第9話 アドラム列島諸国

 ディリオスは足を止めた。グリドニア神国が、滅亡する事は確実だと考え、

アドラム列島諸国に行くには、まだ滅亡を免れている、グリドニア神国があるうちに行くべきだと考えた。


(アツキ。グリドニア神国が亡ぶ前に、アドラム列島諸国も見て来る)

(そのほうがいいですね。グリドニア神国が滅亡したら、アドラム列島諸国に行くのが難しくなります)


(そうだ。だから今の内に、アドラムを調べておく事にする。島国故、国の情報が外に漏れにくいが、逆に現実に追いつけない速度でしか、世界を見てはいないだろう)


(確かにその通りでしょう。入国するにしても、簡単には行かないはずです。)

(イストリア城塞と、最も離れている国だ。こんな世界にならなければ、関係を持つ事も無かっただろう。警戒はされる前提で、動いてみる)



 アドラム列島諸国は五島からなる島国で、アドラムが一番大きな領土である為、そう名付けられた。各国とも海戦においては、非常に強力な船団を有しており、グリドニア神国が今まで何度も攻勢を仕掛けたが、上陸さえ出来ない有様だった。


しかし、天使や悪魔が出始め、どこの国も変化をしなければ、生き残れない世界に突入した。それは島国であるアドラム列島諸国も同様であった。

グリドニア神国は、天使と悪魔が出現しだしてからは、アドラム列島諸国に攻め込む事は無かった。その理由のひとつが、ヴァンベルグ君主国であった。


彼らは、天使と悪魔が出現しているにも関わらず、一定間隔で兵士を送り込んで来ていた。天魔が現れる以前、攻勢であったグリドニア神国は、中位に位置する天魔が出現しだして、一気に逆転され、北西最強と云われた軍団も壊滅させられ、明日にも滅ぶ可能性をはらむまでに、情勢は一変していた。


 ディリオスはアドラム列島諸国に行ける機会は、今を置いてないと考え、彼らに接触を試みる為、諸国の中でも、一番大きな領土を有するアドラム国に、向かっていた。


状況は全く分からなかったため、敢えて飛苦無に乗り、水面上を走らせていった。どのような対応を取るのかを、見るのも目的のひとつだったからであった。


 彼はいつも実戦から調べる事が多かった。実戦こそが、一番分かりやすいからだった。それが日常の彼は、命を落とさない自信はあったが、しかし絶対では無かった。短時間で敵国への対応から、彼は色々な本当の事を知る事が、出来ることが分かった。そして、それは彼の成長にも繋がった。瞬時に判断を下せるようになり、そこから繋げてくる攻撃や動き、そして敵の後の先を取る事に、長ける人間にしていった。


予想通り、敵の小型船が出撃してきた。後々の事を考えると、死人を出すのは不味いと彼は考え、多方面から来る弓の矢をかわしながら、柄のやや長めのもりも投げつけられたが、全て片足で払いのけるようにして、海に落としていった。そして彼は崖まで来ると、垂直にそのまま上がって行き、上陸した。そして広々とした場所まで行くと、足を止めた。


多数の人間がすぐに駆け付けてきた。どの者も明らかに当然ではあるが、好意的では無かった。知っている者がいると確信していたため、彼は気長に待つ事にした。イストリア城塞の港で、商売をしている人々も多数いたため、噂の彼だと気づいた者たちが、複数集まりだした。


 ひとりの男が前に出てきた。周囲の様子から身分の高き者だと、彼は判断した。周囲の反応はひとつでは無い事から、知っている者と知らない者、つまりは試されるのだと、彼は判断した。商船でイストリアに来る者たちも、噂で強いと聞いているだけであって、どれほど強いのかを知る機会は無かった。笑みを浮かべている者たちを見て、それなりに自信のある者の、挑戦なのだと察した。


 影でディリオスが隠れるほどの大きな男は、無言のまま近づいて来ると、大剣を抜いて、頭上に斬りつけてきた。彼は黒刀は抜かずその場から一歩も動かず、男から繰り出される剣を、二本の指で挟んだ。大男は大地に足が深くめり込む程、力を入れたが、何の変化も起きなかった。そしてそれを見た仲間たちは、もりを持って周囲から突いてきた。ディリオスは、二指で止めた大剣を強く引き抜くと、大男はその勢いで、前方に倒れ込んだ。彼は大剣の柄を素早く持つと、その大剣を自由自在に扱い、全ての銛の刃を、大剣で落としていった。


徒手の体術の使い手が前に立ち、息もつかせぬ程の攻撃してきた。悪くない動きであったが、別段驚くほどでは無かった。諦めるまで付き合うか、一撃で倒すか、迷ったが倒すと他も加勢に来そうであった為、強さだけを見せて本来の目的を果たそうと思った。何においても、強さを見せておく事は、後の事を考えれば必要だと判断した。

彼は稽古をつけるように、彼の攻撃に対して、裁きつつも、的確に攻撃を寸止めで止めていった。予想通り複数人が一斉に襲ってきたので、彼は大地が揺れる程の拳を、地面に叩きつけた。皆が驚く中、男は消えていた。見つけた時には崖に立っていた。



そして、彼は上がってきた方向とは、逆の方向の崖に立つと、そのまま落ちた。


全員が崖まで走っていき、下を見たが誰もいなかった。ゴツゴツとした崖から顏を上げる時、彼が崖に対して垂直に、走っているのが見えた。彼は王宮であろう場所まで走ると、上階を目指して疾走した。


王の間らしき場所まで来ると、王と妃の両脇にいる、背丈も高く、体も十分に鍛えられている二人が黙ったまま、立ちはだかった。


彼は真っすぐ進み、彼らは黒衣の者に対して、攻撃を仕掛けたが、二人とも同時に倒れた。

「敵対する気はない。私は刃黒流術衆の棟梁ディリオスだ。世界の滅亡が近づいているので、無礼を承知でここまできた」


大勢の兵士が集まってきたが、王が手で制した。


「お話をお聞きしよう。この地はお分かりのように、情報の出入りが非常に少ない。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    しかし、イストリア城塞の港とは、交流を深めていると、報告は受けていた。貴方の事も皆から聞いている。噂通りのお方だ」


「貴賓室へ移りましょう。特別な意はないですが、その銀色の甲冑の者はガルガで、金色の甲冑の者はベナムと申します。最も信頼できる者たちで、我々の特別警護の者たちです。同席をお許しください」


二人ともゆっくりと立ち上がって、貴賓室に入って行った。


「いえ。問題はありません。ただ数が増えると面倒になるため、気絶させました。こちらこそ申し訳ありません」


「柔よく剛を制す。噂通りのお方で安心しました。私は国王ベイラードです。そして隣が王妃イザベラです。率直にして実直と、交易の船長たちから貴方の事は、多くの事が耳に入ってきております」


「お話が速くて助かります。しかし今の時代では、剛にして柔でなくてはなりません。このままでは、数日内にグリドニア神国は滅亡します」

話の切り口から、驚く話から始まった。

「ヴァンベルグのイシドルはご存じですか?」

「冷酷無比な国王だと聞いていますが、あまりよく知らないのが実情です」

ディリオスは軽く何度か頷いた。


「極々最近、分かった情報ですが、イシドルは念願の悪魔に、近いうち魂を売るでしょう。現在は魔族の王として、グリドニア神国に攻勢を仕掛けています。私はここへ来る前に、グリドニア神国を調べましたが、北西最強軍団は既に、壊滅しています。イシドルは悪魔の第五位のものですが、五位以上に強い力を持っています。恐らくですが、私が知る限り、私と高閣賢楼の智の番人以外では、戦えないでしょう」


初めて聞くばかりの情報に、四人ともが苦悩な表情を見せた。


「イシドルの配下は全て悪魔です。しかも強力な悪魔ばかりです。私の配下なら一対一の戦いなら勝てるでしょうが、普通の兵士では勝つ事は無理だと判断します。奴の狙いは、恐らく私です。ですが私のほうが強いので、今は悪魔の精鋭部隊を増やすのを目的として、グリドニア神国の全ての人間を、悪魔に変えるつもりでしょう」


 ディリオスは僅かに苦悩の表情を見せた。それはこの地は未だ、悪魔や天使を知らない事が多くある事を、彼らの表情から察する事が出来たからだった。彼は、もしかしたら? という思いで王であるベイラードに尋ねた。


「天使が上空埋め尽くしたのをきっかけに、特殊な能力を有する者たちが出たはずですが、その者たちはどこにいるのですか?」


「どこにいるのかは、正直分かりません。ただ確かに多くの者が、それぞれ特有の力を得て、外の世界を知りたいと言って、多くの者たちが、国から出ていきました。この国で、大勢の者から慕われていた私の娘が出て行く時に、それらの者たちも一緒に出ていきました」


「そう言う事でしたか。それなら納得できます。しかし、御息女がどれほど強いのかは分かりませんが、ご心配でしょう。宜しければお調べしましょうか?」


「そんなことまで出来るのですか?!」

「私の配下たちなら可能です。強力な探知系能力者なら可能ですが、結界を張られていたら、無理かもしれませんが、試してみましょう。お名前は何という方ですか?」

「名前はエステル・オリアンです」


「わかりました。調べさせますので、お待ちください」

妃のイザベラは王であるベイラードの手を握って身を預けた。ベイラードは見つかる可能性があると聞かされ、彼女の肩に手をまわして、勇気づけた。


(アツキ、すぐに調べて欲しい問題が出た。分かっている事はエステル・オリアンという名前と、アドラムの王女だけだが、能力者であり、御供は殆どが能力者だ。すぐにサツキと連携して調べてみてくれ。数百名の団体で、能力者になってから外の世界を見てみたいと言って出たらしい)


(わかりました。非常に危険ですね。すぐに調べてみます)

(ああ。最優先で頼む)


「今、伝えたので何か分かれば報告がきます。その間に話を進めます。問題は第三者の私から見れば、こちらのほうが、大問題だからです。今の悪魔は五位のイシドルで、天使のほうは六位で優勢に見えますが、私の考えでは敢えてイシドルは、天使を生かしているのだと断言します。最近六位の天使が、イシドルの居城に攻勢を仕掛けましたが、その後、イシドルはおそらく強力な結界を張っています」



「先ほども仰っておられたが、結界とは何のことですか?」

「結界とは色々種類はあるのですが、簡単に説明しましょう。ガルガに、私に対して、軽く殴らせてみてください。見た方が速いです」

王はガルガに対して頷いた。


衛兵はディリオスを軽く殴った。しかし拳は当たらなかった。ディリオス以外の全員が戸惑いを見せた。


「一定の強さに達すると、このように結界を張ることが出来ます。これはあくまでも、個人の結界になりますが、結界系に特化した能力者の多くは、国全体に結界を張る事も可能です。国家単位で結界を張るメリットは、探知や察知能力者を以てしても、探れない事にあります」


話を四人とも真剣に聞いていた。


「昨日、あり得ない事が起きました。五位のイシドルの居城に、攻め込んだ天使の六位が勝ったと報告を受けました。天魔のランクは九つあり、ひとつ違うだけで、天地の差が出るほどの力の差が出ます。私はこの報告を受け、今日、イシドルの居城に潜入する為に行ってきました。しかし争った形跡は一切ありませんでした。おそらく、六位の天使は監禁されている状況で、結界を使って騙している可能性が、非常に高いです」


「ここからまた問題がでます。数日内にグリドニア神国を滅ぼした後、イシドルは更にグリドニア神国の人間全てを、悪魔の兵士として増員させるでしょう。グリドニア神国が潰されたら、次に狙われるのはここです。そしてこの地に悪魔の軍団を派兵するでしょう。残念ながら、勝ち目は全くありません。しかし、殺す事もありません。全員を悪魔にする為、生かしたまま監禁されるでしょう」


「それほどまでに強いのですか?」ディリオスはその言葉に、ある疑問が生まれた。

「もしや、今まで悪魔や天使と戦った事はないのですか?」

「ありません。空を飛んでいる姿は、見た事はあります」


ディリオスは信じられないほど、驚愕した。この有り得ない事実に、彼はひとつの疑問が生じた。この一連の流れは計算してのものか?


「失礼ですが、このアドラム列島諸国の五カ国で、様子や、何か異変はありませんでしたか?」


この質問に対して、王は考え込んだ。そして部下たちにも話を聞いてみていた。


「ほんの些細な事ですが、レッドストーン島の国王グランドが、グリドニア神国への攻勢案を出しました。理由としては、もう長い間、攻めてこないのは国力が弱くなっている証拠だと」


「怪しいですね。その案件の決議は、近日中にグリドニア神国への、攻勢が決定したのではないですか?」


皆が目を合わせ合った。


「仰る通りです」

「動員数は?」

「五カ国で二千名ずつ、一万の兵で決まりました」


「このアドラム国から二千の兵を出した場合、残りの兵は何人になりますか?」

王はガルガを見た。「千人以下にはなるでしょう」


「そのレッドストーン島の王グランドは、何か不信な事はありませんでしたか? 行動でも、発言でも構いません」


「慣れていない攻勢になるから、自ら大将として買って出ました。そして安定させたら緑豊かな南部へ行く案を出してきました」


「わかりました。少しお待ちください。調べさせてみます」


(アツキ。アドラム列島諸国の一国にレッドストーン島がある)

(はい。サツキから聞いています。レッドストーンの王グランドは、グリドニア神国の者と頻繁に交信しています)



「先ほどもされてましたが、それは何をされておられるのですか?」国王ベイラードはディリオスに尋ねた。


「これは、私の部下にレッドストーンを調べさせているのです。遠方にいる部下たちと会話をする事ができますので、探知能力者と会話が出来る能力者に、レッドストーンの王が、誰かと話していないか調べさせています」


(サツキが言うには、悪意ある者がいる事だけは、確かなようです)

(王の会話は強力な結界が張られていて見えませんが、部下の会話で準備は整ったとグリドニア神国の者と話しています)

(十分だ。ご苦労、あとは休んでいてくれ)









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