第8話 グリドニア神国の内情

 ディリオスは自室に戻ると、机に並べてある武器を携帯していった。

黒衣は目立ちすぎるが、あの一帯に侵入すれば、必ず見つかる。

戦いになる事は、どのみち避けられないと思い直して、単身なら他を心配する必要もないと考え、彼は窓から素早く訓練場に下りると、そのままの勢いで城門から飛び出して、極寒の地ヴァンベルグ王国に向かって、姿を消して行った。


この凍るような寒さが、途切れる事無く、永遠に続くこの地の寒さには、さすがのディリオスも辛かった。彼は城壁近くの、緑の多い木々の中に、身を隠していた。


特別、外周から探りを入れたが、戦闘が起きたような形跡は、一切見当たらなかった。(俺をおびき寄せる罠か?)と思い、アツキに連絡した。


(アツキ。到着して城の外回りを調べたが、争った形跡は一切ないぞ)

(サツキに、天使や悪魔が今どこにいるのか、聞き出してくれ)


(すでに強力な結界を張られたようで、探れない状態です)


(サツキは何を判断材料として、第五位が負けたと言ったのだ?)

(……五位の気配が消えたからだと言ってます)


(サツキらしくないな……サツキは今、何をしている?)

(今、サツキと話しましたが、ストリオスと仲が良いようです……)


(兄として、お恥ずかしい限りです)


(いや、お前たちにも愉しむ時間は必要だ。だが、今回のように甘い考えから、我々が動くのは避けなければならない。ストリオスとの事は、二人の問題だ。休憩の時間は好きにしてかまわん。アツキ、お前が分かって無いだけで、人気はあるぞ。お前も休む時間を作れ。今回は俺ひとりで解決する)


(ご足労をかけますが、その点には、注意しておきます)


(俺の事より、イストリア城塞を頼む。イシドルのような奴の考えは分かる。手始めにグリドニア神国を、制圧するだろう。兵士の作り方も、奴の非道ぶりから、だいたい察しはつく。俺は夕方には戻ると、ミーシャに約束した。いい機会かもしれん。俺はこのままグリドニア神国に行ってみる)


(また後で連絡する。好みの女でも見つけて、心の平穏を感じる時間を作れ)

(わかりました。お気をつけください)



 仮にイシドルが今ここに居れば、間違いなく恨みのある自分に、仕掛けてくるはずだと考えていた。そしてグリドニア神国に攻勢するのは、時間の問題だった。


ディリオスは決断も速かったが、決断からの行動への移行が非常に優れていた。彼はフードを深く被り、口元を隠して、寒々とした真に寒い世界を、走り抜けて行った。



暫く進むと、ヴァンベルグの旗幟きしが見えた。血で染めた赤い旗に、黒いヴァンベルグの紋章が立っていた。さらに進むと、多数の幕舎が見えた。ざっと見ても二千の悪魔たちがいた。目と口元以外は、全て鎧で包んでいたが、悪魔だろうと思った。


 彼はサッと身を低くして、近くの茂みに身を隠した。ディリオスの隠れた茂みを横切る時、奴らの肌が見えた。それぞれが五位の尖兵の悪魔であったが、強さは皆それぞれ違った。予想通りではあったが、ヴァンベルグは完全に悪魔の支配地だと認識した。


 どうせ家族や彼女、子供などを人質として取り、心を強制的に落として、同化を強要させたのだろうと思うと、殺意が湧いたが、その心を止めて、身を隠しながら、グリドニア神国への道を取った。


ヴァンベルグの幕舎を回避して、回り道を取った。暫く進むと足を止めた。グリドニア神国の大船団が、港に大小様々な船が止まっていた。グリドニア神国を一望できる場所から、彼は色々見ていった。資源不足の様子や、ヴァンベルグへと続く道や、暮らす人々から、現在の情勢を確認した。


まだヴァンベルグの圧倒的な軍勢とは、戦ったことが無いのかと思わせるほど、人々はゆっくり動いていたが、すぐに寒さのせいだと気づいた。そして背後から近づく、速馬ではない一部隊程度の騎兵隊が、ディリオスの背後で止まった。


かれらに目も向けず、彼は大変な場所に住んでいるなと思った。そして、アドラム列島諸国を狙う、理由のひとつが理解できた。


「俺に用か? それとも無駄死にに来たのか?」


「兵士たちが敵意を向け、剣に手をかけようとしたが、先頭であろう隊長は、それを手で制して止めさせた」


「どうやら用件があるようだな。ここは寒い、暖かい場所で話を聞こう」

「何用で参られたのかお聞きしたい」

「俺は特別用は無い。ただヴァンベルグと長年戦い続けてきた国の、終わりを見納めに来ただけだ」男の背中から悲哀ひあいさが出ていた。それを見て、男は本心を話しているのだと察することが出来た。


「本来は、偵察任務に俺が出向くことは無いが、グリドニア神国は運がいい。用件は当然、ヴァンベルグの奴らだ。奴らの事はよく知っている。グリドニア神国も同類なら、滅ぼそうかと思って来た。そういう意味では、運が悪いかもしれないな」


「貴様!」一人の兵士が剣を抜いた。ディリオスはほぼ同時に、留め金を外して九十本の飛苦無で騎兵隊を取り囲んだ。


「馬鹿者!! 剣をしまえ! 失礼した。こちらは争うつもりはない。だからと言って見過ごす訳にもいかない」


「安心しろ。殺すつもりなら、既に殺している。俺なら国ごと亡ぼせる。聞きたいことはそれだろう? 俺が将のディリオスだ」


「見たところ、非常に状況が不味そうだな。来る途中、奴らの幕舎を見てきた。予想通り、相当な使い手でも居ない限り、全滅するしか道はないが、対応策はあるのか?」


「それをお聞きしたい」


「それを何も言わず聞くということは、剣を交えずに、見ていた指揮官と言う事か。違うか?」


「その通りだ。直接的には私は戦っていないが、我が軍一の指揮官として戦い、そして最強軍団が敗れた。次に攻め込まれたら、グリドニア神国は滅びるだろう。貴方の噂は、このグリドニア神国にも届いている。ここでは満足に接待もできない。我々の居城まで来てほしい」


「話は通してあるのか?」

「? 勿論だ。だから来た」


「では先に行って、寒さを凌いでいるとしよう」

ディリオスはそう言うと、一本の飛苦無に乗り、残りを黒衣の中にしまい込んで行きながら、港まで下りて行った。


居城前の門兵にディリオスは話しかけた。

「あそこの騎兵隊が、俺の接待をすると言っていた。案内しろ、ここは寒すぎる」


門兵が躊躇っていると「本来は関わるつもりも無かった。案内しないなら帰るが、いいか?」


挙動不審な兵士を見て、ディリオスは会う意味もないなと思い、高閣賢楼に向けて移動し始めた。

途中で先ほどの騎兵隊に会った。「どうかされましたか?」


「ここの門兵は何の役にも立たない。このような待遇では、教皇も王の器ではないだろう。俺は多くの者たちと会ってきたが、城門で足止めをくらう事は始めてた。俺に国はないが、イストリア城塞の全権を任されている。俺は忙しいんだ。茶番に付き合う気はない。精々頑張って死んで逝け」


 彼はそう言うと、今度は脚力で疾走して、消えて行った。決断の遅さに、彼は苛立っていた。帰り道に丁度、高閣賢楼があることに気づいた。久々に爺さんと稽古しようと思った。今となっては、自分の力を試すには、爺さんしかいなかった。


そして背後の気配にも気を配っていた。どこまで頑張れるかを彼は試していた。状況がどれほど切迫しているかを、門兵さえ新兵しか配備出来ない、状況を理解していない国は、何れ滅ぶと考えていた。


 しばらく疾走しても、何とか追いつこうとしていたが、馬の限界がきて、速度は落ち始めていた。男は彼が立ち止まっているのを見て、重くて邪魔な鎧を脱ぎ捨てて、自分の足で走ってきた。それを見て、話だけは聞いてやろうと思った。



ディリオスは最近、体が鈍っていた。ついでに、面白いものを見せてやろうと、彼は地面に両手をつけた。彼は土の大巨人を作って見せた。高い木々がまるで苗木のように、小さく見えるほど、壮大な巨人であった。男は足を止めて、息を呑んだ。

彼は巨人の肩に乗り、巨人は騎兵隊長に対して手を出した。彼はそれに乗り、肩まで運ばれた。


グリドニア神国の兵士は、次元が違う事に気づかされた。「そろそろ戻るか」

ディリオスがそう言うと、今度は巨人がまるで、うねる絨毯のように城のほうまで二人を運んだ。土は彼が視線を向けた方向へ、飛び去って行った。


「俺は強い。皆それを知っている。だからひとりで来る事に、不安がる者もいない。先に言っておくが、教皇だろうが何者だろうが、生意気な態度なら俺はすぐに帰る。今は時代が違う。王が権力を振るう時代じゃない。強い奴の時代だ。それすらも理解できない国や民族は、滅びの道を進んでいった」


「少しだけお時間を頂けますでしょうか? その間に食事と飲み物を運ばせます」

「しっかり、言い聞かせて来れる事を祈ってる」


「それではすぐに用意させます。お待ちください」



(ディリオス様。さっきのあれは何ですか?)アツキは笑っていた。

(生意気だったんで、ちょっと力を見せてやった)


(びっくりしてたでしょう? 私もびっくりしましたよ!)

(待遇も一気に良くなったが、それは不味いよな)


(何でですか? 対応が良くなったのにダメなんですか?)

(いや、そういう国だと言う事が、ダメだってことだ)


(なるほど。相手によって、態度を変えるってことはって、ことですね)

(そう言う事だ。あと、ヴァンベルグは、やはりグリドニア神国に攻めてきてる)


(情勢はどうですか?)

(次に攻められたら間違いなく滅ぶ。来る途中にヴァンベルグの幕舎を見てきた)


(やはり、強制的に同化させてましたか?)

(そうだ。全兵が同化した悪魔の五位の軍だ)


(どうされるのですか?)

(教皇の資質次第だな。気に入れば助ける、気に入らなければ、帰り道にそこに寄る)


(イシドルはどうしますか?)

(さっきの巨大な土兵で、グリドニア神国への進軍は、ひとまず止まるだろう。まだ分からないが、例の第四の勢力を見つけて、ぶつけてみようと思ってる)


(まあ今は問題ないが、イシドルはまだ、同化してないはずだ。奴の欲望は限りないからな。相当な手練れでも見つけない限り、同化はしないだろう)


(確かにそうですね)

(こっちの状況が決定したら、また知らせる)

(わかりました。それではまた状況変化があれば、ご連絡ください)



暫くして、料理と飲み物が出てきた。時間的、食材的に見て、急遽揃えた料理だと、すぐに分かった。そして出てきた品から、あの兵士が説得はしているが、今でも教皇として君臨する、王を気取っている事も、容易に理解できた。


そして自分が一望していた景色を思い出した。活気が無いのは寒さだけでは無く、教皇の資質が悪いのだと、悲しくも、すぐに理解した。


それを認識したディリオスは、先ほどの兵士を呼ぶよう、使用人に申し付けた。


 先ほどの兵士が、苦悶の表情で入ってきた。ディリオスは気の毒に思い、自分が気づいている点を、全て上げていった。そして最後の疑問を、彼は兵士に投げかけた。


「お前はこの国の王子なのか? 仮に違うなら、何故こんな酷い国に尽くすのか、理由を教えてくれ」ディリオスの言葉に兵士は口を開いた。


「仰る通り、私はこの国の王子です。名前はレイドと申します。ですが、相手が強いからと言って、逃げ出すのですか? 貴方は多くの苦難を乗り越え、勝利に導いてきたと聞いています」


「俺は部下や他の者全てに、厳命している。敵わないなら逃げに徹しろと。何故なら人間は数でも圧倒的に劣り、力も劣る、もう昔じゃない。今は人間が頂点ではない、世界になった以上、勝ち目が無いと思うなら、逃げる事は普通の行為だ。狩りをしていて、動物のほうからわざわざ向かって来ることはない。俺は相手が強いからと言って、まだ逃げた事は無いが、現実を理解している意味のある人間たちには、力を貸してきた」


「貴方ならヴァンベルグに勝てるのですか?」

「勝敗は最後まで分からないものだが、負ける気はない」


「ヴァンベルグの王子であったリュシアンもその配下も、今はイストリア城塞を自国だと思っている。そしてそれは真実だ。お前たちは知らないだろうが、過去に人類は滅亡している。そして俺は戦いの中で、奴らと何度か話をした。人類は再び滅びるだろうと言われたよ」


「いいか。殆どの王は愚かな者たちばかりだ。現実を受け止めきれないでいる。俺の国も、愚かな父である王の為に、国は滅んだ。ドークス帝国は、天使や悪魔を使って、実験を繰り返していた。それに対して熾天使は怒りの一撃で、ドークス帝国を滅ぼした」


予想通り、情報があまり北には伝わってないのだと、その王子の表情から分かった。


「お前の言う通り、俺が仮に加担して、今回助けたとしても、二度目は無い。グリドニア神国は既に、滅亡の危機にある。そしてそれは今日かもしれないし、明日かもしれない。それほどまで間近に、滅亡は迫っている。お前はおそらく奴らとまだ、剣を交えて戦っていないのだろう?」


「何故そう思うのですか?」

「戦っていたら九十%以上の確率で死んでいる。仮に命を懸けて戦い、生き残って、今話しているのなら、第一声から、助けを乞う言葉以外に出ないからだ。奴らの恐ろしさを間近で感じたら、手遅れだが、死を知る事になる」


「仮に組むとして、同盟という形になるのでしょうか?」

「俺は今まで色々な奴らと、話してきた。お前のように愚かな発言をする者も、少なくなかった。俺がお前たちと、同盟を組むメリットはあると思っているのか?」


「傘下にはいれと言うおつもりですか?」

ディリオスはため息をつきながら、ゆっくりと首を横に振った。


「いいか。これはお前たちが考えているような、甘い戦いではない。伝説や神話に出てくるような者たちとの戦いだ。お前は俺と、年齢に差はないが、実戦経験は遥かに俺がまさっている。仮にここでお前たちが死のうが、俺たちには、問題じゃない。来るのなら、逆にイストリア城塞に、入る場所を作らなければならないだけだ」


ディリオスは暫く、項垂うなだれて考えた。

「お前たちは滅んだほうが、いいのかもしれない。あまりにも理解して無さすぎる」

そういうと彼は立ちあがった。


「この地に用はない。敵とお前たちでは、大人と子供の差がある。比喩ではなく、言葉通りだ。海にもそのうち伝説の、サーペントやクラーケンが出始めるだろう。生き残る事が出来たら、イストリア城塞に来い。城門の守備部隊に、俺の名前を出せば、取り次ぐよう言っておく。最初にお前に言われた言葉だが、死地を見つけるまでも無いほどに、お前は弱い。あのお前の台詞は強くなって、初めて言っていい言葉だ」


「これは別れの餞別の言葉だ。戦わず逃げろ。何もかも捨てて逃げて、強くなってから後悔させてやれ。あばよ、王子殿。縁があったらまた会うことになるだろう」


彼はそういうと高々と跳躍し、最初に話しかけられた、一望できる場所まで飛んでいた。そして彼はすぐに消えて行った。

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