スカウトだってされたことあるのに?」



「だから,俺はお前が目の前に現れたときに未成年だったら会わなかったって伝えたよな。それを大学生なんて嘘つきやがって」



「いいじゃん,別に。高校生だって同じ学割使える学生じゃん」



 悠依の言葉を無視するようにテーブルの上のスマホを見ると,待ち合わせの時間の十五分前になっていた。不自然にならないよう,広くない店内を見回し,約束の相手はまだ来ていないことを確認した。



「なぁ,今度ちゃんと相手してやるから今日はもうどっか行け。夏休みの間,塾とか習い事とかなかったのか? お前,部活やってなかったのか?」



 悠依は不機嫌そうに立ち上がり,短いスカートから出た細長い脚を強調した。やけに懐かしい匂いが鼻をくすぐり,一瞬見えた真っ白な脚のつけ根の白い下着が艶かしかった。



「どんな女が来るか視ててあげる。でも,私より可愛い子なんて絶対に来ないと思うよ」



「はい,はい。どうでもいいけど,邪魔だけはするなよ。これから来る子はちょっと特別だ。お前同様,最後の一文を読めた相手だ。もしかしたらお前の仲間になるかも知れないからな」



「なによ,邪魔とか。こんな可愛い子が懐いてるのに,おじさん贅沢すぎない? それに仲間ってなに? もしかして3Pとかしたいわけ?」



「3Pか……そうだな,それも悪くないかもな。俺にとってお前もこれから来る女も久しぶりに現れた逸材なんだよ。ただ,お前が記憶を失っているように,いまから来る子も過去の,ずっと昔の記憶がない。わからないと思うけど,遺伝子レベルでな」



「なにそれ? 遺伝子がどうとか,厨二病的なこと言い出して,もしかして馬鹿にしてんの?」



 悠依は仁の言葉を最後まで聞かずに奥の二人掛けのテーブル席に移動すると,紅茶を注文し,顔見知りの店員に何かを伝え俺を指差して会計をこっちに回してきた。



「あいつ……。まぁ,別にいいけど。これから死ぬほど辛い思いをするから,いまくらいは優しくしてやらないとな」



 店員が仁に目配せをすると,店のドアが静かに開いた。次の瞬間,サウナのような湿気のある外気が店内に流れ込み,同時に三十前後の地味な服装の女性が入ってきた。


 女性は店内を見回すと,仁を見つけてゆっくりと席に近づいてきた。地味な服装のわりに胸の大きさがやけ目立った。



「あ,あの……」



 仁は笑顔で立ち上がると,優しい口調で挨拶をして席を勧めた。



「はじめまして。松本仁です。真弓まゆみさんですよね?」



 女性は静かに頷くと,仁が勧める椅子に腰を下ろした。ウェーブの掛かった肩までの黒髪が社会人らしく,薄いメイクも普段から遊んでいない印象を受けた。


 見た目だけで判断したら,仁の書き込みを見て連絡をしてきたなど,想像もできないような大人しそうな女性だったが,透き通る肌と滲み出る雰囲気は一般人とは違う独特なものだった。



「すみません……なんか,こんな地味な女で……。あの……仁さんの書き込みなんですけど,本気だと思っていいんですよね……」



 真弓とは何度かメールのやり取りをして,どんな話をしてくるのかはわかっていた。


 大学生の頃から付き合っていた彼氏と五年前に別れ,その後は一切誰とも付き合うことはなかったが,職場である中堅の製薬会社の慰労会で上司と関係をもって以来,上司の趣味で複数の男の相手をさせられるようになっていた。


 その上司からの命令で仁の書き込みに返信をさせられ,何度かやり取りをしているうちにこうして実際に会うことになった。


 これまでもこらからも,すべてのやり取りは真弓の上司に報告され,真弓は仁とはまた違う歪んだ男の欲望を満たすための道具にさせられていた。



「真弓さんがどんな話をしてくれるのか,楽しみにしてますよ。例の上司からどんな命令をされているのか,ここになにを求めて足を運んだのかも。そして,これからどうなっていくのかも」



「はい……私に拒否することは許されないので……」



 真弓はつぶやくようにそう言うと,俯いて仁の言葉を待った。仁は真弓から滲み出る空気を敏感に察し,心の奥底に眠る欲望を感じ取っていた。



「そんなに警戒しなくても,この喫茶店から出るつもりはありませんので,大丈夫ですよ。あ,飲み物はどうされます? 僕はアイスコーヒーをもらいますが」



「あ……じゃあ,紅茶で」



 顔をあげた瞬間,一瞬見せた仁の異様な瞳に驚きと恐怖で言葉を失った。それは深い闇のなかで炎に焼かれ悶え苦しみ,助けを求める大勢の人たちの姿が見えたような気がした。見間違いだと思っても,言葉が出ず,身体も動かなくなった。


 目の前の仁の視線は威圧的であるが,まるで真弓の全身を拘束して細かい針で敏感な部分を責めてくるようにも感じ,恐怖心や嫌な気分にはならず身体が熱くなり興奮した。何故か意識が朦朧とし,すべての音が頭の奥のほうで直接響き渡る感じになった。



「あなたは俺の書き込みエサに喰い付いた。しかも最後の一文も読むことができた。俺のこの空腹と欲望を満たすために,その歪んだ性欲を曝け出し,その貪欲に男の精を受け入れて興奮する身体と心を差し出してもらおう」



「え……っと,なんですか?」



 虚な目で呆気にとられる真弓を無視し,仁は指先を小さく齧り血を滲ませた。



「俺の指を舐めてみろ。そしてオリジナルからの条件を受け入れろ」



「はい……」



 放心状態で椅子から立ち上がると,店内に客がいるにもかかわらず言われるがままに跪き,仁の指先を口に含んだ。指先から仁の言葉が身体のなかに無理矢理侵入してくるかのような感覚と,髪の毛一本一本までが性感帯のように敏感になり,店の空調が真弓の全身を愛撫しているようだった。


 なにが起こっているのは真弓にはわからず,仁を目の前にして全身を愛撫されている感覚が頭を朦朧もうろうとさせ,無意識にスカートの上から股間を強く押さえていた。


 仁の不潔なものを見るような視線は,離れて視ている悠依が恐怖と不安を感じるほどだった。



「真弓さん,あなたのその身体,何人もの欲に溺れた男たちの精を受け入れ,その快楽にあなたも溺れたんですね。同時に複数の精を受け入れ,何時間も大勢に責め続けられ,穴という穴,敏感な部分,すべてを開発されてもなお物足りない……」



 真弓は床に座り込み膝を立ててスカートを捲り上げ,じっとりと汚れた下着を見せながら大きく脚を開いた。仁の声が脳に直接届いているような感覚で,声が届く度に異常な興奮が全身を包み込んだ。



「なかなかよい仕上がりだが,随分と偏っている。まぁ,それでも久しぶりの極上の実験体だな。取り敢えず俺の空腹を満たすのには十分だ。サキュバスとなるかどうかは,これからだ。ただ,淫獣堕ちする臭いが漂ってるのが気になるが」



 床の上で大きく脚を開き,だらしなく恍惚の表情を浮かべながら全身を痙攣させる真弓を視て,悠依の身体が得体の知れない恐怖と不安,そして痛みと苦しみに覆われた。


 真弓を支配している仁の視線が悠依に向けられた瞬間,真っ黒な右眼が悠依の心の奥深くに眠る得体の知れない過去の記憶を呼び起こした。



「我々オリジナル,そして君たち混血ミックスは,条件を得て初めてその能力を発揮する。条件がないまま能力を使えるのはオリジンと呼ばれる古くから魔術師として生きる一族のみだ」



 全身を震わせながら何度も絶頂を迎える真弓に対して,床に平伏して泣き喚き助けを求める悠依の姿は対照的で,店員も客もその様子を黙って見ていた。


 仁が真弓に集中している間,床で苦しみ悶え,泣きながら助けを求める悠依に手を差し伸べる者はいなかった。


 身体をのけぞらせて何度も絶頂を迎えながら床を水浸しにするほど感じている真弓が徐々に大人しくなっていくと,仁の後ろの席に座る真っ黒な服を着た手入れの行き届いた革靴の男が静かに立ち上がり悠依を抱き起こし,優しく椅子に座らせた。


 快楽に包み込まれ意識を失って倒れている真弓と,まるで山中で遭難して意識を失ったまま野生動物に身体を喰い千切られたかのような悠依の姿は対照的だった。



「仁様。やはり悠依には無理ではないでしょうか? これほどまでに精神的ダメージを受けている実験体は久しぶりです。今のこの世の中でこれ以上の苦痛と恐怖,そして怒りと絶望に耐えられる者は珍しいと思いますよ」



「そうだな。だが悠依にも過去の忌まわしい記憶を思い出させて,もっと苦痛と恐怖と絶望,そしてすべての男に対する激しい怒りを味わってもらわなくてはなならない。可哀想だけどな」



「あの頃とは時代が違いますよ……」



「ああ……、確かに時代は変わったが,三百年ひさしぶりに甦る可能性の高い実験体だ。これほどまでに血の濃いミックスが二人同時に現れるとはね。どちらも最高のサキュバスとして,現代の魔女として復活してもらわなくてはならない。お前には迷惑をかけるけどな」



「いえ,問題ございません」



「幸い悠依には,幼い頃からいかに残忍に犯され続け,激しい暴力と恐怖のなかで人格否定され,最後は生きたまま山に埋められ,絶望の中で過ごした,本人によって閉じられた記憶がある。ニュースにこそならなかったが,かなりヤバイ事件だったんだぜ。人を憎むには十分だ。それを思い出させるのが第一歩だ」



「私が言うのもなんですが,インキュバスって種族は拷問みたいなことでしかサキュバスを生み出せないなんて苦労しますね。ママも愚痴ってましたよ」



「かっこよくやれるのはオリジンくらいだよ」



 仁は意識を失ってぐったりした二人を交互に見ながら満足そうに頷いた。



「この真弓は闇夜の能力を,悠依には月夜の能力を与えるつもりだ」



「闇夜と月夜? また随分と緩い条件ですね。厳しい条件であればあるほどサキュバスとして強い能力を発揮するのに?」



「ああ。何人か書き込みエサに喰い付いたが,最後の一文まで読めたのはこの二人だけだ。あまり厳しい条件だと,器である人間の身体が耐えられなくなる。まずは二人の遺伝子に残された過去の恐怖と苦痛,そして絶望に押し潰された記憶を呼び起こせ」



「かしこまりました。久しぶりのサキュバス候補です。しっかりと働かせていただきますが,仁様がやりすぎないように注意させていただきます」



 店内にいた全員が立ち上がり,俯いたまま,まるで黒い影のように無言のまま直立不動になった。仁はその様子をみて苦笑いをしながら,真弓から漏れる淫夢を全身で吸い取りながら空になったアイスコーヒーのグラスに残った氷を口にした。



「アイスも美味い。もうちょっとだけ,この冴えないおっさんの生活を楽しみたかったんだけどなぁ……峻のようなイケメンには憧れるけど,この身体も悪くなかったのになぁ……」



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